「ねえねえ、楽しみでしょ?」
「あ? …あー、アレか。そうだな」
湯船に浸かったままでいると、絵里が洗面所から声をかけてきた。
どうやら相当楽しみにしているらしく、とっとと湯船から上がってすでに身体を拭いている。
……そんなに楽しみなのか?
いつになく珍しさが見えて、少し笑えた。
「なんだよ。そんなに俺に見せたいのか?」
「見たいでしょ?」
「……そりゃ、まぁ」
「よし」
……ちょっと待て。俺は犬か。
思わず眉を寄せるも、やたら楽しそうな笑みでうなずいてからドアを閉められた。
すりガラスなので、ぼやっとした輪郭だけが見える。
……下着ねぇ。
別に、好きな女ならばどんな下着をつけていようともイイとは思うが、あれだけ楽しそうに言われると……少し気にはなる。
しかし、黒か。
またすごい選択をしたな。
いや、むしろ“白”なんて選んだほうが、よっぽどアイツらしくなくて戸惑うけど。
……戸惑う……?
いや、なんかこう……逆にえろい。
って、そーゆーのは今どーでもいいんだけど。
落ち着け、俺。
「…………」
……って、いかんいかん。
あれこれ想像してると、どうしたって顔がにやけるわけで。
……怪しいだろ。
第三者的感想を思い浮かべてから頭を軽く振り、自分も上がることにした。
「……あれ」
「ん?」
ドアを開けると、そこに待っていたのは……普通にパジャマを着た絵里。
「なんだよ。パジャマ着てんのか」
「当り前でしょ? 誰が今見せるって言ったのよ」
「いや、それはそうだけど。普通は、期待するだろ?」
差し出してくれたタオルを受け取りながら呟くと、にやっと意地悪そうな笑みを見せた。
「ふーん、期待してくれてるんだ。じゃあ何? 残念とか思った?」
「……まぁ、若干」
「やーらしーんだ。ま、せいぜい楽しみにしてて」
何かを企んでいる顔を見せてからひと足先にリビングへと足を向け、去り際にも再び笑みを見せる。
……なんだよ。
散々期待させるようなこと言っておきながら……不満だぞ、お前。
……ったく。
てっきり下着姿で待ってると思うだろ。それなのに……。
まぁ、絵里らしいっちゃ、らしいんだけど。
「………………」
ざっと髪を拭いてからパジャマを羽織り、あとに続く。
すると、すでにお茶を飲みながらソファでくつろいでいる姿があった。
……いい気なもんだな。
こっちはこっちで楽しみにしてやってるってのに。
冷蔵庫からペットボトルを手にリビングへ向かうと、こちらに気付いていたずらっぽい笑みを見せた。
「見たい?」
「……もういいや」
「えー!? なんでよ!!」
「散々焦らされると、どーでもよくなってくる」
「ちょっと!」
ふいっと視線を逸らして思ってもないことを告げると、慌てたように身体ごと向き直った。
……相変わらず、わかりやすいな。
出そうになる苦笑を噛み殺しながらソファに座った途端、絵里が膝に手を当ててきた。
「見たいんでしょ? ホントは」
「……別に」
「嘘。顔が笑ってるわよ?」
「まぁな」
結局言い当てられて笑みを漏らすと、どこかほっとしたように彼女も笑った。
……ったく。
もっと素直に見せればいいものを。
なんて考えながら髪に手を伸ばすと、くすぐったそうに瞳を細めた。
……こういう仕草はかわいいんだけどな、お前。
普段強気で絵里さま風を立てているだけに、どうしたって愛しさが漏れる。
こうしてふたりでいるときだけに見せる、本当の彼女。
それは、やっぱりイイわけで。
「……で?」
「ん?」
「いつ見せてくれるんだよ」
「見たい?」
「ああ」
いたずらっぽい笑みでうなずくも、なんだか企んでいるような表情は変えなかった。
「見たい? ねぇねぇ、見たい?」
「だから、見たいって。ほら、脱げよ」
「やっ、ちょ、まっ……!?」
「どーせすぐに脱ぐんだからいーじゃねぇか。ほら――」
ソファへもたれさせて、ボタンに手をかける。
もったいぶるな、そろそろ。
なんか、めんどくせー。
――……が。
「ぁいてっ!」
「こらっ! 何してんのよ!」
