「……あ? なんだ。お前が来るなんて珍しいな」
「…………ああ」
通いなれた、瀬那家への道。
……だが、いつもとは違って車内は険悪なムードが占めていた。
あとを付いて来た彼女を振り返らずに、開けてくれた玄関から入る。
彼女が先にリビングへ向かったが、俺が何も言わないのを孝之が不思議そうな顔で見ていた。
今はとりあえず、そっちじゃない。
用があるのは、お前だ。
「あー。疲れたぁ」
「っ……」
「ねぇ、お兄ちゃん。葉月は?」
「は? そこにいんだろ」
「……あ! ホントだ。葉月ぁ、ただいまー!」
「おかえり。どうしたの?」
「だってさー……あー、いい匂い」
「っ……羽織、くすぐったいよ」
「えー、だって柔らかいんだもん」
キッチンから姿を見せた葉月ちゃんへ、彼女はべったりと抱きついた。
すりすりと胸元へ頬を寄せ、まるで甘えるように身体を寄せる。
……にしても、口調が全然違うんだな。
俺が知っている“これまで”の彼女とは違う言葉遣いに、小さくため息が漏れる。
だが、驚いているのは俺だけ。
ふたりにとっては、これが“当たり前”の姿らしい。
「おい。祐恭?」
「え?」
「お前、どうした?」
「……あ。いや、ちょっと……聞きたいことがあるんだけど」
ソファにも座らずふたりを見つめていたら、怪訝そうな孝之が肩を叩いた。
……なんか、頭痛が……。
まんまとハメられたというワケじゃないが、なんとなく……どっと疲れた感じが出てきた。
「彼女、いつもこんなだったのか?」
「は?」
訝しげに眉を寄せた孝之の言いたいことは、わかるつもりだ。
……つもりだが……。
まるで『お前何言ってんの?』みたいな顔をされて、少し気分は悪い。
「だから。俺の前にも、たくさんの男と付き合ってたって話聞いたんだけど」
「……はァ?」
ため息をついてから、今度は直接的に言ったつもりだったのだが、やっぱり孝之は同じように口を開けたままだった。
……あー。
どう言ったらいいんだろうな。
あ、アレだ。
「だから、な? 彼女が、お前と同じようなことしてきたってホントか?」
俺が昔から見てきた孝之は、それはもう……なんと言うか、ある意味バチ当たりなことばかりをしていた。
というのは、素行や言動全般。
遊ぶときはとことん遊ぶし、女に関しても……決して真面目とは言えなかった。
確かに、俺はコイツのそういう面はよく知ってる。
だけど、まさか彼女までもがそうだったなんて……まったく思えなかったし、思いたくもなかった。
……なのに。
「…………」
何も言わずに俺を見ている孝之を見ながら、次の言葉が出てこない。
……だが。
先に視線を逸らした彼がため息をつくと、呆れたように眉を寄せた。
「お前、今さら何言ってんの?」
「……は……?」
「は、じゃねぇよ。それはこっちのセリフ。だから、散々言ったろ。『コイツはやめとけ』って」
とんでもない言葉が返ってきた。
『まさか』とか『お前の気のせいだ』とか言われることを頭のどこかで願っていたんだが、こんなにあっさり肯定されるとは……。
まさに、予想外とはこのこと。
「アイツが『おとなしくてかわいい健気な妹』だと思うか? どう考えたって、ありえねぇだろ。……俺の妹だぞ? 俺の」
ため息をついて彼女を見た孝之の言葉は、確かに……もっともだと思った。
わかってる。
……いや、わかってなかった。
絶対、違うと思ってたのに。
なんせ、俺の前ではずっと何も知らないような純な子だったんだから。
そんな子を掴まえて、誰が『男を手玉に取ってきたとんでもない女子高生』だなんて思う?
「……はぁ」
「あ? もしかしてお前、ホントに知らなかったのか?」
「……ああ」
壁へもたれるようにすると、孝之がまるで今ごろ気付いたみたいな声を出した。
……ああそうだよ。
知らなかったよ、俺は。
悪かったな。
「…………」
「……ちょっと待て。俺に怒るのは筋違いだぞ」
「…………わかってる」
半ば睨むようにすると、眉を寄せた孝之が俺を指差した。
……あーちくしょう。
まさか、本当に俺だけが知らなかったとは。
情けないというか、どうして今ごろこんなことになるんだというか……。
「…………」
……このまま、彼女を引き取ってもらって、身ひとつで帰りたい。
楽しそうにリビングで葉月ちゃんと話している彼女を見ながら、大きく深いため息が漏れた。
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