相変わらず、純也は料理がうまいと思う。
そりゃあ、私だって最近はがんばろうって気になって……が、がんばってるのよ? これでも。
だけど、やっぱり性格なのか……純也のほうが手早くて、マメ。
それに、おいしい。
そうなると、どうしたって私が作るよりも純也が作ることのほうが多くなる。
それに関して純也は何も言わないし、私も何も言わない。
……っていうか、何も言えないっていうほうが正しいけど。
だから、夕食後の片付けは私がやることにしている。
自然にそういう形になったのよね。
一緒に暮らし始めたときから……かしら。
そりゃあね? 私も、羽織みたいに料理が上手だったらいいなーとは思うわよ。
でも……これが私たちの形ってこと。
ないものねだりしても仕方ないしね。
っていうか、まぁ……そう簡単に料理はうまくならないわけよ。
うん。
テレビでやっていた料理番組を見ながら、ふとそんなことを考えていた。
我が家の夕食はとうに済んで、お風呂ももう入った。
今は、寝る前のミルクタイム。
……って言うと、なんか赤ちゃんっぽいけど。
でも、寝る前にホットミルク飲むと精神的に落ち着くのよね。
……まぁ、別に精神的にイガイガしてるってワケじゃないんだけど。
昔からの習慣だから、今さらやめるってこともしないっていうか。
寝つきがいい気がするから、やめれないって感じかも。
「…………」
それにしても、自分が寝る準備をしているときにテレビで料理対決っていうのは……なんかヘンな感じ。
まぁ、この時間帯がいわゆる“ゴールデンタイム”だからしょうがないとは思うんだけど。
ホットミルクを飲みながらテレビを見ていると、純也が髪を拭きながら歩いてきた。
「……お前、また食い物の番組見てんのかよ……」
その顔は、『飽きねぇな』とでも言いたげだ。
「だって、これしかやってないんだもん」
「ニュースやってんだろ、ニュース。受験生なら、それを見ろ」
「あ」
隣に座るやいなや、リモコンでさっさかチャンネルを変えられてしまった。
……ったく。
せっかく、おいしそうなタルタルソースのかかったエビフライだったのに。
まぁ、確かに純也の言うことも間違っちゃいないから、チャンネル奪うような真似はしないけど。
「でも、一応は受験生からイチ抜けた、なんだけど」
「そりゃそうだけど……でも、周りは受験生なんだぞ? 羽織ちゃんだって、そうなんだ」
「……わかってるわよ」
それは、痛いくらいわかってる。
もちろん、そのことを純也も知っててくれているから、あえて何も言わないでくれるけど。
この時期になってくると、私と同じように推薦入試で合格をもらった子たちは、どうしたって気が緩む。
だけど、一般入試での合格を目指す子たちはこれからが本番だし、ウチのクラスだって大半がそうだ。
羽織は気にしないって言ってくれてるけど、あれは強がり。
……だと思う。
周りが浮かれてぽやぽやした雰囲気になったら、一生懸命がんばってる子たちに申し訳ないし、怒られたって仕方がない。
だけど、羽織は文句ひとつ言わないのよね。
見てるこっちが、つらくなるほどに。
だから、冬休み明けのセンター試験ではいい点を取って欲しい。
そのためのお守りも、ばっちり準備済みなんだから。
「……だってさ」
「なんで俺に言うんだよ」
「なんとなく。ほら、同じ立場でしょ?」
「いくら同じ高校教師だっつったって、俺はこんな事件沙汰になるようなことしてねーよ」
にやっとした笑みを見せると、怪訝そうに眉を寄せた。
ニュースが告げたのは、県立高校の教師が生徒に手を出したというニュース。
ニュースになるってことは、まぁムリヤリとか……別れる別れないでもつれたとか、そんななんだろうけど。
「でも、事件になってないだけで、ヤってることは一緒でしょ?」
ホットミルクを飲みながら呟くと、隣で大きなため息をついた。
……何よ、その顔。
私は別に、間違ったこと言ってないわよ?
そういう意味合いを含めて眉を寄せると、ぐりぐりと人差し指で眉間を押された。
「っ……何よぉ……」
「お前は事件になってほしいのか? え?」
「っだぁ、しつこい! ……別に、そんなこと言ってないもん」
ぺいっと手を払ってからミルクを飲み干し、テーブルにマグカップを置く。
そして、そのままみかんに手を伸ばそうとする……と、手の甲を叩かれた。
「ちょっと。いいでしょ? 別に。みかんくらい食べたって」
「お前なぁ……さっき、歯磨いたろ? 食ったらもういっぺん磨けよな」
「あのねぇ。私は子どもじゃないわよっ。それくらい、わかってるし!」
「あっそ」
みかんを手にして揉みながらテレビを見ていると、変わってスポーツニュースが始まった。
野球、ゴルフ、そして格闘技。
どれもこれも楽しそうに見ている純也は、子どもっぽくて楽しい。
人に説教してるときの彼とは、大違い。
まぁ、私もスポーツは嫌いじゃないからいいけど。
「…………」
スポーツニュースが終わると、純也が立ち上がってキッチンへ向かった。
……んー、みかんはまぁいいか。
結局弄ってから、元に戻す。
それより、ドラマとかやってないのかしら。
リモコンを取ってぱちぱちチャンネルを変えると、さっきの料理番組は決着がついていた。
……やっぱり、エビフライよね。当然よ。
独りうなずいてから、ほかのチャンネルへ。
すると、いきなり声が響いた。
私服だけど、男の人を『先生』と呼んでるってことは……まぁ、何かの先生なんでしょ。
みんながみんな、高校教師とは限らないだろうけど。
時間を見ると、ちょうどクライマックス。
普段見てないドラマなんだけど、こういう展開ってやっぱり気になるじゃない?