「何って……なんだよ。脱がないのか?」
「ぬっ……脱ぐけど」
「じゃあいいだろ? ほら」
「ちょ、だからっ! ちょっと待ってってば!」
……なんだよ、もー。
面倒くせーな。
いいじゃねぇか、別に。
相変わらずぶんぶんと首を振って抵抗する絵里にため息をつくと、頬を染めて息を整えてから向き直った。
少し怒ったようなその表情は、相変わらず絵里らしい。
でも、頬が赤いとな……。
こういう所は、やっぱり女の子という感じがする。
「……自分で脱ぐのっ」
「別に俺が脱がしても――」
「違う!!」
「……あ、そう」
再び手を伸ばそうとした途端、激しく否定された。
……まぁいいけど。
どーでもいいから、早く見せてくれ。
というのが、正直な気持ちだ。
「ま、まぁ……? そこまで純也が言うなら脱いであげてもいいけど」
「……お前が自分で脱ぎたがってるんだろ?」
「うるさいっ!」
……だから、赤い顔で否定しても迫力ねぇって。
などと言ってもどうせ嫌がるだけだろうから、止めておく。
これ以上時間食ってもしょうがないし。
頬杖をつきながらソファにもたれると、絵里がおずおずボタンに手を伸ばした。
……動向を見守るように、つい、視線はそこへと向かう。
「純也、見すぎ……」
「……早く脱げよ」
「だ……だから――。っ!?」
「まどろっこしいんだよ、お前は!」
「や、ちょっ……!? んっ……」
こちらを見ながらボタンを外そうとして、結局やめる……という行動を黙って見守っていたのだが、結局そこから先へ進もうとしない。
それを見かねて、つい手が出た。
「っ……!」
ソファに軽く押し倒すと、眉を寄せてこちらを見上げる。
……ったく。
「自分から誘ったんだから、どんどん脱げ」
「だ……だって……」
「脱がなきゃ、見れねぇだろ?」
「……えっち」
「お前が誘うから悪いんだろ!」
視線を外して呟く絵里を見下ろしながら片手でボタンを外してやると、徐々に露わになってくる……下着と肌。
「……へぇ」
すべて外し終えて胸元を開くと、予想以上にイイ具合なものが目に入った。
……どっちかっつーと、焦らされた下着よりは胸元に目が行くんだが。
「これはまた……」
「……ちょっと。じっくり見すぎっ!」
「なんだよ。見てほしかったんじゃないのか?」
「っ……ん……」
抱きしめるように耳元で囁くと、小さく身体を揺して顔を背ける。
……しょうがねーな。
「……こら」
「なっ……によ……」
「見てほしかったんじゃないのかって、聞いてるんだけど?」
頬に手のひらを当ててこちらを向かせてやってから笑うと、若干照れながら瞳を合わせた。
「……それは……そうだけど……」
「だろ? じゃあ、ちゃんと見ないとな……」
「……え……っぁ、や……!」
するりと上着を脱がしながら、首筋に再び顔をうずめる。
鼻先に触れる、くすぐったい髪。
それを指先で軽く払ってやってから手を頭に回すと、珍しくそのままもたれてきた。
「なんだよ。……素直だな」
「……嬉しい?」
「何が……?」
潤んだ瞳で急にそんなことを言われても、困る。
……嬉しいって……何がだよ。
眉を寄せて絵里を見ると、何やら不満げに眉を寄せてから唇を開いた。
「この格好が見れて、よ!」
……ああ、それか。
じぃーっと何も言わずに見つめていると、頬を染めてから顔を背ける。
相変わらず、いつまで経っても慣れようとしない仕草。
普段と違ってかわいいところを見せてくるからこそ、どうしたって脈は速くなる。
「嬉しい。……つーか」
「……つーか?」
「寝るか」
「……は……はぁ?」
瞳を丸くして状況を読めていない絵里に小さく笑ってから抱き上げると、慌てたようにばたばたと暴れた。
「ちょわっ!? ま、まっ……!」
「ほら。暴れると落ちるだろ? ちゃんと捕まっとけよ」
「……う……ん」
言い終わると同時に、首へ回される腕。
……素直だな。
こういうときの絵里には、大抵何を言っても許される。
ということはよくわかっているので、無論もうひとつ言うつもり。
