「それじゃ、ジュース取りいこっか」
「そうだね」
奥に座っていた子の声でみんなが立ち上がる――……と。
ふいに彼が小さく笑った。
「……え?」
「すごい顔してたな」
「っ……だって……」
まさか、こんな場所であんなにキッパリと言われるなんて思ってもなかったから。
まだ残っているアイスティーのグラスを見つめていると、彼の手が足に当たった。
……というか、明らかに乗ってるよね。これ。
ちょっと触れたというものとは違い、しっかりと彼の手は私の足の上。
今は隣に誰もいないからいいものの、これはちょっと……マズい。
だって、いくらテーブルの下だとはいえ、顔に出るわけで。
「……先生」
「気にしない」
「気にしますっ!」
「……1週間って、長いんだよな」
ぽつりとそんなことを漏らすと、スカートに沿って手を這わせてきた。
「っ……や……」
漏れてしまった声で慌てて口を手で押さえると、にやっといたずらっぽく彼が笑う。
それは、すぐにやめてくれるような顔には見えず、さぁと血の気が引く。
……うそ、でしょ? え、だって、こんな場所で?
「……せ、んせいっ……!」
スカートをたくし上げるように触れられ、慌てて彼を制するものの一向に手は止めてくれない。
困る!!
ドリンクバーからそれぞれグラスを手に戻ってくる彼女らが目に入り、ぎゅっと彼の手を掴んで払う――……けれど。
「あれ? 羽織はいいの?」
「う、ん。まだ……いいかな」
隣に座っていた子が腰を下ろすと、するっと手を抜いて今度は彼のほうからほかの子に見えないようにしてスカートの下へ手が入ってきた。
「っ……!」
「……羽織?」
「うぇっ!? な、なんでもないよっ?」
ぴくっと反応してしまい慌てて首を振るものの、鼓動が早くなる。
バレる。
心底そんな危険を感じながら彼を見るものの、私とは180度違う平然とした顔つきで田代先生と話していて。
……いじわる……どころじゃない。
いつものことだが、今回は特に強くそう思った。
周りにいるのは見知った顔で、しかも昼間で、しかもしかも混雑を見せるファミリーレストラン。
こんな場所で声でも漏らそうものなら、噂は一気に広まってしまう。
『教師と付き合っている生徒』だけでなく、『白昼堂々ファミレスで――……』なんてことが広まってしまいでもしたら……!
「……やだぁ……」
もごもごとため息混じりにうつむくと、彼が顔を覗き込んできた。
「どうした? 具合悪い?」
「っ……」
顔を上げると、いかにも心配してますといった感じに眉を寄せていて。
でも、それが演技なことくらいわかる。
手は相変わらずスカートの下を撫でているし、そして何よりも――……彼の瞳は笑っていたから。
とっても不服極まりないんですけれど。
唇を噛んで眉を寄せると、一瞬おかしそうに笑った。
う、ほらっ……ほらぁ!
誰も今の顔は見えないからこそ、真実を知っているのは私だけ。
でも、それってどうなの?
彼のひとことでほかの子までも『大丈夫?』なんて言い始め、冷や汗の量は比例するように増えた。
「羽織ちゃん、具合悪いの?」
「え!? う、ううんっ。大丈夫……です」
対角線上に座る田代先生が、祐恭先生とはまったく違って本当に心配そうな顔をした。
……言えない。
『ここで、先生が意地悪してくるんです』、なんて。
赤くなった頬のまま首を横に振ると、心配そうながらも納得してくれた。
「田代先生……優しいなぁ」
今のは独り言じゃない。
れっきとした、彼に対する言葉。
「……あ」
でも、それがどうやら功を奏したらしく、ぴたっと彼の手が止まった。
……ほ。
ようやくやめてくれる気になったらしい。
内心かなりほっとしながら、シートへもたれてアイスティーを含む。
――……と、いきなり彼の指が、閉じていた太ももを割るように入ってきた。
「っ……!」
驚いて彼を見ると、少し不服そうな顔でアイスティーを飲んでいる。
でも、目を見張った私に気付いて一瞬目を合わせた彼は、見るからに不機嫌そうな顔をした。
『どうせ俺は優しくない』
その瞳は、確かにそう物語っていた。
……うぅ。別にそういうことが言いたかったわけじゃないのに……!
