――……とは思うものの。
他校の制服を着た女子高生を見ると、なんとなく居心地が悪いのはなぜだろうか。
見慣れてないからとかってワケじゃない。
なんだが……こう、今はまだ“教師”としてこの場にいるわけで。
そうなると、当然他校の制服を着ていようがなんだろうが、自分はやっぱり同じ生徒に対する目で見ている。
そこで感じるのは、“年齢差”。
きゃあきゃあ騒ぎながら話している姿は、やっぱり若いと思う。
………つーか、なんつーか。
俺、歳取ったんだな……。
3年間自分も着た冬瀬の制服を着ている生徒が目に入り、ついため息が漏れた。
昔の俺も、あんなふうに若かったんだろうが、この歳になるとどうしても高校生が幼く見える。
それはまぁ……相手が彼女であってもそうなんだけど。
それでも、時おり見せられる“女”の顔についつい手が出るワケで。
……でも、この子たちと同い年なんだよな。
…………犯罪かもしれない。
「……はー」
「ん? どうした?」
「いや、なんでもないっす」
自分の考えなど露知ることない純也さんと並びながら歩いて行くと、通りにあるケーキ屋が目に入った。
そこにも、制服を着た学生らがたむろしている。
……そういえばこの店、孝之に連れてこられた覚えがあるような。
看板を見上げてから奥のショーケースを見――……。
「純也さん」
「ん?」
「……あれ」
店の奥を見たまま彼の肩を叩き、足を止める。
ショーケースから少し右にズレた、奥の席。
そこに見えたのは、紛れもなくウチの学校の制服だった。
……それだけじゃない。
一緒のテーブルには、冬瀬の学生の姿。
ウチの生徒の顔は見えないが、相手が笑顔で話しているってことは、彼女らも笑顔なんだろう。
……ったく。
せっかくの楽しい時間ってヤツを邪魔するつもりはないが、これも公務。
運が悪かったと思って、諦めてもらおう。
「いらっしゃいませー」
カウベルの音ってのは、昔からどうもクリスマスを思い浮かべてしまう。
白を基調としたドアを引いて中に入ると、店同様にかわいらしい店員に出迎えられた。
が、そちらに向うことなく目指すのは、例の席。
スーツ姿の男ふたりがケーキ屋ってだけでも充分おかしいのだが、目的がケーキでないとなるとさらに怪しいだろう。
そんな痛い視線を背中に感じながら足を進めると、冬瀬の学生がこちらを向いた。
「……あ」
マズい、といった顔を見せて小さく呟いたその学生。
それは紛れもなく、冬瀬の生徒会長。
いわゆる“優等生”で通っている彼がこんな場所で教師に説教食らったなどとなれば、結構彼自身のプライドとやらに傷でもつくんだろう。
目が合った途端、鞄を掴むと音を立てて椅子をずらし、隣に座っていた同じく生徒会で会計をしている生徒の肩を叩いて立ち上がった。
そんなふたりのやり取りを見て何かに気付いたらしい、ウチの生徒。
慌てて店を出て行く冬瀬の生徒を見送ってから、こちらを振り返――……ったのは、よく……それはもう、よーく見知った顔だった。
「っせ! ……せんせ……い」
「……あれ? 純也じゃない」
驚いたのは、こっちも一緒。
いったいどこのクラスの生徒かと思いきや、ウチの……というよりも、俺達の彼女だったんだから。
「……お前は……。何してんだよ! 早く帰れって言っただろ!」
「だってー。ここの今日限定のケーキ、どうしても食べたかったんだもん」
「あのなぁ」
純也さんの呆れたような呟きに対して、至って平然とした顔で応える絵里ちゃん。
……だが。
「…………へぇ。俺の誘いを断った用事ってのは、このことか」
「ち、違いますよっ! ……これは……そのっ……」
「買い食いの上に、冬瀬の生徒と合コンね」
「うぅ、違いますってば!」
テーブルに手をつきながら視線を合わせると、彼女が必死に否定しながら首を振った。
……そんな泣きそうな顔されてもな。
むしろ、こっちのほうが泣きたい。
とっくに家へ帰っていたと思っていた彼女が、まさかこんなところで冬瀬の男と一緒にいるなんて考えもしなかったからこそ、結構精神的なダメージが大きい。
今夜一緒にいるのは、俺だったハズなのに。
どうしようもない嫉妬ってヤツが、ヴェールを纏わず角を出す。
「……とにかく、早く帰るんだ」
何か言いかけた彼女から視線を外して背を正し、それだけ告げる。
こちらの様子を見てかどうかはわからないが、絵里ちゃんが珍しく羽織ちゃんの腕を取って立ち上がらせた。
