「…………はぁ」
「なんだー。どうしたぁ? 祐恭センセー」
「ずいぶんと寂しそうだな? え? こら!」
「……うるせぇよ」
 ソファに座っていた連中を足蹴でどかし、ようやく占領することができた現在。
 しかしながら、いつも隣にある彼女の姿が今は影も形もなかった。

『先に、寝ますね』

 先ほど、彼女が俺に告げた言葉。
 それで、結構自分としてはヘコんでいた。
 ……あ、いや。
 まぁ、そのほうがいいってことは十分わかってるんだぞ?
 ……だけど、だな。
 …………やっぱ……中途半端に彼女を味わったわけで。
 ようやく訪れた、1週間ぶりの彼女との時間。
 それなのに、いきなり邪魔され……挙句の果てにお預けを食らった。
 ……あーもー、最悪。
 せっかくの金曜日なのに、なんだかものすごく切なかった。
「ぃよっし!! よくやった!!」
 現在の時間を、こいつは知らないんじゃなかろうか。
 デカい声をあげると同時に手を叩き、野球を見ながら喜ぶ孝之を見て、かなり深く重いため息が漏れる。
 ほかの連中はというと、何やら人のパソコンを勝手に弄くってネットサーフィンをしているようだった。
 ……つーか、だな。
「……お前ら、自分ンちに帰れよ」
 ソファに全身預けたままで、細くしか瞳が開かない。
 だが、こちらの呟きには、本っ当にわずかしか反応を見せなかった。
 ……腹立つ。
 だいたい、どいつもこいつもどうして俺の家に来なきゃいけない理由があるんだ?
 しかも、迷惑このうえない、夜中にほど近い時間に!
「お前らいい加減に――」
「祐恭ってさ、羽織のどこがいいんだ?」
「…………は……ぁ?」
 くるっと椅子を回してこちらを振り返った優人を見たら、眉が寄った。
 ……何?
 つーか、どうして今ここで彼女の話題が出る?
「……お前に関係ないだろ」
「うわ、つめてー。なんだよ。いいだろ? 別に。減るもんじゃなし」
「お前に言ったら、減る」
「ひでー」
 とか言いながらも、笑ってるワケで。
 ……あーもー、鬱陶しい。
 つーか、ホントに帰れよ。マジで。
「女子高生。しかも、教え子。……で、もちろん年下。むかーし昔に、お前が俺たちに言ってたこととは180度違うよな?」
「……何がだ」
「だってほら。お前言ってただろ? 俺が、女子高生のカテキョのバイトしてたとき」
「……だから、何を」
 まったく思い出せないことを言われても、こっちだって困る。
 確かに、年下に興味を示すなんてこれまでなかった。
 ……だからって、俺は別に女子高生がどうのなんて話した覚えはないぞ?
 …………多分。
「年下に興味はない、教え子に手を出すな。……どっかの誰かさん、すげー呆れて俺にそう言ったよな?」
 ぎく。
 にたり、となんとも意味深なヤらしい笑みを見せられ、たまらず喉が鳴った。
 ……マズい。
「どちらへ行かれるんですか? 祐恭センセ?」
「……別に」
 人の椅子にふんぞり返って頬杖を付いた不真面目教師から視線を外すと、ほかの友人らも何やらヤらしい笑みをこちらに向けた。
 ……あー。ヤダヤダ。
 類は友を呼ぶとか言うが、あれは間違いだな。
 少なくとも俺は――……。
「よし!! ゲッツー!! サイコー!!!」
 ……はー。
 間違いない。
 俺は、絶対にこいつらなんかと似てないぞ。
 ガッツポーズを作って叫んだ孝之と、相変わらずこちらを見ている優人たちを見ながら、深いふかぁーいため息が漏れた。
 ……どいつもこいつも、鬼の首取ったみてーな顔しやがって。
 それが、非常に腹立たしい。
 ソファの縁に頭をもたげると、軽く壁に当たった。
「…………」
 ……彼女のどこがいい?
 ふと、自分で自分に聞いてみる。
 瀬尋祐恭。
 職業、高校の化学教師。
 これまでの24年間、自分に正直に生きてきた。
 そして、これまで自分を疑うこともなかった。
 ……それが、だ。
 それが、今年。今回。
 この、冬瀬という地に住んで6年目にして、初めて自分で自分を疑うことになった。

 『どうして、彼女を好きになったんだ?』

 ――……と。
 年下で、教え子で。
 それだけで、俺の守備範囲ってヤツからはずっと外れていくはずだったんだ。
 ……それが、どうだ?
 今じゃ、目の前の連中に散々馬鹿にされるほど、のめり込んでるじゃないか。
 かわいくてかわいくて。
 ……つーか。

 好きで好きでたまらない。

 ぽつりとそんな言葉が漏れそうになって、つい小さく苦笑が漏れた。
 俺も、とことん堕ちたようだ。
 瀬那羽織という、俺より6年も少ない時間を生きていながら、何かと深くシンクロしてくる――……心底大事でたまらない彼女に。
「……優人」
「ん?」
 身体を起こして彼を見ると、すでに画面へと視線を戻していた。
 どうやら、人の話を聞くつもりなんてこれっぽっちもないようだ。
 ……つーか、だな。
 人のパソコン弄るためだけに、人ンち来るなよ。
 とは思うものの、彼よりも先に違うほうへと視線が向いたのでいいとしよう。
「どした? 祐恭。……あ、なんだ? ひょっとして、言う気になったか? 羽織のこと」
 キィ、と小さく音を立ててこちらに振り返った優人に、小さく笑みが漏れた。
 苦笑じゃない。
 だからこそ、ましてや微笑じゃない。
 ――……いかにも俺らしく、彼女にいわせれば『意地悪な顔』とでも言われるであろう、あの笑みが。
「どこがいいか、なんて愚問だぞ」
「……ほぉ。言ってくれるね」
 にや、と笑った彼を見たままで、ソファの縁に頬杖を付いてうなずく。
 いいか、お前ら。よく聞けよ。
 俺がこんなふうに振舞ってやろうと思うなんて、きっとこの先二度とないからな。
 ……かなり、激しくもったいない気はするが……だが、まあいい。
 これからたっぷりと、俺が教えてやろうじゃないか。
 ――……お前たちが、聞きたいと願ったことを。


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