少しだけ、近くなったとは思う。
 ……だが、しかし。
 俺が求めていたのは妹君であって、兄貴のコイツでは決してない。
「……なんだよ……」
「それはこっちのセリフだっつの。……なんだよ、随分機嫌悪いな」
 スーツとコート、そして片手にはコンビニの袋。
 なんともコイツらしからぬ部分と、コイツらしい部分が入り混じっていて、微妙に気持ちが悪い。
 ……まぁ、気持ち悪い理由はほかにもあるだろうが。
「邪魔すんぞ」
「……帰れ」
「あのな。お前、いくら病人だからっていきなり突き帰すことなくね?」
「お前じゃない」
「……ったく。すげぇ正直だな。せっかく見舞いに来てやったってのに」
 やれやれ、と肩をすくめるのが目に入ったが、当然何も言ったりしない。
 とにかくもう、とっとと帰ってほしい。
 彼女が来ないならば、もう……このまま寝て、本気で明日までに回復してやる。
 そんな思いでいっぱいだった。
「別に、茶を出せとか言わねぇぞ」
「……そもそも見舞いに来いなんて頼んでない」
「うるせぇな」
 だいたい、どこから聞いたんだ。
 …………。
 ってまぁ、大方の予想は付いてるが。
 純也さんに聞いた優人が『祐恭がぶっ倒れたらしいぜ。カワイソーだから、見舞いに行ってやんね?』ってところか。
 んで、当然のようにコイツもまた、『マジで? ……へぇ。トモダチだもんな。慰めてやるか』。
 ……あー。
 なんでこんなに簡単に想像が付くんだろうか。
 にんまりときたねー笑みを浮かべてうなずくふたりの画がしっかり浮かんで、やっぱりまた頭痛がした。
「…………」
 音のないリビングに入るなりソファへ向かった孝之を見ながら、入り口の戸を閉める。
 ……やっぱ、寒いな。
 一瞬ぞくっと寒気が走って、気づいたら両腕を抱えていた。
 これでも、パーカーを羽織ってしっかり防寒したつもりだったんだが……。
 もしかしたら、また少し熱が上がってきたのかもしれない。
 その理由も――……まぁ、容易だが。
「だいたいおま……って、おい!!」
 いつもなら真っ先にテレビをつけるヤツが大人しいな……なんて思いながら、そちらを向いた瞬間。
 孝之の手には、優人が置いて帰ったらしいあのDVDの束があった。
「……お盛んだな、最近の教師は」
「うるさい!」
 ほー、とか言いながら冷めた視線を思いっきり向けられ、嫌でも眉が寄る。
 何も知らないクセに。
 つーか、こんな所にアイツが置いてったことすら気づかなかった。
 ということはイコール、多分……普段の何十分の一程度にまで、注意力が下がってるってことか。
「何? お前、そんなにタマってんの?」
「違うっつってんだろ」
「じゃあ、なんでこんな大量にあンだよ」
「どこぞの馬鹿が持って来たんだよ……!!」
 ……ああもう、ああもう!!
 むしろ、コイツにすべて押し付けたいくらいだ。
 だいたい、どうやってコレをアイツに返せっつーんだよ。
 まさか、学校なんかに持って行くワケに行かないし。
「……くそ」
 厄介なモンを持ち込まれた。
 沸々と湧き上がる怒りに加えて、震える拳。
 そのままで『ふぅん』とか『へぇ』とか興味なさそうにDVDを引っ繰り返してる孝之を見下ろしていたら、ようやく放って俺に向き直った。

「ほらよ」

 ガサっというビニール特有の音とともに、テーブルへ置かれたそれ。
 中身を見るまでもなく、プリントされている名前のコンビニで買ってきた何かであろうことくらいは容易に想像がつく。
 が、しかし。
「……なんだよ」
「何って、別に? 見舞いの品つったらいーか?」
 平然と、反対に訝しげな顔までされた。
 ……それじゃあ、何か?
 聞き返すのは、おかしいのか?
 まるで、『何ってことはねーだろ、何ってこたぁ』なんて顔をされて、やっぱり眉は寄ったまま。
 ……まぁ、理由はそれ以外にも山のようにあるワケだが。
「何か厄介なモンじゃないだろうな……」
 似たり寄ったり。
 類は友を呼ぶ。
 ……というか、コイツとアイツは従兄弟同士だからな。
 それこそまさに『類友』云々のレベルじゃない。
 だからこそ、なんとなく嫌な予感がした。
 何か、こう……特有の、イヤな感じが。

「まっさか。ンなわけねぇじゃん」

 …………予感的中。
 にこにっこり、なんて言葉が当てはまりそうなほど見事な笑みを浮かべたのを見て『あぁ、やっぱり』と思った。
 大方予想ができていたお陰で、がっくりと力が抜けるようなことはなかったが、どっと疲れが出たのは事実。
 ……あーもー。
 めんどくせーな……。
 普段ならば軽くあしらえることも、思った以上に体調が悪いらしく、思うように言葉が出てこない。
 それよりも何よりもダルさがあって、すべてにおいて『面倒臭い』という結論に達してしまう。
 ……もう、なんでもいいからとっとと帰ってくれ。
「……はー……ぁ」
 ビニール袋に手を出す元気もなく、大きなため息を付くのが俺には精一杯だった。
「ほら、風邪のときは食うモン食って寝るのが一番って言うだろ?」
「…………」
「てワケで……ほい、っと」
「…………」
「……なんだよ。もっと喜べねぇの?」
「…………あのな……」
 ぶち、と何かがキレかかる音がした。
 理由はもちろん……コレ。
 半ば無理矢理両手に乗せられた、この、ブツのせいだ。
「うまいんだぜ? この、塩カルビ特上ロース丼」
「…………」
 わざわざこっちまで歩いてきたかと思えば、すげー嬉しそうに笑みを浮かべて押し付けられたモノ。
 それは、見ずとも『脂ぎっとぎと&こってこて』だとすぐにわかる、重たい弁当。
 特有のこってりした匂いが漂って来て、ただでさえ弱ってる胃腸に追い討ちをかけてくる。
 ……コイツは……。
 口元が一瞬と言わずかなりの間引きつっていたにもかかわらず、まるで『俺には見えてない』とでも言わんばかりの表情で、さらに孝之は続けた。
「あとは……ほら、よく言うだろ?」
「……何がだ」
 くるりときびすを返したかと思えば、また袋を漁り始める。
 ……あーもー。
 その後ろ姿を思い切り蹴飛ばしてやりたい。
 両手に乗せられたままの弁当が酷く鬱陶しくて、やっぱり、キレそうだ。
「風邪のときは、栄養のあるモン食って、身体を温めないとな」
 にっこり。
 こっちを振り返ったのを見て、また、瞳が細まる。
 ……その辺にしとけよ、お前。
 そうしっかりと忠告してやりながら。

「つーワケで。ほい、ワンカップ」

 憎たらしい笑みとともにそれが差し出された瞬間、見事なまでの足蹴りが炸裂したのは言うまでもない。


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