近くのファミレスに入る、総勢7名。
ランチどきにこの人数で入られるのは、店にとっても歓迎というわけにはいかないらしい。
人数を田代先生が告げた途端、困ったようにフロアを見回してから1度奥へ入り、それからの案内になったから。
「何にしようかなー」
壁際に祐恭先生と田代先生が対面で座った……その隣に、絵里と一緒に座る。
絵里の場合は躊躇なくだったけれど、私の場合は彼に有無を言えない状況を作られたというのが正しい……んだけどね。
ふたつのテーブルを並べて、ちょうどいい広さ。
だから、メニューをみんながテーブルの上で広げると、すぐいっぱいになってしまう。
「……何がいいかなぁ」
メニューを置く場所がなくなってしまったので手に持ちながらめくっていると、ふいに横から手が伸びてきた。
「え?」
「これがいい」
「……もぅ。自分で頼んでくださいね」
「いいだろ、別に」
みんながいるのに……と少しだけ唇を尖らせるものの、彼はいたって平然として普段とさほど変わりなく接してきた。
ぺらぺらとパスタなどのページをめくってからデザートを見る。
すると、シートにもたれた彼がため息をついた。
「……相変わらず、甘い物好きだな」
「だって、新作デザートですよ? おいしそう」
お兄ちゃんと同じように新作デザートをチェックするあたり、兄妹の血は争えない。
……などと彼が考えたかどうかはわからないけれど、とりあえず今はちゃんとしたランチを決めるべくメニューをめくる。
正直言って、こういう新作メニューが出るたびいつもオーダーに困るんだよね。
あれもこれもおいしそうで。
こういうとき、彼とふたりきりだったら『ひとくち』もできるけれど、さすがにこの状況で手を出すわけにはいかない。
……でも、気になるものは気になるわけで。
「……先生は、何にするんですか?」
「あげないよ?」
「も、もらいませんっ」
さくっと答えた彼に眉を寄せると、くすくす笑ってからメニューをめくってきた。
「これ」
「……あー」
「なんだよ、あーって」
「え? あの、先生らしいなぁと思って」
「ったく……」
相変わらず彼は鶏肉が好きらしく、今回のオーダーもチキンのグリルだった。
しっかりとトマトソースが写真に写っているものの躊躇なく決めたところを見ると、本当はトマトが食べれるんじゃないかとも思うんだけど、口には出さない。
若干、このメニューにも心惹かれたものの、さすがにこれを食べ切る自信はない。
でも、そんなことを言えば『デザートは食べるのに?』と、いたずらっぽく笑われるのが目に見えているから何も言えないけどね。
「で? 羽織ちゃんは?」
「んー……せっかくなので、これにしようかなって」
指差したのは、全粒粉のパスタ。
普通の麺のように白くなく、どちらかというとチョコレート色。
すると、彼も意外そうな顔を見せた。
「……すごい色だな」
「これ、小麦の胚芽とかが全部含まれてる物なんですよ。ほら、ちょっと前に低インシュリンダイエットって流行ったでしょ? あれ、結構効果あるんですよね」
にっこり笑いながら彼に笑うと、途端にため息をついた。
……あれ。別に変なことを言ったつもりはないんだけど。
恐る恐る視線を合わせると、瞳を細めてものすごく何か言いたげな顔。
「……先生?」
「これ以上痩せてどうするんだよ。ダイエットなんて必要ないだろ?」
「そんなことないですよっ! ……やっぱり、気になるし……」
足とか、おしりとか、お腹とか。
彼と付き合うようになってからその思いは強くなった気もする。
ちょっとでもきれいでいたい。
