「失礼します」
頭を下げて入ってきた、黒の礼服の彼。
それは――……。
「……山内さん?」
「え? ……あぁっ、瀬尋さんじゃないですか! ご無沙汰しております!!」
軽く頭を下げて彼を見ると、笑顔を浮べて頭を下げてくれた。
「ご結婚、おめでとうございます」
「……あ。ありがとうございます」
彼の左手に光るリングを見て微笑むと、嬉しそうにうなずいた。
彼とは、例の模擬結婚式で知り合い、いろいろと世話になった間柄。
あのときは彼女と揉めていたようだったが、無事にしあわせ真っ只中のようで安心した。
「知り合いなんですか?」
「ええ。ほら、新井さまもご存知でしょう? 例のパンフの――」
「うわ!?」
慌てて言葉を遮ると、不思議そうな面々が目に入った。
……こ、こんなところでバラされれば、格好の餌食。
まさか、友人ではなく彼が余計なことを言い出すとは。
とんだダークホースだ。
「……内緒にしておいてください」
「そうですか? ……わかりました」
くすくすとうなずかれて安堵からため息をつくと、孝之らがジト目を送ってきた。
「なんだよ。隠しごとすんのか?」
「別に、なんでもないって。いやー、めでたいな今日は」
わざとらしくはぐらかすと、苦笑まじりにうなずく武人が見えた。
……お前にはバレてるんだよな、やっぱり。
結婚式を挙げるってことは、例のパンフも見てるだろうし。
ましてや、武人が俺だと気付かないわけがない。
だが、孝之のようにバラさないでいてくれるあたり、信用できる人物だと物語っている。
「新井さま。新婦さまのお支度が整いましたので、そろそろ……」
「ホントですか? わかりました」
嬉しそうに笑った武人を見て、自分たちも部屋をあとにする。
1分1秒でも早く見たいだろうよ、そりゃあな。
……俺もそうだったし。
苦笑を浮かべながらロビーへ戻ろうとすると、ふいに、武人が声をかけてきた。
「ん?」
「……見たぜ、パンフ」
……来たか。
思わず口元を引きつらせると、にやにやしながら何か企んでいそうな笑みを向けてきた。
……参ったな。
「びっくりしたよー。まさか、お前が載ってるなんて思わなかったからさぁ」
「俺だって、パンフに載るなんて聞いてたら引き受けなかったって」
「あはは。だよなー」
楽しそうに笑う彼を見ると、新婦控え室に目をやってから視線を戻した。
「今日、アイツが着てるドレス……お前のパートナーの子が着てたやつなんだぜ?」
「……マジで?」
「うん。なんかさー、お前らの服がすげー予約入ってるんだって。で、本当は俺もお前が着てたタキシードがよかったんだけどさー、ほかのホテルで予約があって使えなかったんだよなー」
「……そんなにすごいのか」
「そうなんだよ。で? あの子誰なんだ?」
新事実をあっさりと告げてくれてから、うりうりとわき腹を突付かれる。
……誰ってそりゃお前……。
「……彼女に決まってるだろ」
「マジでー? うわー、見たかったなーお前の彼女!」
「なんでだよ」
「だって、お前の彼女だぜ? 理恵のときと違って、すげー優しい顔してたし……ましてや、お前があんなふうに泣いてるとこ慰めてやるなんて、思いもしなかったしな! ……どんな女なのかなー、ってさ」
「……ほっといてくれ」
「今度紹介しろよー?」
「わかったよ」
苦笑を浮かべて小さくうなずくと、満足げに笑ってからぽんぽんと肩を叩いた。
まいったな。
いろいろと厄介な約束事になったモンだ。
「ほら、早く新婦見てこいよ」
「あ、そうだった。んじゃ、またな」
「ああ」
……たく。
今は俺よりも自分だろうが。
苦笑を浮かべて来た道を戻ろ――……うとした、そのとき。
思わず、足が止まった。
「……え……?」
遠くからでも、わかる声。
あれは、俺がよく知っている……聞き覚えのあるどころじゃない、声だ。
「……まさか」
気のせいだと思う。
幻聴もここまでくれば表彰もんだ。
……だが、あの嬉しそうな声は間違いない。
でも、どうしてここにいる?
理由が思いつかないからこそ、いまいち納得できない。
「……ん? 祐恭?」
「悪い。ちょっと、見たいんだけど……」
「なんだよー、棗はやらないぞ?」
「そうじゃなくて……」
ドアを閉めかけた武人の肩を掴んで、こっそり中を伺う――……と。
「お姉ちゃん、すごいきれいだもんー。武人さん、幸せ者だね」
「あはは。ありがとう、羽織」
羽織。
……名前まで出てきたから間違いない。
マジで?
