「ん……っ……ん」
 押さえられているような声が彼女から漏れるのは、非常に嬉しい。
 そのときの顔も好きだし、高い、その声も好きだ。
「……ぁ、っ」
 ボタンを外してから露になった胸へと舌を這わせ、片手で彼女の髪に触れてみる。
 肌と同じように柔らかくて、同じように心地いいコレ。
 ――……そして。
「……いい匂い」
「っ……!」
 ふ、と唇を耳元へ運んで呟くと、服を握っていた彼女の手が震えた。
 そして、ゆっくりとこちらを向く顔。
 ……ンなかわいい顔するから、いろいろしてやりたくなるんだよ。
 さっきのアレも、ね。
「何……?」
「先生だって……いい匂いしますよ?」
「違うんだよ。俺と羽織ちゃんとじゃ。……なんつーか、匂いが――っ……!」
 視線をわずかに逸らした途端。
 目の前の視界が、一変した。
「……いい匂いだもん」
 首に絡められた、腕。
 ……そして、丁度胸のあたりに感じる――……柔らかさと、早い鼓動。
 だが。
 それだけじゃなく、彼女の甘い声が耳元で聞こえた。
「すごく……いい匂い」
「っ……」
 囁かれるように呟かれ、思わず鳥肌が立つ。
 顔を見ることができないので、彼女がどんな顔をしているかはわからない。
 だが、少なくともいろいろなことを含めて少し頭を働かせれば、きっと、俺の予想を遥かに上回る彼女が今ここにいるはずだ。
「っきゃ……!?」
「……名前」
「え……?」
「名前。呼んで?」
 彼女をベッドに倒してから身体を離し、その頬に今度は俺が手のひらを寄せる。
 少し驚いたように見張った瞳を見つめていると、1度唇を結んで視線を外してから、再び合わせてくれた。
「……祐恭さん……」
 小さく動いた、唇。
 それを目の端に捕らえながら、彼女の瞳から逸らさずに顔を近づけてやる。
 わずかに息を呑むのがわかったが、この際気にはしない。
 ……もっと。
 そういう欲求が、どんどん湧いてきそうだ。
「……もっと」
「え……?」
「……もっと、欲しい」
「っ……! ん!?」
 首筋に顔をうずめて舐めてやりながら、胸に手を伸ばす。
 手のひらに収まる柔らかい彼女の胸が、心地いい。
 ……だけど。
 悪いが、これだけで済ませられるような子どもじゃないんだ。
 ……俺は、昔から聞きワケがいいほうじゃなかったからな。
「ぅあ……っ!」
 ズボンとショーツの下に手を這わせて、確かめるように秘部へと伸ばす。
 相変わらず、俺を困らせるくらいにすんなり指を含んでくれて、理性なんてモンを働かせる余裕をくれないようだ。
「ん、んっ……! せ、んせっ……」
「名前だろ? ……先生、じゃない」
「……だって……ぁ、っ! ……んっ」
 今だけは、どうしても名前で呼んでほしかった。
 一般名詞じゃなくて、俺だけのものを。
「……誰が好きなんだ?」
「っ……そ……れはっ……あ、あっ!」
 深く指で探れば、たびたび締め付けられる。
 あえて弱い部分を探りながら訊ねれば、きっと彼女はすんなり言ってくれるだろう。
 ……だけど、それじゃ意味がないんだよ。
 彼女が我慢できる――……普通の判断ができる状態で聞かなければ、俺にとっては……きっと。
 ……ってまぁ、単に我侭なだけなんだけど。
「んっ……! うきょ……さっ……」
「……何?」
 自分で『名前を呼んでくれ』と言っておいて、『何?』はないよな。
 そうは思うが、こうすれば彼女は俺が考えてもないようなことを言ってくれそうな気がして、ついつい返してしまう。
 これまでも、ずっと彼女はそうしてくれたから。
「ほし……ぃの……」
「っ……な」
 思わず、動きが止まった。
 ……今……何って……?
 胸元から顔を上げて彼女を見ると、視線を合わせようとせずに俯いたままだった。
「! ……祐恭さっ……」
「もう1度」
「え……?」
「……もう1度、言って?」
 顎に手を当てて目を無理やり合わせてやると、心底困ったように瞳を揺らした。
 だけど、やっぱりもう1度――……と言わず、2度も3度も聞きたくなってしまう。
 彼女の口から出た、欲求。
 それを聞くことができて、心底嬉しかった。
「……何?」
 ついつい上がった口角をそのままに彼女を見ると、眉を寄せて不服そうな顔を見せた。
 でも、彼女が言ったのは事実。
 1度言おうと2度言おうと、『言った』ことに変わりがないので、ぜひとも素直に聞かせてもらいたい。
「……欲しい……んです」
「何が?」
「うぅ…………祐恭さん、すごく意地悪な顔してますよ?」
「大丈夫。自覚してるから」
 にっこり笑ってうなずいてみせると、1度瞳を丸くしてから苦笑を漏らした。
「……もう」
 だが、顎から頬へと手のひらを滑らせると、なんとも言えないかわいい顔で擦り寄ってくる。
 これがやっぱりかわいくて仕方ないんだから、連中の目の前で言いたくなるのも無理はないだろ?
「……きてほしいの」
「だから、何が?」
「だ……だからっ……。あの……祐恭さんに……」
「どこへ?」
「っ……! もう!!」
 おずおずと瞳を合わせて呟いた彼女に再び訊ねると、困ったように首を振った。
 ……でも、あと少しだけ。
 もう少しだけ、どうか聞かせてほしい。
「羽織」
「っ……」
「……どうしてほしい?」
 囁くように耳元へ声をかけると、頬を赤く染めてから潤んだ瞳を見せた。
 ……これだよ、これ。
 この瞳を見て、堕ちないで済むなんていう奇特な男がいたら、ぜひとも会ってみたいもんだ。
「……ひとつに……なりたい」
「っ……」
 予想を遥かに超えた、言葉。
 それを聞いた途端、胸の奥がうずいた。
「あっ……んぁ!」
「……相変わらず……俺の予想を裏切ってくれるね」
「はぁっ、あ、あっ……んんっ!!」
 するりとショーツごとズボンを脱がせ、指を増やして奥まで探ってやる。
 その動きで独りでに露になってくれた胸の先端を舌で舐めれば、途端に彼女の声が変わった。
「ん、ん……っ……!! あ、や……もっ、もぅ……!」
「まだ、駄目。……欲しいんだろ? 俺が」
「だ……ってぇ……!」
 瞳を閉じて緩く首を振る彼女から身体を離して、手早く自身の準備を終える。
 ……このわずかな時間でさえまどろっこしく感じるのは、やっぱり自然の摂理ってヤツなんじゃないか。
「あ、んっ……!!」
「っく……」
 ぐいっと足の間に身体を滑り込ませて這入ると、すぐに熱い感触に堪らず屈しそうになる。
 ……まだ。
 そう彼女に言ったんだから、俺が果てるわけにはいかない。

