いつか、私も彼も伴侶を見つけてそれぞれの人生を歩く。
 それは、小さいころからわかっていたことだった。
 お父さんやお母さんみたいに、本当に好きな人と結婚して、それぞれ家庭を持って。
 そして、久しぶりに会ったときに、お互いのことを話す。
 ……そうなるって、ずっと思ってた。
 なのに、いざ彼に自分の知らない女の人が近づくと、心がきしむ。
 笑顔が出なくなる。
 ……私にだけ、優しかったのに。
 私だけ、愛してくれていたのに。
 …………子どもみたい。
 大切にしていたおもちゃを取られて、泣く。
 ……私、そんな子と一緒だ。
 いつもくれていた笑顔が、私の知らない人に向く。
 それを許せなくて、勝手に怒って、勝手に泣いて。
 ……なんて酷いんだろう。
 自分は、彼の気持ちなんて全然知ろうとしなかったのに。
 彼が、どれだけ私を大切にしてくれていたか、気付かなかったのに。
 失くして初めて気付くなんて、遅すぎるよ。
「……兄妹なのに」
 ぽつりと呟いた言葉が、やけに大きく聞こえた。
 と同時に、深く身体に入ってくる。
 ……そう。
 私たちは、兄妹なのに。
 お互いにパートナーを見つけることが、幸せなのに。
 ……当然なのに。
 やっぱり、私は絵里に言われた通り兄離れができていないようだ。
「……はぁ」
 ベンチに背を預け、頬を撫でる風に瞳を閉じる。
 いつもと同じように制服を着て、準備をして、家を出て。
 ……だけど、向かった先は学校じゃなくて公園だった。
 海がすぐそこに広がっている、臨海公園。
 休日ということもあって、家族連れやカップルの姿が多く見えた。
 そんな中、制服を着たままベンチに座っている私。
 ……独りぼっちの、私。
 周りにはたくさんの人がいるのに、無性に孤独感にさいなまれる。
 ……今、何時だろ。
 こうしてここに座ってから結構な時間が経っていたので、もしかしたらもう10時を回っているかもしれない。
 サイレントにして鞄の奥底にしまいこんでいたスマフォを取り出し――……。
「……っ……な……」
 不在着信とメールの着信。
 それを示す数字が、予想以上に多かった。
 1番古い着信を示すはずの場所には、今日の日付。
 しかも、まだつい先ほどの時間が示されていた。
 ……心配してくれる人がいる。
 それはもちろん嬉しいけれど、同時にすごく申し訳なくなる。
 私の身勝手で、不安に思っている人がいるのに。
 ……なのに。
「…………」
 戻りたくない、と思っている自分がここにいる。
 家に帰らず、いっそこのままどこかへ行ってしまおうかと思っている自分が。
 ……ずるい。
 私がもし、自分の大切な人にそんなことをされたら、不安で不安でたまらないのに。
 ……やっぱり私は、神様に嫌われてしまったのだろう。
 こんなに我侭なんだもん、当然だ。
「……え……」
 着信履歴を開いて、瞳が丸くなった。
 ……ううん。
 着信履歴だけじゃない。
 メールの差出人も、そうだった。
 絵里や葉月、そして兄である孝之。
 彼らの名前に交じって見えた、名前。
 ……すごくすごく会いたいくせに、自分から拒み続けていた……彼の名前。
「っ……」
 それが目に入った途端、身体が動いた。
 最後の着信は、ほんの数分前。
 今は、テスト中のはずなのに。
 彼は、監督してるはずなのに。
 ……なのに、どうして?
 鼓動が早くなる。
 そして、足が動く。
 いけない。
 私は、ここにいてはいけない。
 なぜならば、彼はきっと――……わかっているから。
 小さいころから彼にせがんで連れてきてもらった、この場所に私がいることを。
「……っ……あ」
 ぱたぱたっと走った所で、足が止まった。
 ずっと遠くにある、姿。
 何かを探しているように、あちこち見ながら走っている姿。
 仕事中なのに。
 学校にいなきゃいけないのに。
 ……なのに、まるで私を探してくれているような、彼の姿が目に入った。
「…………っ……」
 涙が、溢れる。
 口元を押さえ、俯き加減に彼へ背を向ける。
 会う資格なんて、ない。
 彼に、酷いことばかりしたんだから。
 小さな石で転びそうになりながら、彼へ背を向けて走り出す。
 宛てなんて、もちろんない。
 ただ、彼に見つからない場所へ。

 『お兄ちゃん、探しにきてくれるかな』

 いつか考えたそんな不謹慎なことが、こうして今現実に起こっている。
 ……嬉しい。
 だけど、申し訳なくてたまらない。
 謝らなくちゃいけないのに。
 ……それなのに。
 私は、彼から逃げようとしていた。


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