つーか、どうしてここに……。
ぐるぐるといろんな疑問が巡る頭を軽く振ると、武人が中に招き入れてくれた。
「棗」
「あ、タケー。……っと?」
「瀬尋。学生時代の友達なんだよ」
「そうなんだ。こんにちは」
「どうも」
にっこりと笑みを浮かべた新婦に頭を下げると、その隣で笑顔を浮べたままの羽織ちゃんがまったく驚かずに近寄ってきた。
「先生、こういう格好も似合いますね」
「……ち、ちょっと待ってくれ。……何? なんでここにいるの?」
「え? だって、お姉ちゃん……優くんのお姉ちゃんなんですよ?」
「……は!?」
「ま、そういうこと」
「っ……!」
背後から聞こえた声に振り返ると、ニヤニヤと笑みを浮かべた優人が立っていた。
お前……何もかも最初からわかってたみたいな顔しやがって。
「よっ、祐恭。羽織も、よく来てくれたなー」
「だって、お姉ちゃんの結婚式なんだよ? もちろん出席するに決まってるじゃない」
ぽんぽんと彼女の頭に手をやってからニヤリと俺を見た優人が、新婦に向き直った。
その顔……嫌な予感がする。
まさか、お前も余計なこと言いだすのか?
「こいつさ、冬女で教師やってるんだよ」
「あ、そうなんだー。いつも優人がお世話になってます」
「いえ、こちらこそ」
「だよなー。俺には世話になりっぱなしだろ? 祐恭君」
「……うるさい」
意地の悪い笑みを浮かべた優人から視線を逸らすと、くすくす羽織ちゃんが笑った。
「……笑いごとじゃないだろ」
「だって、面白いんだもん」
眉を寄せて彼女を見るも、楽しそうに笑ってから――……何かに気付いたらしく新婦に向き直ってしまった。
そして、手に持っていたブーケをゆっくり差し出す。
「これ、約束してたものね」
「……うわぁ……スズランのブーケじゃない! この時期に、よく手に入ったわね」
「うんっ。あちこち探して、お願いしたの」
「…………あ」
それには、自分も見覚えがあった。
そう。
あの模擬結婚式のときに、彼女が持っていたブーケとよく似た物だったのだ。
「スズランは『幸福をもたらす』っていう花言葉があるの。だから、ブーケトスしたら、お姉ちゃんはもっと幸せになれるんだよ」
「……羽織……」
「おめでとう」
涙ぐんだ新婦へ羽織ちゃんが柔らかい笑みを見せると、小さくうなずいてから受け取った。
そして、軽く涙を拭ってから見せた笑みは、どこか優人と似たもので。
……って、そりゃそうか。
姉弟だもんな。
「じゃあ、羽織に投げるね」
「あはは。いいよー、そんな」
慌てて彼女が首を振った、そのとき。
山内さんが、再びドアから顔を覗かせた。
「それでは、そろそろ参りましょうか」
「あ、はい。わかりました」
彼の言葉に武人がうなずき、新婦に手を差し出して笑みを見せる。
それを見た彼女も、嬉しそうに微笑んでから立ち上がって手を重ねた。
「……じゃ、式場で」
「またね」
ふたりに手を振った羽織ちゃんとともに控え室を出ると、1度通った道程でチャペルへと向かうことになった。
「…………」
普段下ろしている髪も、今日はアップに纏められている。
無論、それだけじゃない。
ナチュラルながらもほどこされているメイクと、唇には……あのルージュ。
それがなんとも言えず、嬉しい。
「……ずいぶん、色っぽいな」
「え? ……そうですか?」
ワインレッドのカクテルドレスに、柔らかいピンクのショール。
胸元には少し大きめのバラのコサージュがあって……女子高生には見えない。
「うん。……胸元開きすぎだけどね」
「そ、それはっ……! だって、ドレスだし……」
困ったように見上げる顔はいつもの彼女なのだが、雰囲気が違うせいか、ぐっとそそられる。
彼女は俺が来ることを知っていたようだが、俺はもちろん聞かされていなかったワケで。
……ホントにびっくりした。
でも、新婦とは従姉妹って言ってたな。
……ってことは……だ。
「ひょっとして、ご両親も来てる?」
「うん。多分、先にチャペルへ入ってると思いますよ」
……やっぱり。
そ……れはそれで、結構気を遣うんだが……まぁいい。
「武人さん、先生が着たタキシードじゃなくて残念だって言ってましたよ」
「……俺も聞いた。しかし、すごい人気なんだって?」
「ねーっ! びっくりですよ」
彼女が着たあのドレスは、なんでも新婦が随分前から予約をしておいたという。
そのお陰で、無事今日着ることができたワケだが……。
「やっぱり、あのドレスはお姉ちゃんみたいに、大人の女性が着るほうがいいんですよね」
「羽織ちゃんだって、女性だろ?」
「そうだけど……でもやっぱり、私じゃ不相応って言うか……」
眉を寄せた彼女の肩を引き寄せてやってから、視線を合わせる。
まったく、相変わらず控えめで困る。
……まぁ、いい部分でもあるけどさ。
「俺は、あのときの新婦のほうがずっとキレイだと思うよ」
「っ……先生……」
「今日もキレイだけどね」
「……もぅ。褒めても何も出ませんよ?」
「いいよ、別に」
ホントのことだから。
耳元で小さく囁くと、頬を染めながらも嬉しそうな顔を見せた彼女が笑った。
その笑顔が見られれば、十分。
事実、やっぱり俺にとってはあのドレスを着た彼女が1番キレイだったと思うし、何よりも愛しいと思った。
……今日は今日で、大人っぽくて好きだけど。
しかし、今日の式に彼女のご両親も来ているとなると、若干緊張するのはいた仕方ないだろう。
あとで、挨拶しに行かなきゃな。
思わずそんなことを考えてから、先日の模擬結婚式とは違う気持ちでチャペルのドアをくぐることになった。
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