そういう思いから食事を気をつけるようにはしているものの、いつものことながら彼はいい顔をしなかった。
「……ったく」
瞳を伏せて小さく呟き、視線を外す。
……もぅ。
どうして彼が不機嫌そうなのかイマイチよくわからないものの、これ以上この話題に触れないほうがいいと判断。
結局そのパスタランチにしてデザートを決めると、絵里が声をかけてきた。
「いい? 頼むって」
「あ、うん。もう決まった」
うなずいて返事をすると、彼女がコードレスチャイムを押した。
小さく電子音が響き、すぐにウェイターが姿を見せる。
それぞれがオーダーし、最後に人数分のドリンクバーを伝えると、彼は頭を下げて戻っていった。
「じゃ、ジュース取りいこー」
ひとりが先頭を切ってドリンクバーに向かうのを見てから、自分もあとを追う。
「先生、取り行きます?」
「アイスティー」
「はぁい」
案の定取りに行く気など微塵も感じられない彼に返事をしてから立ち上がると、わいわいと機械の前で何かをしている彼女らが見えた。
「……えー。おいしくないよ……」
「いいのいいのっ。どうせおかわり自由なんだから」
あれこれとジュースをブレンドしている彼女に眉を寄せるも、あっさりと笑われた。
……おかわり自由だけど、だからこそ混ぜたりしなくても。
そんな当然のような疑問が浮かぶけれど、あえて何も言わない。
好みはそれぞれ。
以前、お兄ちゃんがパンの上にバターを塗ってから納豆とマヨネーズをトッピングして食べているのを見たとき、言われた。
アイスティーをふたつ手にしてテーブルへ戻り、ひとつを彼へ。
すると、どうやら後ろから見ていた彼女らに目ざとく見つけられた。
「羽織って、相変わらず面倒見いいわねー」
「そ……そうかな……?」
「そうだよー。っていうか、先生も羽織使わないで自分で取りに行けばいいのに」
たしかに、もっともな言葉。
内心バレたんじゃないかとヒヤヒヤしながら彼を見ると、軽く肩をすくめてからテーブルに頬杖をついた。
「1番端に座ってるのに、イチイチ出るのは面倒だろ?」
「まぁ、気持ちはわからないでもないけどね」
くすくすと笑った彼女を見てからこっそり胸を撫で下ろし、彼を見る。
だけど、平然とした顔でアイスティーを口にしていた。
……相変わらず、冷静だなぁ。
なんていうか、人を騙すテクニシャンみたいな……そんな気さえしてしまうから要注意だ。
ほどなくして、それぞれの前には注文通りの品が運ばれてきた。
一応8人がけの席になってはいるものの、それでもテーブルに物が載ると多少手狭に感じる。
早速パスタをひとくち。
できたてなこともあって、味よりも熱のほうが舌を震わせる。
「っ……あつ」
独り言のつもりだった。
なのに――……。
「……できたてなんだから当然だろ」
さりげなく小さいツッコミを入れられ思わず彼を見ると、まったくこちらを見ずに呟いたようで、フォークを動かす姿に苦笑が漏れる。
先生って、ホントに器用だよね。
「ねぇねぇ、今日の映画よかったよねー」
「あ、うん! 面白かった」
話はほかにも出てきたものの、結局は映画へと移った。
とはいえ、盛り上がれるような内容……とは言いにくい。
どの子もそう思っていたからか、出演者に焦点が絞られた。
「あの子、今だと……いくつだっけ?」
「あの子って、誰?」
「だから、あの……ほらっ!」
とんとんと肩を叩かれて絵里を見ると、身振り手振りで伝えてくる。
えーと……んー……。あぁ。
「ブラッド・レンフロ?」
「そうそう! あの子! カッコイイわよね」
「……うーん……そうなんだけどね」
嬉しそうな絵里に対して、つい浮かない顔を見せてしまう。
だって、ねぇ?
