さて。
彼女をきれいにしてやってから、いざ困ったのだが……。
「えーと……これを着る……だけでいいんだよな?」
「……だと思いますけど」
そう。
脱がせたはいいものの、どれをどう着ていたのか微妙に……悩む。
……参ったな。
髪はさほど崩れなかったからいいと思っていたのに、ここにきてこういう問題が出るとは。
まぁ、下着はどうせ見えるワケじゃないし……いいか。
うなずいてひとり納得してからドレスを着せてやり、後ろのジッパーを上げてホックを留め――……。
「んっ!」
「はい、どうぞ」
「……えっち」
「失敬だな」
ネックレスをしてやってからうなじに唇を寄せると、軽く睨まれた。
この程度で、えっちとか言われても困る。
「はい。……やって」
「……もぅ。しょうがないなぁ」
先ほどまでの格好に戻った彼女にネクタイを渡すと、言葉とは裏腹に嬉しそうな顔を見せた。
しかしまぁ……花嫁姿でネクタイを結んでもらう日がくるとはね。
このシチュエーションは、かなりいい。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがとう」
軽く唇にキスをしてやってから、タキシードの上着を羽織る。
……休むというには、結構な時間経ちすぎたかな。
まぁいい。
うっかり寝てました、とでも言おう。
「……さて。それじゃあ行こうか」
「はぁい」
ふんわりとしたヴェールをかけてから、その手を取る。
指輪は左にしたままだが、まぁいいだろう。
「それじゃ、参りましょうか」
「はいっ」
笑顔を見せた彼女をそっとエスコートしてやってから、エレベーターのボタンを押す。
1階に降りるまでの、わずかな時間。
もちろんだが、隣を見ればやはり花嫁姿の彼女がいて。
ふと視線が合うと、にっこり微笑んでもくれて。
やっぱり、こういう何気ないところがいいんだよな。
1階のロビーに着くと、こちらを見た人々が笑みを見せた。
やはり、そこにいる人々にとっては“花嫁花婿”なわけで。
……悪い気はしないからいいんだけど。
知り合いに会わなければ、それで。
「山内さん」
「あ。お待ちしておりました」
フロントに入っていた彼に声をかけると、早速写真を撮ってもらうべくスタジオへと案内された。
もちろん、先ほど彼女に約束したように、抱き上げてやりながらだけど。
そんな最中も、何枚かいろいろとスナップを撮ってもらったりしてかなり優遇してくれたのは、本当に彼の人柄というか……ただただ感謝しかなかった。
1週間後。
いつものように、ポストへ夕刊を取りに行くと――……。
「あ」
やけに大きな緑の封筒が入っていた。
結構な厚さもあるし、何よりも重い。
……これは……。
部屋に戻る途中、差出人を見て笑みが浮かぶ。
「写真、届いたよ」
「え? わぁ、見たいです!」
夕食の支度をしていた彼女にそれを差し出すと、嬉しそうにこちらへ寄ってきた。
ソファに座って、早速封を開ける。
そこには、彼からの手紙と一緒に、しっかりとした台紙つきの写真とホテルのパンフレットが入っていた。
早速、彼女が表紙をめくる……と。
「わぁ……!」
先日のあのときの彼女と自分の姿が、しっかりと写真に残っていた。
「こう見ると、まさに結婚式だな」
「ですね。……なんか、照れちゃう」
嬉しそうに眺めていた彼女が、2枚目の表紙を開いたとき。
小さい封筒が、滑り落ちた。
「ん?」
「なんだろ……」
同じようにホテルの名前が入った、緑の封筒。
拾い上げてそれを開けてみる――……と、思わず苦笑が浮かぶ。
「……これも送ってくれたのか」
彼の気遣いは嬉しいのだが……気恥ずかしさのほうが大きい。
封筒には、数枚の写真が入っていた。
例の、スタジオで撮ってもらったおまけのスナップと、式の最中に撮られていたらしい写真だ。
指輪交換をするところ、誓約をするところ、そして誓いのキスをするところ。
それだけかと思いきや、彼女が泣いたときに唇を寄せたあの瞬間までもが、写真にしっかりと収められていた。
「……恥ずかしいな」
思わず本音が漏れ、小さく咳払いしてから写真を収める。
すると、隣でパンフレットを見ていた彼女が声をあげた。
「ん?」
「……もっと……恥ずかしいかも」
「え?」
差し出されたパンフレットを受け取り、指さされた箇所を見る――……と。
「うわ!?」
そこに記されていたのは式場の案内だったのだが、我々の写真がしっかりと使われていたのだ。
しかも、涙を唇ですくうあの写真が。
慌てて彼の手紙を読むと、まとめられた文の最後にこう記してあった。
『式の最中に撮らせていただいたおふたりの写真を、お送りします。
事後連絡になってしまい大変恐縮ではありますが、パンフレットにも使わせていただきました。
同封いたしましたので、見ていただければ幸いです。
おふたりともいい顔をされていたので、つい……。
すてきな模擬結婚式、本当にありがとうございました』
……マジか。
思わず彼女と、顔を見合わせる。
パンフレットに使われたということは、少なくともあのホテルで式を挙げようかと考える人々の目に触れるというわけで。
「……参ったな」
思わず口元を押さえてパンフレットを見ると、同じように頬を染めて彼女も見つめていた。
……まぁ、彼女となら……いいけど。
しかし、だ。
こんな物、知り合いに見られたら馬鹿にされるじゃないか。
顔もばっちり載ってるし。
「……でも、いい記念ですよね」
「まぁね」
彼女に苦笑を浮べてうなずくと、嬉しそうに笑った。
……まあ、いいか。
「じゃあ、写真飾ろうか」
「うんっ」
結局、いつもこうなるんだよな、彼女と一緒にいると。
でも、そういう自分は嫌いじゃない……と思う。
はたから見れば、いわゆるバカップルに間違いないと思うが、まぁ本人たちが幸せならばイイってことだ。
これからは、俺もそういう目でほかの連中を見られるように努力する。
山内さんからもらったたくさんの写真から、ふたりであれこれ言いながら数枚ピックアップし、早速コルクボードに貼り付ける。
「……なんか、嬉しい」
「それはよかった」
写真を見ながら彼女を抱き寄せて笑うと、やはり同じように笑みをくれた。
こうして、毎日様々な思い出が作られていくのだと思うと、少し不思議な感じはする。
だが、それによって彼女の嬉しそうな笑みを見ることができるわけで。
……それに勝るものはないからな。
今回のことは、彼女だけが俺にとっての特別な存在なんだということを、改めて深く実感できた……いい思い出のひとつになった。
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