眉を寄せて軽く首を振っても、ふいっと視線を逸らされる。
「っ……!」
太ももの間を通った指が下着にかかり、口元を押さえるほかなかった。
このままじゃ、声が漏れる。
ただでさえ、太腿をずっと撫でられていて結構危ういのにこんな場所を刺激されたら、たまったものじゃない。
「……く……ぅ」
噛み殺すように漏れた声で、ぱっと顔を上げる。
だって、これ以上は――……!
「お待たせいたしました」
目の前に並べられる、注文したデザート。
それらが、ようやく運ばれてきた。
マロンパフェが、メニュー表と違ってやけにうず高く見える。
おいしそう……だけど、気になるのは……この手の動き。
――……と思ったら、途端に彼の手が離れた。
「……え……」
驚いて彼を見ると、田代先生とあれこれ話しこんでいた。
しかも、普通の笑顔で。
……何? 急に。
ともあれ、解放されたのは嬉しいし、ほっとする。
小さくため息をついてロングスプーンを手にひと口すくうと、甘さとマロンのいい香りがいっぱいに広がった。
「……おいしぃ……!」
ほぅっとため息が出る。
解放されたことと、予想以上のおいしさで、今はまさに天国だった。
「ん?」
生クリームをすくいながら笑うと、ふいに絵里が私を見る。
「なんか、ずいぶん違うじゃない? さっきまでと」
「え!?」
ぎくり。
「な、何言ってるの? そんなことないってば! 一緒だよー?」
慌てて手を振って笑うものの、怪しんでいる表情は変えない。
……うぅ。
ば、バレてるかも……。
などと焦りながら視線を外すと、1番奥に座っていた子が話を切り出した。
「そういえばさー。知ってる? 学校でやっちゃった子がいるんだってー」
「え? ……何を?」
やたら楽しそうに続ける彼女に訊ねると、一瞬瞳を丸くしてからけらけら笑った。
……なんでだろう。
「もー。羽織、マジで言ってるの? やったって言ったら、ひとつしかないじゃない。エッチした子がいるってことよ」
「ッ!」
ガシャっとスプーンが手を滑って落ち、慌てて拾う。
やけに大きく音が響いて、どうにもこうにも鼓動が速くなった。
「ちょっとー、大丈夫?」
「だ、だって! いきなり変なこと言うから……っ」
申し訳なさそうに私を見た彼女が、ぺろりと舌先を見せて両手を合わせた。
……うぅ、舌噛んだ。
ひりひりする舌先を軽く出して手鏡で見ると、やっぱり赤くなっていた。
「ごめーん。羽織にはちょっと刺激的?」
「……つーか、そういう話をメシどきにするな」
祐恭先生が頬杖をつきながら呟き、そっと私に視線を向ける。
『反応しすぎ』
その瞳は、そう語っていた。
……うぅ。そんなこと言われても。
氷が溶けてしまったアイスティーを飲み干してから立ち上がり、ひとり、ドリンクバーに向かう。
あ。
先生のも持ってくればよかったかな。
「……ん?」
氷をグラスに入れながらそんなことを考えると、ふいに背後に気配を感じた。
慌てて振り返れば、すぐここで瞳を丸くしている彼の姿。
……やっぱり。
「……すごい反応だな」
「先生はわかるんです」
「それはそれは。……彼氏冥利に尽きるね」
にやっといたずらっぽく笑いながら、彼もグラスへ氷を取って先にアイスティーを入れる。
それから、私に手を出した。
「……え?」
「飲むんだろ?」
「あ、はい」
言われるままグラスを渡すと、慣れた手つきでアイスティーを注いでくれた。
まじまじと見つめたまま受け取ると、みんなが座っているほうに背を向けて私を陰にしてから、顎元に手を伸ばす。
「……あーん、して」
「…………」
言われるままに舌を見せると、小さくため息をついてからグラスをバーカウンターに置いた。
「ほら」
「……?」
私が持っていたグラスも同じように置いてから、軽く手招きをする。
「…………」
「っ……!」
こそっと耳打ちをしたかと思うと、先に彼が向かったのは――……1番奥の扉。
その扉が閉まるのを見てから、ようやく我に返った。
……えぇ……!?