夜の住宅街。
そこで女の子に呼び止められた、男の人。
あれこれやりとりをしながら、女の子が抱きついて、顔を胸にうずめて……涙で潤んだ瞳を彼に向ける。
男の人は眉を寄せてつらそうに呟いてから……そのまま抱きしめた。
……ふぅん。
なんか、ありきたりって感じのドラマね。
って、最後のシーンだけ見て文句言うなんて、お門違いかもしれないけど。
――……けど。
「なっ……!」
食い入るように見つめていると、いきなり画面が消えた。
「くだらねーモノ見るよな、女って。なんでああいうのが好きなんだ?」
「ちょっとー。人が見てたのに、邪魔しないでもいいでしょ?」
「もう遅いし、寝ろって」
「遅いって……まだ23時前!」
「んじゃ、俺は先に寝る」
「……あ、ちょっ……」
「おやすみ」
唇を尖らせて彼を見ると、ぽーんとソファにリモコンを放ってから欠伸を見せた。
こっちの言葉には耳も貸さず、とっとと寝室へ。
……もー、なんなのよー。
独り残されても……困る。
仕方なくリビングの明りを消してから寝室に向かうと、とっととベッドに横になろうとしていた純也と目が合った。
「なんだよ。見ないのか?」
「……見ないわよ」
「あっそ」
……ちょっと。そんなおかしそうに笑うことないでしょ。
ちょっと、悔しい。
ぼふっとベッドに飛び乗って隣に滑り込むと、すでに純也は瞳を閉じていた。
私が真っ暗い部屋だと寝れない……ってワケじゃないんだけど、夜中起きたときつまずくからってことで、明りはうっすらとつけてある。
ぼんやりと部屋の輪郭を浮かび上がらせるその光を見ていると、ちょっとだけ眠気が起きてきた気がした。
「……ねぇ、純也」
「…………なんだよ」
やっぱり、寝てなかった。
っていうか、こんな早く寝れないわよね。
くりっとそちらに寝返りを打つと、瞳を閉じたままで彼が応えた。
「私のこと、好き?」
「……は?」
「ねぇ、好き?」
「……な……んだよ、急に」
「いいから。好きか嫌いかって聞いてるのよ」
私の言葉に驚いたように、純也が瞳を丸くした。
と同時に、こちらに顔を向ける。
いぶかしげな、眉。
いいのよ、なんでも。
とにかく、ちょっと聞きたかったっていうか…………まぁ、さっきのドラマで女の子が言ってたセリフなんだけど。
「そりゃ……まぁ。つーか、好きじゃなかったら一緒に暮らさないだろ」
「まぁ、そうなんだけどね」
そりゃそうだ。
でも、たまに聞きたくなるじゃない? こういうのって。
別に……相手の気持ちを疑ってるとかそういうんじゃないんだけど。
「今日は、付き合ってくれてありがとね」
「……珍しいな。お前が礼言うなんて」
「ちょっと。私、そんなにひねくれた子じゃないわよ」
「まぁな」
素直に言えば、すぐこうなんだから。
ま、それが純也なんだけど。
「でも、なんで急にデートしたいなんて言い出したんだよ」
……ぅぎく。
「っ……それは……その……」
「珍しいよな、お前がそんなこと言い出すなんて」
「……そう……?」
「そう」
視線を逸らしつつ呟くと、純也が身体ごとこちらに向き直った。
ヘンなところ気にするわね……。
……まぁ、いいか。
なかなか楽しかったし。
今日は素直に言ってあげてもいい。
「羽織に言われたの」
「……羽織ちゃんに?」
「うん」
羽織の名前を出すと、それは不思議そうに瞳を丸くした。
そりゃそうでしょうよ。
私だって、ちょっとびっくりしたもん。
「羽織に、今日1日デートしてみれば? って、すすめられたの」
「ふぅん。でも、そういう提案をされるってことは、それ相応の相談をお前がしたからだろ?」
「っ……」
……鋭いわね。
相変わらず、断片的な情報だけしかあげてないにも関わらず、しっかりと反応された。
「ちょっと…………羨ましかったのよ」
「羨ましい?」
「うん。羽織たちは会うときにどきどき感があるでしょ? だから、いつも新鮮って感じがするっていうか……。でもほら、私たちは一緒に暮らしてるから、そういうのがないっていうか……なんていうか」
徐々に、どうしても語勢がなくなってしまう。
すると、急に純也が笑い出した。
しかもしかも、声まで出して。
「ちょっ……! そんな、笑うことないじゃない!」
「いや、ごめ……あはは、まさかお前がそんなことっ!」
「いいでしょ、別に! ちょっと思ったんだから!!」
……あーもー、言うんじゃなかった。
心底、後悔。
ていうか、何もそんなに笑い飛ばすことないじゃない。
こっちは……ちょっと寂しかったのに。
「もういいっ」
