「……どうして、あんなふうにしたんですか?」
 淡い間接照明の光に照らされた彼女が、ベッドに足を崩して座ったままで、こちらを向いた。
 そんな彼女とは対照的に、俺はと言えばうつ伏せで本を読んでいる状態。
 だからこそ、顔をそちらに向けると同時に、頬杖を付く格好になった。
「……どうしてって……。何が?」
「何が、じゃないですってば!」
 俺は知らない、という顔をして呟いたら、あっさりと首を振って眉まで寄せられた。
 ……でも、しょうがないだろ?
 彼女を見てると、こうしてやりたくなるんだから。
 パタン、と音を立てて本を閉じ、棚に放るように置いてから再び彼女へ。
 すると、目が合った途端少しだけ気まずそうな顔を見せた。
「……なんで?」
「な……。だ、だから。……だって、恥ずかしいっていうか……」
「恥ずかしい? なんで」
「……だって……」
 けろっとした顔で、よく言うよ。
 少し前の俺だったら、間違いなくあんなことしなかった。
 ……でも、今は今。
 彼女に会って、彼女と触れ合うことで変わってしまったワケだから、まぁ、しょうがない。

 『羽織のどこがいいんだ?』

 そう優人に聞かれたときは、あんなふうにするつもりなかった。
 あのときは、全然別のことを答えるつもりだったから。
 『どうして、お前にそんなこと教えてやらなきゃなんねーんだよ』
 毒づきながら、そう言うつもりだった。
 ……それが、だ。
 薄く開いた、寝室との間仕切り。
 そこから覗いた――……彼女の顔。
 それを見た途端、路線があっという間に変更された。
 ……いい機会、と思ったのもある。
 あんまり、面と向かって彼女に気持ちを言ってないような気もしたから。
 ……だから、なんだけど。
「本当のことだから」
「っ……」
 寝返りを打って彼女へ身体ごと向き直ると、一瞬瞳を丸くしてから唇を開いた。
「あれが俺の気持ち。伝わったろ? 面と向かって、言ったんだから」
「…………それは……」
「それは?」
「……うん」
 はにかんで笑いながらうなずいた姿を見れて、俺自身ほっとした。
 ……確かにまぁ、言いすぎたかとも思ったけどさ。
 でも、彼女ならばきっとこう言ってくれるだろうと思ったから――……。
「……好き」
「え……?」
 ぽつりと漏れた、言葉。
 ……もちろん、俺ではなく――……彼女から、だ。
 ……ちょっと待ってくれ。
 このタイミングは、ずるいだろ。
 カッコ悪いことに、どきどきしている自分がいる。
 彼女の、突然の言葉。
 それを聞いて、まるで小学生みたいに……緊張してる自分。
 ……つーか、今のは……俺に、対してだよな。
 あ、いや待て。
 ひょっとしたら、対象は俺じゃなくて、何か別の物とか――……。
「私だって、先生のこと好きだもん」
「……ホントに?」
「もぅ。当たり前じゃないですか! 私だって、先生に負けないくらい……気持ち、言えますよ?」
 正直驚いた。
 まさか、彼女がこんなふうに言うなど、思ってもなかったからだ。
 ……だが。
 かなり、喜んでいる自分がいる。
 彼女の表情だけでなく、言葉も上乗せされて……確信が強まったから。
「確かに……あの……先生みたいに、優くんやお兄ちゃんの前で、あれだけのことは言えないかもしれないけれど……でも。でも、私だって……」
 赤く染まった頬で、彼女がこちらを見る。
 現在は、珍しく彼女が俺よりも高い目線の位置にいるので、上目遣いではない、が。
 それでも、やっぱり独特の雰囲気だった。
 いかにも彼女らしい、言葉と表情があったから。
「……先生のことがどれだけ大切で、どれだけ想ってるか……言えるもん」
 静かな声のはずなのに、やけに大きく伝わってきて。
 いつもと変わらぬ彼女の笑みなのに、ひどく愛しくてたまらなかった。
 ……堕ちるところまで、堕ちた。
 先ほど呟いた自分の声が、再び響く。
 間違いのない言葉。
 俺自身の、正直な気持ち。
 ……どうやらあの告白劇は、俺の本心と寸分たがわぬ物のようだ。
「羽織ちゃん……?」
 ひたり、と静かに頬へあてがわれた、彼女の熱い手のひら。
 ……そして、聞こえてくるような気がする――……彼女の鼓動。
 なんとも言えない表情で、うっすらと唇を開いて見つめられると、どうにも困る。
 まっすぐに向けられた瞳からは、たくさんの彼女の気持ちが伝わってくることは……わかる。
 だが、こうされると正直言って、俺自身何もすることができなくなるから、困るんだ。
 いつものように手を出せる雰囲気じゃなくて、むしろ――……何も言わずとも彼女が手を出してくれるような、そんな欲が先に立つから。
「…………」
 小さく響いた、濡れた音。
 ――……と同時に、手が動く。
 珍しく、何も言わずに自らキスをしてくれた彼女。
 やっぱり……というか、当然ながらというか……深いキスではなかった。
 でも。
 それでも、やっぱり俺にとっては特別で。
 彼女が『してくれる』という行為すべてが、とても嬉しい。
「……ぁ」
 パジャマの下に手を這わせ、直に彼女の肌を感じる。
 これは、結構毎度のことながら……気持ちいいんだよな。
 自分にない手触りだから、きっと欲しくなるんだろう。
 滑らかで、手に馴染む……心地よさ。
「っ……!」
 その手を背中から胸へと運べば、すぐに彼女が反応を見せた。
 明るいっていうほどの、光量じゃない。
 だが、それでも十分に彼女の反応がわかる明るさ。
 この状況で彼女を見るのが、俺にとってはある意味至福の時間かもしれない。


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