いつもだったらここで、茶々のひとつやふたつ入ってもおかしくないのに。
「じゃ、お仕事ご苦労様でーす」
「……まったく。早く帰れよな」
「わかってるってば」
純也さんと相変わらずのやり取りをした絵里ちゃんが向うのは、店のドア。
そのとき、ふいに羽織ちゃんと目が合った。
何か言いたげで、どうしても聞いてほしいという懇願の瞳。
そんな顔をされたら、引き留めてすべて聞き出したいとは思う。
それに、用事がなんだろうと――……週末きっちりともに過ごしたくもなる。
ここが公の場所じゃなければ、どれだけよかったことか。
「…………」
先に視線を逸らしたのは俺のほう。
だから、彼女がそのときどんな顔をしたかわからなかった。
――……ただ、絵里ちゃんが彼女を呼ぶ声が聞こえただけで。
……俺、弱くなったのかもな。
ふたりが去った店内をほどなくして純也さんとあとにしながら、自嘲とため息が漏れた。
……ちくしょう。
週末に彼女と過ごせないだけじゃなくて、その上イヤなモノまで見る羽目になった。
やけにツイてない。
これで明日がツイてなかったら、週明けヘコむのは確実。
明日彼女と会える確証もなかったので、マイナスなことしか浮かんでこなかった。
「……はぁ」
あーもー、ホント勘弁してくれよ。
純也さんに苦笑を返して見回りを再開しつつも、どうしたってさっきのことが頭から離れない。
……生徒会のヤツら、今度の授業覚えとけよ。
大人気ないとか言われるだろうが…………ほっといてくれ。
「……お前さ、もっと愛想のある顔できないの?」
「できない」
「せっかくの、ハレの日なのに?」
「それとこれとは関係ないだろ。つーか、なんで俺がここにいなきゃなんないんだよ」
朝から、すこぶる機嫌が悪い。
どうして、休みの日にまでスーツを着なきゃいけないんだ。
……しかも、まったくもって俺には関係のない、今日この日に。
「ごめんなさいね、祐恭君。和哉が、どうしてもって聞かないものだから……」
「あ、いえ。いいんですよ。俺も別に用事なかったんで」
「……なんだよ。随分、俺と態度が違うじゃないか」
「そりゃそうだろ。泰兄と美紀さんとじゃ、雲泥の差」
「あっそ」
申し訳なさそうな美紀さんに笑みを見せると、案の定泰兄が嫌そうな顔をした。
でも、当然だろ?
美紀さんにはしょっちゅう世話になってるし、彼女が悪いわけじゃない。
むしろ、原因を作ったのは泰仁と――……。
「うっわ、すっげぇー! 俺、カッコよくねぇ?」
……さっきからずっとハシャギまくっている、和哉なワケで。
「和哉。お前、袴引きずってる」
「え? あれ、おっかしーな。俺、足長いはずなんだけど」
相変わらずの減らず口。
間違いない。こりゃあ、親父譲りだ。
今日という土曜日に、どうして長瀬一家と行動をともにしているのか。
それは、本日が長瀬家の和哉と志保の、七五三だからだったりする。
しかしながら、どうしてこの11月下旬に神社へこなきゃいけないかというと、そこにはいろいろと複雑な家庭事情というやつもあるらしい。
普通、七五三ってのは10月下旬から11月上旬……遅くとも中旬に、しかも男の場合は5歳のときに済ますことが多い。
なのだが、まぁ美容室を開いているという職業柄、仕方なくこの時期になってしまったらしい。
どうしたって、普通の家庭が七五三をするときは、忙しくなる。
よって、ピークが過ぎたこの時期にならないと、自分の家の行事ができないってワケだ。
……そう考えると少し可哀想な気もするが、何も俺まで呼んでくれなくてもいいと思う。
だって、よーく考えてもみろ。
俺は泰兄の従兄弟ってだけで、この家族の行事に誘われる義理はないんだぞ?
「祐恭ー。ほら、早くこいってー」
「あー、わかったわかった」
ぐいっと手を取って参道に走って行こうとする和哉を引き留めてゆっくり進むと、大きな赤い鳥居が見えてきた。
相変わらず、神社ってのはどこも静かだ。
俺が七五三やったときの神社はここじゃないんだが、こうして目の前できちんと正装した和哉を見ていると、懐かしい気持ちも湧いてくる。
……俺も、同じように走ってたのかもな。
引き留めた自分が、昔自分に同じことをしたであろう周りの大人のようで、少しおかしかった。
「でも、なんでわざわざこの神社にしたんだ?」
「ん?」
和哉に手を引かれながら振り返ると、きょとんとした顔の泰兄と目が合った。
普通、七五三って言えば氏神様にお参りするもんだろ?
