翌朝、SHRを行っていると、日永先生に付き添われた篠崎先生が教室へ入ってきた。
そういえば、紹介するとか言ってたな。
ふたりに軽く頭を下げてから教卓を譲ると、いかにも学生らしいリクルートスーツを着た彼がこちらに頭を下げてから生徒に向き直った。
「えー、今日から2週間。教育実習にこられた、篠崎圭介先生です。みんな、いじめないようにねー」
「はぁーい」
……なんつー紹介だ。
まぁ、自分も実習のときに似たような紹介を受けたから、ついデジャヴを感じる。
「篠崎圭介です。よろしくお願いします」
「先生、彼女とかいるんですかー?」
「え? あ、いや、いない……けど……」
「やったぁ!」
「マジでー?」
……結局ソレか。
自分が受けた質問そのものが再び耳に入り、思わず苦笑を浮かべ――……てから、ついつい彼女の顔を見てしまう。
とはいえ、別にときめいてるといった感じでもなく、普通の顔だった。
……ま、そうだよな。
俺がいるんだし。
などと思いながらも内心ではほっとしつつ、生徒とのやり取りを見ていた。
――……ら。
「そうだ。瀬尋先生、彼女と別れたって本当ですか?」
「……は?」
いきなり委員長に声をかけられ、思わず口が開いた。
「え。俺?」
「うん。付き合ってた彼女と別れたんでしょ?」
「……なんでそんな話を……」
というか、いったいどこから。
眉を寄せて首を傾げると、静かになった生徒たちからまた声があがった。
あーもー、うるさいな。
噂なのかカマをかけられているのかはわからないが、こほんと咳払いして笑みを浮かべる。
いわゆる、勝者の笑みってヤツを。
「でもまぁ、もう彼女いるから」
「えぇー!? 先生、手ぇ早すぎ!!」
「そう言われてもな……」
苦笑を浮べて壁にもたれると、ほかの生徒がさらに質問を続けた。
「どういう人ですか? 年上?」
「ノーコメント」
「なんでー!? ずるーい。減るもんじゃないし、教えてくださいよー」
「んー……かわいくて放っておけない、和み系。天衣無縫かな。俺にとって」
「マジでー? 見たい! 写真とかないの?」
「……ないよ、そんな弱みを握られるハメになりそうな物的証拠は。以上、SHR終了。日永先生、何かありますか?」
手を叩いて話を区切ってから彼女に話を振ると、おかしそうに笑ってから首を横に振った。
「篠崎先生は?」
「あ、いえ。僕もないです」
「じゃ、以上で」
にっ、と笑ってあまったプリントをまとめると、自然にウチの彼女へ目が行く。
さすがに瞳は合わせてこなかったが、少し俯いて頬を染めていた。
そんな彼女を、絵里ちゃんが突付きながら何か言っている。
……これは、あとで何か言われるかもな。
なんてことを考えながら苦笑を浮かべ、日永先生らと教室をあとにした。
「えー、じゃあ篠崎先生も冬瀬の出身なんですか?」
「うん、そうだよ」
「じゃあじゃあ、先生になったらうちの学校にきてくださいよぉー」
「あはは、がんばるよ」
放課後の実験室。
そんな教室の端では、篠崎先生が生徒に捕まって困った笑みを浮かべていた。
……人がいいな。
とはいえ、実習生のときは自分もあんなだったかな、とも思う。
「先生」
「ん?」
テストの評価をまとめていると、不意に声がかかった。
視線をそのままに返事をしてから顔を上げると、そこには案の定彼女の姿。
「何?」
「……えっと」
「賄賂はダメだよ?」
「しませんよっ!」
「そ? じゃあ、何かな」
慌てた彼女ににっこり笑いながらペンを回すと、あたりを確認してから囁いた。
「……夕飯食べにきませんか?」
「今日?」
「はい。……あ、何か用事とかあります?」
少し上目遣いで、こちらの様子を伺うような呟き。
……いじらしいな。
こういうところ、好きかも。
「別にないけど。……でも、いいの?」
「もちろんですよ。お母さんが、先生さえよければいつでもきて、って」
「……それは嬉しいね」
にっと笑ってうなずくと、彼女も嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、待ってますね」
「うん。仕事終わったら行くから」
回していたペンを止めてもう1度うなずくと、それを見た彼女がきびすを返した。
……あ。
「そうそう」
「え?」
そんな彼女を引き止め、今見ていた答案を出してやる。
すると、それを見てすぐに眉を寄せた。
「……ずいぶんと、集中力が散漫のようですけど?」
「そう……ですか?」
「でしょ? 数字書き間違ってるし」
コンコン、とボールペンで何箇所か示してやると、バツが悪そうに苦笑を浮かべる。
わかってた、のかな? 果たして。
まぁ、そうだと思いたいが。
「ま、これの代償は今度にしておくよ」
「……代償?」
「うん。細かくいじめるから」
「っ……やです、そんなの」
「こんなヤラシイ間違いするから悪いんでしょ?」
「や、やらしくなんか――……」
「瀬尋先生ー、ちょっといいですか?」
「え?」
にやにや笑って呟いていたら、篠崎先生が少し離れたところから申し訳なさそうに声をかけてきた。
慌てて彼に向き直ると、どうやら実験のことらしく、テーブルの上にはゴム管で繋がれたガラス管がいくつかあった。
「ま、そういうワケだから。……いろいろ楽しみにしてるね」
「……もぅ。早く行ってあげてください!」
いたずらっぽく笑ってみせると、案の定軽く睨まれた。
そういう反応を見たいがためにするんだけどね。
なんてことを考えながら彼に近寄ると、生徒からの質問に熱心に答えていた。
あー、こういう真面目な学生は最近珍しいな。
彼の一生懸命な態度は、結構好感を持てる。
さりげなくヒントを言ってやると、嬉しそうに生徒に教えていた。
うん、いい教師になるな。きっと。
なんだか、初々しい感じがして微笑ましく思った。
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