肘でノブを開けてベッドに下ろしてから、笑みを見せて端っこまで追いやる。
ずりずりとあとずさるようにして逃げる……が、すぐにベッドの棚に当たった。
途端に浮かべるのは、困ったような顔。
――……だが。
同時に、露わになったままの胸元と先ほど自分が付けたばかりの跡が目に入り、つい喉が動いた。
「あとは、自分で脱げるだろ?」
「……は?」
「だから。下着を見せるために買ったんだろ? 脱げよ。ほら」
ぴっぴっ、とズボンの裾を引っ張ってやると、ぎゅっと腰元に手をやる。
……なんだよ。
「自分で脱げるっつったのは、どこのどいつだ? え?」
「それは……私だけど……。けどっ!」
「じゃあ、有言実行。自分から言ったんだから、パジャマ脱いで、くるっと回ってみるくらいできないのかよ」
「でっ……できないわよ!」
「なんでだ。俺が見たいっつってもか?」
「……な……」
みるみる頬を染め、眉を寄せる。
……怒るかも。
でもまぁ、今さら止めてやるつもりなんてこれっぽちもないけどな。
「…………っ……」
見下ろしたままで笑みを見せると、1度視線を外してから絵里が動いた。
自分よりずっと小さい、手。
それが腰元に行き、パジャマのズボンにかかる。
1度躊躇ったようにため息を漏らすと、徐々に丈を下げていった。
「……随分素直だな……」
思わずそんな言葉が漏れると、『うるさい』とかなんとかやっぱり言われた。
……ま、いいか。
こんなふうに自分に対して結局言う通りにしてくれるところは、無性にかわいくなる。
なんでも聞くっていうタイプじゃないから、余計にな。
身体を起こして膝まで滑ったズボンに手を伸ばしたとき、反射的にその手を押さえていた。
「ちょっ……」
途端、困ったように絵里がこちらを見上げる。
その頬に手のひらを滑らせてから軽く顎を上げさせ、唇を軽く舐めてやる。
「……ん……」
くすぐったそうに後ろへ引く腰を抱えるように抱きながら徐々にベッドに倒し、改めて口づけることにした。
舌でしっかりとあちこち撫でながら続けると、滑るように絵里の手が首筋に届く。
何度も角度を変えながら深く進め、ときおりわざと音を響かせる。
それが、彼女にとって刺激になることを知っているから。
「っ……ふぁ……。あっ」
首筋に落とした跡をもう1度舌で撫でてから胸元へ向かい、柔らかなそこに唇を当てる。
自分がもたらしている快感によって身体をよじるのを見ると、どうしても下着と肌のコントラストに目が奪われた。
……相変わらず、俺を誘うことしか考えてねぇな。
とはいえ、自然にどうしたって笑みが漏れるわけで。
自分をいかに喜ばせようとしているかがわかって、おかしくもあり……だが、愛しい。
「んっ……」
ベッドと背中の間に手を入れてからホックを外すと、締め付けが解放されて胸元が揺れた。
ぺいっと剥がすように下着を取ってから向かうのは……もちろん、そこ。
すでに自分を感じてくれているらしく尖らせている先端に、触れるか触れないかでギリギリのラインを舐め上げる――……と、熱い手のひらが頬に触れた。
「ん?」
「……もぉ……焦らさないでよ……」
いつの間に、これほど艶っぽい女の顔をするようになったのか……。
こんな顔、ほかの男には絶対見せらんねぇな。
無論、そんなもったいないことをしてやるつもりなんて、これっぽっちすらないが。
「……そりゃ、悪かった」
「んんっ! ……ぁ」
小さく笑ってからゆっくりと舌で撫でると、びくっと背中を反らせてから腕が首にかかった。
それはまるで俺を押さえつけているような気がして、余計にそそられる。
無意識なんだろうな、これは。
ひたすら甘い声を漏らしながら、悦に耐える顔。
これを見ていると、計算がどうのなんてことは浮かんでこないし。
……まぁ、どっちにしろ、俺を求めてるってのは嬉しいけど。
そんなことを考えて独りでに緩む口元をそのままに、ちゅ、と音を立ててから1度離し、再び含んでやることにした。
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