彼が向かった先は、パウダールーム。
ここのファミレスは、扉の奥で男女に分かれている。
もちろん、それぞれのトイレに手洗い場はあるんだけれど、子ども用にか、小さな洗面所が扉から入ってすぐのところに備え付けてあるのだ。
……そこに、呼ばれた。
来るように、と。
…………何をする気だろう。
口元に手を当ててから扉に向かい、そっと開ける。
すると、洗面台にもたれるようにしていた彼が私を振り返った。
「……あの。先生、何――っ!?」
途端に唇を塞がれ、舐め取るように舌が絡む。
ち、ちょっと待って!
だってここ鍵かからないし、それに、いつ誰が入ってくるかもわからないのに!
「ん、んっ……!」
抵抗するように身体を押すものの、あっさりと身体の向きを変えられてしまった。
片手で私の顎を掴みながら、もう片方でドアノブを握る。
……うぅ、先生器用…………って、そうじゃなくって!
「んっ……ん……っ!」
先ほど噛んだ場所を丹念に舐めるような口づけ。
イヤじゃないけど、でも、やっぱり……こんな場所は困る。
「……ふぁ」
ようやく解放されて彼を見ると、ぺろっと唇を舐めたのが見えた。
そんな姿が艶っぽくて、思わず吐息が漏れる。
「……はっ! せ、先生! もぅ! もし誰かに見られたら、どうするの!?」
「いいだろ? 別に。誰かさんが子どもみたいに舌噛むから悪い」
「そっ……それは……でも、だって、あんな話されるなんて思わなくて……。って、その前に! どうして、あんなことっ……!」
表情とともに語尾をすぼめると、にやっと笑いながら髪をすくった。
「したかったから」
さらりと指から落ちる髪。
何度か同じように繰り返してから、首をかしげて意地悪く笑う。
「……イヤ?」
「そ……れは……だってっ、あんな場所でっ! もし、誰かにバレたら……」
「たまには、スリルがあっていいかな、って」
「よくないの!」
「そう?」
「そうです!!」
眉を寄せて抗議するものの、彼はまったく気にしていない様子だった。
……それが、ちょっと……ううん。とっても悔しい。
「……ホントは楽しかったくせに」
「っ! そんなこと――」
「ふぅん。……じゃあ、試してみようか?」
「な……っ何をですか……!?」
瞳を細めて見つめ、掴まれた顎を軽く上げられる。
真正面に捉えた彼の瞳は、いつもより意地悪そうで、意思が強そうで。
……そんな顔されたら、私が何も言えなくなるの知ってるくせに。
出そうになった文句を飲み込むと、何も言わずに頬へ口づけられた。
「……え……?」
掴んでいたノブを回し、彼が先に出て行く。
……え、何?
なんだろう。
ていうか、どういうこと……?
何を考えてるのかがわからないからこそ、余計に不安が募る。
試す……って言ってたよね。
でも、いったい何を?
「………………」
力の抜けた身体を洗面台に預けると、自然にため息が漏れた。
彼のあとを追ってテーブルに戻ると、アイスティーのグラスが机に置かれていた。
どうやら彼が一緒に持ってきてくれたらしいけれど、でも、さっきの言葉が不安をかき立てる。
「マジでー? でも、私だったら言っちゃうけどなぁ」
「……あのね。普通は言えないわよ」
ひとりの子が、スプーンで絵里を指しながら笑った。
もしかしたら、さっきの話がまだ続いているのかもしれない。
言いだしっぺの子が笑っている以外は、絵里も含めて曖昧な表情をしている。
……?