それがどうして、地元じゃない茅ヶ崎の神社なんかで……。
「……まぁ、ちょっとな」
「なんだよ、その『ちょっと』って」
「だから、ちょっとだって」
「……なんだそれ」
だから、その含み笑いはなんなんだ。
相変わらず謎ばかりではあるが、まぁ、仕方ない。
和哉に手を引かれるまま鳥居をくぐり、参道へ。
やはり時期が異なるためか、ほかの参拝客は見られなかった。
そりゃそうだよな。
もう七五三の時期は終わってるんだし、あとは個人的な参拝でくるくらいなもんだ。
「あ。お前、そこは歩いちゃいけないんだぞ」
「ん?」
参道の真ん中を堂々と歩く和哉の手を引いて声をかけると、不思議そうな顔をしてこちらを向いた。
「なんで?」
「……なんでだったかな」
「うおいっ!」
7歳児につっこまれた。
……あれ、なんでだっけな。
明確な理由は思い出せないが、たしか参道の真ん中は歩いちゃいけないと教わったんだよ。
それも高校時代、神社で遠的をしたときに羽織ちゃんの父である瀬那先生に。
…………なんだっけな。
明確な理由がこのへんまで出かかってはいるが、出てこない。
あー、モヤモヤして気分が悪いな。
「とにかく、そこはダメなんだよ」
「理由がわかんなくちゃ、なんでダメなのかわかんないだろ」
「……いや、そうなんだけどな」
ふてくされたような顔を見せた和哉に苦笑を返すと、ほどなくして社殿が見えてきた。
あそこでやるんだろうな、きっと。
さすがに儀式まで出るつもりはないので、俺はもちろん外で待つことになるだろうけど。
石畳の参道を進んで社殿のそばまで行くと、竹箒で掃除をしている何人かの巫女が目に入った。
よく、テレビなんかで見かけるのと同じ。
……ホントにあの格好で掃除するんだな。
なんてことが、ちょっと頭に浮かんだ。
どうしても初詣で目にする印象が強いためか、自分の中でこの時期に巫女を見るというのがしっくりこないが。
「で?」
「ん?」
「……いや、だから。受付とかしなくていいのか?」
「あー、そうだな。……でも俺、社務所の場所って知らないんだよなぁ」
「は!?」
ぽりぽりと頭をかきながら呟いた泰兄に、目が丸くなった。
普通、社務所の場所も知らないような神社で、七五三なんてしないだろ?
どこまでいい加減なんだ、コイツは。
我が従兄ながら、ホントに呆れる。
……が。
そんな泰兄の隣にいる美紀さんを見てみると、すでに承知の上のような顔をしていた。
………ああ。やっぱり昔からこんななんだよな。
ある意味境地に達している彼女には、何も言えない。
美紀さん、ホントすごいよな。ある意味で。
って、褒め言葉になってるかどうかはわからないが。
「ま、聞けば早いよな」
「……そりゃな」
そう言って顎に手を当てながら、泰兄が掃除をしている巫女たちへ足を向けた。
……まったく。
相変わらず、いい加減なところは昔から何も変わってないらしい。
「…………」
腕を組んで泰兄に背を向け、スマフォを取り出す。
自然と呼び出してしまうのは……昨夜から、電話しようかしまいか迷ってばかりの、彼女の番号。
どうしても思い出す、昨日のあの儚い表情。
今にも泣きそうで、一生懸命違うということを伝えようとしていて……。
彼女と、今日会えるという絶対的な約束は取り付けていない。
昨日あんな別れ方をしただけに、電話しづらいというのもあった。
……それでもやっぱり、会いたいものは会いたいわけで。
ディスプレイに表示されている彼女の名前と番号を見つめて、通話ボタンに乗せた指に力がこもる。
……今ごろ、何をしているのか。
用事って言ってたけど、あれはもう終わったのだろうか。
ぐるぐると堂々巡りの質問を繰り返しながら、ため息が漏れた。
「……らしくないな」
本当に、らしくない。
俺も変わったもんだよ、すっかりと。
自嘲気味に漏れた小さな笑いをそのままにボタンを押すと、聞きなれたコール音が響いた。
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