 『もっと、欲しい』

 彼女に、そう言わせてやるまでは。
「んぁっ……! あ、ああっ……うきょうさっ……ぁん……!!」
 今にも泣きそうな、溶ける声。
 それが聞こえるたび、どうしようもなく欲しくなる。
 だが、それと同時にすべてを食い尽くしてしまいそうで、少し怖い。
 ……だけど。
「!? あ、あっ……! ん、っく……あぁっ……祐恭さぁん……」
「……気持ちいい?」
「ん、んっ……気持ち……ぃっ……!」
 徐々に荒くなる息をそのままで訊ねると、こくこく首を縦に振って彼女も荒く喘いだ。
 瞳を閉じて懸命に耐える姿を見れるこの格好は、やっぱりイイ。
「……っく……羽織……」
 身体を折り、彼女の髪を撫でる。
 すると、うっすらと瞳を開いて目を合わせてくれた。
 ……濡れた瞳がすぐ近くで見えて、結構……こう……なんつーか……。
「……欲しいって、言って」
「え……?」
 らしくもない言葉が出た。
 ……くそ。
 なんか、カッコ悪いな。
 ……だが、仕方ない。
 俺自身、結構……キツいから。
「……欲しい……」
「ん。……ありがと」
「っ……!! あ、やっ……!?」
 ちゅ、と頬に口づけてから、彼女の腰に手を当てて揺さぶってやる。
 今日だけは、緩く動いているだけじゃどうしても耐えられなくて。
 彼女の気持ちに比例するように、強く愛してやりたかった。
「ん、んっ……! あ、もっ……ああ……祐恭さっ……! だ、めぇっ……!」
「……ダメとか……いらない……っ」
「だって……! ん、んっ……! ふぁ、あ、もうっ……! んっ……!!」
 ぎゅうっと彼女が腕を掴むと同時に、一層律動を送ってやる。
 果てを感じて……というのもある。
 だが、どちらかというと――……。
「羽織……っ……く!」
 俺自身が、いつもよりずっと彼女を欲しがっていたからのようだ。

「……はぁ」
「…………なんでため息なんだよ」
「あ」
 まどろみかけていた彼女に呟くと、少し驚いたように視線を合わせてきた。
 ……ったく。
 どうしてここで、ため息が出るんだ?
「先生……起きてたんですか?」
「当たり前だろ? ……まだイケる」
「えぇ!?」
 視線を外してぽつりと漏らすと、慌てて彼女が首を振った。
 その姿は先ほどまでの彼女とは違って、やはりかわいさが先にたつ。
「好き?」
「……好き……です」
「ほぅ。それじゃあ、次は絵里ちゃんの前で俺みたいに言ってみる?」
「え!? え、絵里の前で!?」
「うん」
 にっこりと有無を言わせないような意地悪い笑みを見せてみる。
 ――……が。
「ちょ……ちょっと、あの……考えておきます」
 やっぱり、彼女は首を縦には振らなかった。
 ……でも、だな。
「っ……せんせっ……!?」
「そういう曖昧な返事は、自分の首を絞めることになるんだよ?」
「だ、だって……」
「考えとくってことは、いつかやる気があるってこと?」
「……そ……それは……」
「それじゃ、『考えとく』じゃないんじゃないの?」
「……ぅ」
 ぴっと鼻先につけた人差し指をゆっくりと戻してやると、眉を寄せて上目遣いにこちらを見上げた。
 ……まったく。
 そういう顔するから、俺が2度も3度もって言いたくなるんだろ?
 ……でもまぁ。
「えっ!?」
「……こういう曖昧さはいいけど」
「何がですか! あ、ちょっ……!?」
「さ。少し休んだし、次行こうか」
「な!? なな何がですか!!」
「いや、だから。次」
「先生!!?」
 思っていたことを口に出しながら、彼女を再び仰向けにしてやる。
 どうやら、俺の中でも結構と今夜の出来事が強く残っていたようだ。
 人前で自分の気持ちを正直に口に出すこと。
 ……これは結構……クルもんなんだな。
 キスを見せ付けてやるのと、同じくらいの印象。
 ……うん。
 たまにはこういう夜も、悪くないのかも。
 彼らが家に来たときとは180度違う考えに、自分はやっぱり単純なんだと改めて思うことになった。

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