ワケがわからずに溶けかけたパフェをスプーンですくうと、その子が私を見つめた。
「ねぇ、羽織はどうする? 学校で、誰かがしちゃってるトコに遭遇したら」
「……またその話……? もういいよ、そういうのは……」
「えー? だって、絵里ってば見ちゃったんだよ? しちゃうトコ」
「っ……! ほ……ホントに!?」
「……ちょっと前にね」
知らなかった。
まさか、そんな場所を絵里が目撃していたなんて。
……あぁ、だからみんな曖昧な顔してたんだ。
2年の子たちは、それはそれは困ったように私を見つめている。
その眼差しが『先輩助けて』に見えるのは、気のせいじゃないはず。
……可哀想に。
彼女たちの表情から、自分がいない間にどんな話がされていたのかわかった気がした。
「……私も、言いふらすことはできないかな」
「でしょ? やっぱ、普通はそうよね」
うんうん、とうなずく絵里に対し、不服そうな顔をした子はさらに続ける。
「えー。なんでー?」
「なんでって言われても……。だって、やっぱり……そういうのって人に言えないよ」
スプーンをくわえながら彼女を見ると、小さくため息をついた。
「もー。しょうがないわねぇ」
いったい、どんな答えを言ったら満足してくれたんだろう。
それが不思議というか聞くのが怖い気もするけれど、これでとりあえずは一段落つきそう。
案の定、話題が移っていったのを聞きながらパフェのメインの甘栗をすくって食べると、独特の香りと甘さに頬が緩んだ。
……んー、おいしい。
半分溶けてしまっているアイスをスプーンで運びながら笑みを浮かべた……とき、それまで静かだった隣の彼に動きがあった。
「っ……」
かと思いきや、いきなりスカートの下に手が入ってくる。
スプーンをくわえたまま反射的に彼を見ると、視線は違うほうを見ているものの、明らかに楽しそうな顔をしていた。
……え、あの……何する気ですか。
一抹の不安を感じながらそのままの格好で固まっていると、するりと指先が太腿の間を滑った。
「っ……ゃ……!」
声が漏れそうになり、慌ててスプーンを噛む。
ガチっという小さな音とともに口に広がる鉄の味。
……やだ。いったい、こんなところで何をするつもりだろう。
眉を寄せて軽くうつむくも、執拗に続く彼の愛撫。
隣では別の話題で絵里たちが会話をしており、それに田代先生も混ざっていた。
もちろん、こうしてテーブル下で私に手を出している彼も、笑顔で話に加わっているわけで……。
「……っ……ん」
一瞬秘部を撫でられ、ぞくっと刺激が背中を走った。
彼を見るも、まったく普段どおりの顔で。
そんな顔で人のことを弄ってるんですか……っ。
そう考えると、すごく……それはもう、すごーく悔しかった。
何度もゆっくりとソコを往復する指。
店員の人と視線が合うたび、見られているんじゃないかという気になる。
それこそ、実はほかの人にもバレていて、だからみんながこっちを見てるんじゃないか、とか。
「……っ」
執拗に責められ、身体を徐々に飲み込んでいく悦。
それがすごく……キツい。
『楽しかったんじゃないのか?』
彼のあの意地悪そうな声が、頭に響く。
そんなことはない。
……楽しくなんて……そんな。
「っ……」
だけど。
……だけど、妙な気持ちも生まれる。
バレているんじゃないかという、緊張感と背を合わせている快感。
今にも声が出そうで、それが……やけに気持ちを昂ぶらせた。
身体が反応するのが、わかる。
彼のゆるやかな刺激に対して、身体の奥から溢れてくるのは強い快感。
時おり意地悪く撫でるように指で円を描き、ショーツのぎりぎりのラインをなぞる。
今にも指がナカに入ってくるんじゃないか――……と、どうにかなってしまいそうだった。
「……っ……先、学校戻るねっ」
危うく声が出そうになり、たまらずテーブルに両手をつく。
途端に離れる、彼の手。
どくどくと早鐘のように打ち付ける鼓動が、やけに苦しい。
「え? でも、パフェまだ残って――」
「いいっ……あの、なんか、やっぱ……具合悪いかもっ」
不思議そうな絵里に乾いた笑みを見せてから、隣に座っていた子に声をかけて通らせてもらう。
しっとりと湿り気を帯びた肌がシートから離れる感触こそ、これまでのことがすべて真実だと物語っていた。
「大丈夫? 一緒に行こうか?」
「ううん、平気っ……じゃあ、お先に」
余韻が残る身体で自分の代金をテーブルに置くと、ふいに彼と目が合った。
「気をつけてね」
「……そうします」
なんですか、その他人行儀なあいさつは。
誰のせいだと思ってるんですか、そもそもっ。
意地悪な笑みのまま頬杖をついている彼を軽く睨んでからその場をあとにすると、離れるにしたがった徐々にほっと身体から力が抜けた。
ようやく解放された……まさに、そんな気分でいっぱい。
……もぉ。
こんな場所で手を出すなんて、いつもしないのに。
確かに、普段は対面でばかり座るから、彼の隣に座ったのは久しぶりだけど。
「……はぁ」
相変わらず、有無を言わさず迫られてしまう自分が、ちょっと悲しかった。
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