「もっと嬉しそうな顔できないんですか? ……マナー違反だと思いますけど」
さらりと言い放った彼女は、やっぱりいつもと同じ顔で。
同じ……顔なんだが。
「……どういうつもりだ?」
「別に? ひとり分もふたり分も、作るのは同じだから」
目の前に並んだ皿も、いつもと同じだった。
『彼女』が作ってくれていたいつも通りの、朝食。
……まぁ、朝食というには少し時間が遅いが……。
目玉焼きも、トーストの焼き加減も……温かいスープも、どれもこれもが同じ。
当然、いつも淹れてくれた紅茶も添えられていて。
「……料理が得意なのは、変わらないんだな」
「『肉じゃがが得意なの』とか言えば、すぐに騙される男が多いからね」
同じ点を見つけたと思っていたのだが、とんでもない答えが返ってきた。
……そういうことが聞きたかったワケじゃないんだが、どうやら何も言わないほうが得策らしい。
「行儀悪いと思いますけど」
新聞を眺めたままトーストに手を伸ばしかけたら、ぴしゃりと鋭い言葉が飛んできた。
……トーストを食べながら、ニュースを見たままの彼女に。
「人を注意するときは、自分も正すべきだと思うが」
「…………」
新聞を畳みながらため息混じりに呟くと、ぴたりと音がするくらいに彼女が動きを止めた。
「……今、しようと思ってました」
「へぇ」
まったく感情のこもってない言葉を返してから、トーストをひと口。
……小気味いい音が、なんとも切ない。
どれもこれも、いつもと同じで。
見た目も味も、当然そうで。
「…………」
口の端についた欠片を拭うと、真剣な顔――……というよりは、半ば睨むようにしてニュースを見つめている彼女が見えた。
……いつもなら、『付いてますよ?』とか苦笑交じりに手を伸ばしてくれるんだけどな。
もっとも、今の彼女にそんなモン求めちゃいないが。
「……そんなに物珍しいか? ニュースが」
「馬鹿にしないでくれる?」
「してないけど」
「……私だって、ニュースくらい見るし」
「俺といるときは、乗り気じゃなかったクセに」
「計算って言葉、知らないの?」
「は……?」
ため息混じりに呟いた彼女に、眉が寄って口が開く。
すると、その様を見て一層呆れたかのような顔を見せた。
「何も知らない子のほうが、先生好きでしょ?」
「……別に」
「じゃあ、ぺらぺらと世界情勢喋ってたほうがよかった?」
したたかで、物怖じしなくて。
……絵里ちゃんよりも、ずっと大人。
これまで見るようなことのなかった横顔に、思わず息を呑む。
この子は、こんなに大人びた子だったのか?
仕草も、表情も、考え方も。
何もかもが、驚く位。
……知らないことばかりだったんだな。
鋭い瞳でニュースを見つめている彼女に、何も言うことができなくなる。
「……トマト……?」
彼女から視線を外してスープに手を伸ばすと、赤い欠片が目に入った。
それで、つい漏れたのだが……案の定、彼女は鋭くこちらに向き直る。
「大人は、好き嫌いしないものですよ」
「……自分だってあるクセに」
「だから。どこまで単純なの? 計算だって言ってるじゃない」
計算。
先ほどからずっと、その言葉しかもらってない。
……計算計算って、どこまでし尽くしてるんだよ。
ため息と同時に、カップをテーブルへ置く。
「私、ニンジン食べられないんです……」
「っ……」
「って言ったほうが、かわいいでしょ?」
「…………思わないね」
一瞬、情けなくも視線を奪われた。
……いつもの彼女の口調で、いつもの困ったような顔で。
だけど、当然すぐに彼女はいたずらっぽい顔になった。
……それで、再び実感する。
ああ、これまでの俺が見てきた『瀬那羽織』という人間は、すべて作られたものだったんだな、と。
「どうして、自分を曝け出して生きようとしないんだ?」
トーストを紅茶で流し込んでから新聞を取り、そのまま呟く。
すると、同じように紅茶を飲んでいた彼女がこちらを向いた。
「男に媚びるのは嫌なの」
「……媚びてるじゃないか」
「どれもこれも、本当の私じゃない。……いい? 世の中を賢く生きるための術なのよ。これが」
少し呆れたように呟いた彼女は、よっぽど俺よりも世の中を知り尽くしているような顔だった。
「でも、正直言って先生ならすぐに気付くと思ってたのよね」
「……どうして」
「だって、これまでお兄ちゃんも同じようにやってたでしょ?」
「……孝之が?」
「そ。お兄ちゃんが女に媚びない生き方してるってことは、先生が1番よく知ってるじゃない」
くすっと小さく笑った顔は、まるで孝之みたいなモノだった。
……これまではずっと、同じ兄妹なのに似てないモンだと思ってた。
思ってたんだが――……どうやら、やはり同じ血を分けた兄妹だったようだ。
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