当時はよかったかもしれないけれど、現在ではいろいろと問題を起こして俳優としての道が危ぶまれているからだ。
「……子役のうちにヒットすると、大変なのかもね」
「え? そうなの?」
「ほら、ホームアローンの……えーと、誰だっけ……」
「マコーレー・カルキン」
「そう! あの子も、いろいろあったでしょ? 若いうちに結婚したり、離婚したりとか」
「ふぅん」
助け舟を出してくれた彼に笑みを見せると、小さく笑ってアイスティーを含んだ。
相変わらず、詳しいなぁ。
彼は見ないと思っていた映画だけに、少し面食らう。
「金が入ると人間変わるって言うからな」
「あー。それはありますよね」
「じゃあ、先生は宝くじで3億当たったらどうする?」
ひょいと身を乗り出して反対側の1番奥に座っていた子が彼を見ると、にやっと笑みを見せてからテーブルに肘をついた。
「好きな物を買って、あとはまぁ……化学部全員に何か奢ってあげる」
「へぇー。ずいぶん太っ腹じゃない」
「3億なんて使い切れないからな」
「まぁね。でも、いざとなったら分けてくれないんじゃないのー?」
絵里がいたずらっぽく笑うと、おかしそうに笑ってから小さく『かもね』と呟いた。
3億かぁ……。
でも、その前に先生って宝くじ買わないからなぁ。
前に聞いたときも『アレは確立で考えると――』なんて数学の話になってしまい、そこから発展してなぜか微分と積分の問題を解かされるハメになった。
以来、なるべく触れないようにしている。
「あ」
彼が小さく声をあげたので反射的にそちらを見ると、おしぼりでワイシャツの袖を拭っているのが見えた。
ふいに目に入る、赤い染み。
「もぅ……先生、染みになっちゃいますよ?」
「……参ったな」
トマトソースに触れたらしく、しっかりと青いシャツの袖がオレンジになっていた。
瞳を合わせると、気まずそうな失笑。
……もぅ。
明日はまだ1日学校があるので、今夜彼の家に行くことはできない。
だからこそ、余計にため息が漏れた。
明後日じゃ……落ちないだろうなぁ。
くるくるとパスタをフォークに絡めながらそんなことを考えていると、絵里がいたずらっぽく笑った。
「先生、羽織になんとかしてもらえばぁ?」
「っ……! ごほっ!?」
口元を押さえて咳き込むと、田代先生が眉を寄せて絵里を小突くのが見えた。
……く……苦しい。
アイスティーを飲んでひと息つき、絵里を軽く睨む。
……もぅ。
わざとからかうのはやめてよねっ。
唇を尖らせると、先ほどまで苦笑していた絵里が小さく『ごめん』のポーズを取っていたので、それ以上は何も言わない。
「ああ、それは平気。ちゃんとした、できのいい彼女がいるから」
「っ!」
危うくグラスを落としそうになってから彼を見ると、にやっと笑った。
……うぅ。
どうしてふたりそろって同じことをするんだろう。
そんなに、私が困る顔を見るのが楽しいんだろうか。
眉を寄せて黙ったままアイスティーを飲んでいると、対面に座っていた子が楽しそうな声をあげた。
「先生、彼女に相当惚れてるのー? ねぇ、どんな人?」
「どんなって……そうだな。年よりも若く見える」
「へぇ。彼女いくつなの?」
「若いよ。かなり」
曖昧な答えをしながらアイスティーを飲むと、わざとらしい視線をこちらに向けてきた。
……なんですか、その顔は。
ものすごく楽しそうで、ものすごく意地悪な顔。
私に、どうしろと言うんだろう。
あの、いつも私をからかうときの顔を見せられ、ふいと視線が逸れる。
でも、それで大人しくなる子たちではないようで、さらに身を乗り出す子まで現れた。
「ねえねえ、プリクラとかないの? 見たい!」
「そんなモン俺が撮るワケないだろ」
「えー。彼女、撮りたがらないの?」
「……せがまれるような場所には行かない」
大正解。
ゲームセンターの近くを通ることはあっても、彼は絶対に足を踏み入れることがなかった。
というか、普段は食料品や雑貨の買い出しに行く程度だから仕方ないんだけど。
ヘタに出歩いて見つかってしまっても、困るし。
「先生、彼女のこと相当好きなんだねぇ」
「まぁな」
「っ……」
さらりとうなずいた彼の言葉に、思わず口を結ぶ。
そっと……ほんのわずかに視線を上げて彼を見ると、優しい笑みをしていて。
……うぅ。
そんな顔されたら、文句なんて言えない。
困らせようとして言っているのか、それとも本気なのか。
嬉しい反面、何も知らないみんなの前で言われると……ちょっと恥ずかしいかも。
などと考えながら最後のひと口を食べ切ると、周りのみんなはすでに完食していた。
「じゃあ、デザート頼もうか」
ようやく食べ終えたのを見て絵里がみんなを見ると、誰からも反論の声はない。
……みんな、待ってたのね。
ちょっと申し訳ないかも。
心の中で『ごめん』を言い、お皿をほかの空いているものと重ねる。
程なくして、オーダーを取ったのと同じ人がお皿を下げにきた。
ああ、どういてこういうデザートって目にも鮮やかでおいしそうなんだろう。
お腹いっぱいのはずなのに食べたいと思えば、入っちゃうから不思議だよね。
目の前にチューリップグラスが置かれるときを想像してしまい、つい笑みが浮かんだ。
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