話した私が、馬鹿だった。
ぷいっと純也に背を向けて瞳を閉じると、しばらく経ってからようやく笑い声が小さくなった。
……ったく。ホントに笑いすぎ。
それが悔しくもあり、なんだか切なかった。
「おい、絵里」
つんつん、と背中をつつかれる。
……だけど、そんなことくらいで私が振り返ってやるはずないでしょ。
「何怒ってんだよ」
「別に。てか、純也はデリカシーなさすぎなのよ!」
「デリカシーって……お前なぁ」
「……私の気持ちなんて、何もわかってないじゃない……っ」
ぽつりと漏れた言葉は、本心だった。
私は、楽しそうに嬉しそうに祐恭先生に会いに行く羽織が、すごく羨ましくて。
一緒に住んでることは、そりゃあ確かに幸せだと思うし、羽織にすれば羨ましいと思う。
ないものねだり。
だけど……これでも、付き合い始めたころはやっぱり羽織と同じようにドキドキしながら週末を待ったし、一緒に出かけられればそれはすごく嬉しかった。
今は一緒に暮らしているから、会えるのも、出かけられるのも当り前になっている。
……だから……いつもとは違った雰囲気を楽しみたかっただけなのに。
今日は、そういう意味ではすごく嬉しかった。
本当に……昔みたいに、初々しいデートみたいだったから。
「……っ」
やば、ちょっと泣きそう。
慌ててまばたきをして、涙を止める。
鼻をすすればバレちゃうけど、さすがにそっちはまだ平気だった。
「っ……」
「……何怒ってんだよ」
「…………怒ってない……」
「じゃあ、こっち向けって」
「……こんなふうにされてたら、向けないでしょ」
ぎゅっと後ろ向きに抱きしめられて、背中に鼓動が響く。
声がちょうど頭の上あたりに響いて、なんか、ちょっと不思議だ。
「……どうせ楽しくなかったんでしょ。純也は」
「なんでそうやって決め付けるんだ? 俺だってそれなりに楽しかったけど」
「……何よ、それなりにって」
それはちょっと癪に障る。
楽しかったなら楽しいって言えばいいじゃない。
「っ……」
すると、抱きしめてくれていた腕に力がこもった。
と同時に、耳元へ息がかかる。
「……楽しかったか?」
「…………うん」
後ろ向きに抱きしめられたままでうなずくと、耳元で彼が小さく笑った。
だけど、それは今までの馬鹿にしたような笑いとは違って……なんか、あったかくて。
「昨日から、お前すげー楽しみにしてたもんな」
「……そう?」
「そーだよ。皿洗ってるとき、めちゃめちゃ楽しそうにしてたぞ」
……お皿……?
…………ああ、夕飯のときね。
知らなかった。
無意識のうちに……そんな、笑ってたなんて。
「今日だって、お前にしては珍しくかわいい服着てたし」
「……そんなことないもん」
「普段、あんなスカート穿かないだろ」
「っ……それは……」
確かに、いつもはあんなふうにかわいいスカートは穿かない。
どっちかっていうと、ほとんど飾りけのないシンプルな物のほうが多いし。
ふわっとしたフレアスカートは、似合わないと思う……からなんだけど。
……それにしても、よく見てるわね。
ちょっと、感心しちゃう。
「すげぇ、かわいかった」
「っ……ちょ……」
思わず、喉が鳴る。
耳元でそんな優しく言われたら……困る。
いつも人のこと馬鹿にしてるくせに、こんなときに急にそんなふうに言われたら……。
鼓動がどうしたって、早くなる。
なんか……恥ずかしい。
「そういう絵里、好きだぞ」
「……ちょっとぉ……」
頬が赤くなるのがわかった。
だって、そんな……さっきは、人がいくら聞いても素直に言ってくれなかったのに。
……やっぱり、純也は意地悪だ。
「好き……?」
だから、私も少し意地悪をすることにした。
くるっと身体を回して、彼を正面から見る。
すると、やっぱり驚いたように瞳を丸くして私を見た。
1度視線を、宙へ飛ばす。
――……だけど、すぐに優しく笑ってから頬に手のひらを当てた。
「……っ……」
なんて思っていたら、純也の顔が近づく。
瞳を外さないままで。
「好きだ」
「っ……」
……泣く、でしょ。こんなふうにされたら。
自然に瞳が閉じたとき、柔らかくキスをしてくれた。
1度離れてから、もう1度。
……もぉ……やっぱ、ずるい。純也は。
…………でも、やっぱり……好きだから。
「……嬉しい」
「っ……」
「大好き」
照れくさいけれど思い切り笑ってみせると、純也もまた小さく笑った。
こういう時間は、たまらない。
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