これまでの人生においても、『やらなければよかった』と思うことは幾つもある。
 それこそ、腐るほどに。
 後悔なんてしても何も変わらないし、あったとしても次回の経験へ生かされるだけ。
 ……それでも、後悔はする。
 進歩がないというよりは、やっぱり、得られなかった結果に対して未練があるから。
「…………はぁあ……」
 ぐったりと重たい身体を引きずるように戻ってきた、寝室。
 ベッドに力なく倒れ込むと、思った以上に心地よく受け止められた。
 ……最初からずっとここにいればよかった。
 っていうかそもそも、客が優人だってわかった時点でやめればよかったのに。
 なんで『何か起こす』ってわかってるアイツを、わざわざ招き入れたんだ。
「……はー……」
 もしかしたら、優人が言うように……寂しかったのかも。
 ガラじゃないのは百も承知だが、やっぱり具合悪いときにひとりきりだと結構ツラいモノで。
 ひとり暮らしだからこそ、あんなヤツであろうと若干頼った部分があったんだと思う。
 …………。
 ……まぁ、甘かったワケだが。
 200%裏切られた気分だ。
「………………」
 深いため息をもう1度つき、改めてベッドに潜る。
 少しだけ、熱の上がったように感じる重たい身体。
 思った以上に自由にならないのが歯がゆいものの、枕にしっかり頭を預けると、すぐに瞳が閉じて多少は楽になった。

 ピンポーン

「っ……」
 閉じた瞳が、瞬時に開いた。
 ……そんなはずはない。
 それはわかってるのに――……身体は反応を見せる。
 違う。
 お前が期待するモノは、そこにない。
 …………そう、わかってるのに。
「…………」
 また優人じゃないだろうな。
 ……だとしたら、いくらなんでも悪すぎる冗談だ。
 …………。
 ……ならば……。
 それならばいったい――……誰が?
「……くそ……」
 言うまでもなく、頭に浮かぶひとりの人物。
 優人もそうだがほかの誰でもそうだ。
 彼女の代わりになんて、なるはずないってわかってた。
 だけど、きっと無理だから。
 そう思って――……勝手に代用を探す。
「……………」
 ……だが、もしも。
 もしも――……モニターの向こうに彼女がいたら?
 俺を心配して、来てくれたとしたら……?
「…………」
 ゆっくりと、身体が起きる。
 ……わかってるんだぞ?
 もしも違ったとき、自分がどれだけ落胆するかってのは。
 ……なんだが、しかし……。
「…………はぁ……」
 ぺたりと足を付くと、ひんやりした――……というよりは、冷たさが伝わって来た。
 1度治まった寒気もまた出て来たらしく、一瞬ぞくりと背中が震える。
 ……だけど、それでも。
 確かめてみるだけの、価値はある。
 どうせ、ベッドには今入ったばかり。
 身体も温まってなければ、頭もまだ寝付いちゃいない。
 だから――……。
「…………」
 リビングに入った瞬間、思わず喉が鳴った。
 キッチンにほど近い壁にかかっている、インターホン。
 すでにチャイムが鳴っているので、当然、エントランスの来訪者がばっちりと映っている。
 ……もしかしたら。
 いや、今度こそは。
 そんな思いを抱きながらも、頭のどこかでは『そんなはずない』と否定している自分がいる。
 そのせいか、そこまで行く間マトモに画面を見れなかった。
 違ったときの落胆ぶりが、簡単に予想できて。
「…………」
 情けなくも1度気合を入れてから、顔を上げて画面を見る。
 ……が。
「……あれ?」
 そこには誰の姿も映っていなかった。
 ……これは、予想外。
 まさか、この年になってこのテのいたずらをされるなんて、考えもしなかったからな。
 別に、ここに来るまでの間、5分も10分もかかっていたワケじゃない。
 なのに、この結果。
 ……どういうことだ……?
 アレか?
 もしかして、優人のヤツが帰り際にやってったのか?
 …………だとしたら、考えられなくもない。
 例えここを出てから時間が少し空いているとはいえ、アイツならばやる。
 きっとやる。
 ……こういうことのためなら、惜しまないヤツだからな。
「…………ち」
 自然と出た舌打ちで我に返るが――……しかし。
 万が一、ということが人生にはある。
 もしかしたら……もしかしたら、だぞ?
 例えば、誰か知り合いが通って離れた場所で話してるとか。
 はたまた、小銭か何かを落として、それを拾おうとしているとか。
 ……『とか』。
 どれもこれも思い浮かぶが、最後には『かもしれない』が付く。
 所詮は、すべてが想像。
 そうであればイイという、願望でしかない。
 ……だけど。
「…………」
 思い浮かべるのは、恋しいのは――……言わずもがな、彼女だけ。
 ……そうであってほしい。
 そんな気持ちがあるから、どうしても結果を得られるまで打ち消すばかり。
 もう少し待てば、きっと事実がわかるに違いない。
 エントランスにはきっと――……。
「っ……!」
 そう思った瞬間、祈りが通じでもしたのか、不意に人影が映し出された。
 瞳が丸くなると同時に、自然と身体へ力がこもる。
 ――……だが。
「…………はー……頭痛ぇ……」
 やっぱり今日は、このまま快方に向かえない運命らしくがっくりと首が折れた。


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