「ねぇねぇ、コレとかどう思う?」
「え? ……あー……まぁ、うん……」
「んんー? 何よー。ずいぶんノリが悪いわねぇ。あ、何? この色嫌い?」
「いや、だから……そういう問題じゃなくて……」
視線を精一杯逸らしながら、無難なことばかりを口にする。
だが、どうやらそんな俺の態度が気に入らなかったのか、彼女は『つれないなぁ』とか言いながらぶつぶつと文句を言った。
……はぁああ。
ホントに、本気で勘弁してほしい。
いや、だっておかしいだろ?
どうして俺が彼女といなきゃいけないんだ。
……しかも、明日からは普通に新学期が始まるというのに。
「…………」
ようやく解放してもらった我が身を、店の前に置かれていたベンチへめいっぱい預ける。
……ありえない。
本気でありえない。
全身が恐ろしいくらい疲れていて、なんともいえない倦怠感というか……極度の疲労感というか。
……疲れた。
別に、彼女が苦手とかいうんじゃない。
……だが。
「あ。祐恭くーん。ねぇねぇ、コレはー?」
「……ッ……」
……勘弁してくれ。
頼むからそんな、デカい声で俺の名前を呼ばないでくれ。
…………しかも、満面の笑みで。
なんだ? コレは。
挑戦?
それとも、遠まわしの嫌がらせ?
普段の彼女からは到底考えつかない行動ながらも、あまりの天真爛漫っぷりに大きなため息が漏れた。
…………はー……。
今ごろ、羽織ちゃん何してんのかな。
ベンチの縁へもたげていた頭を起こして、頬杖をつく。
明日からは、新学期。
つまり、今日で冬休みは終わり。
そのせいということもあって、彼女は今朝早くに家を出ていった。
理由は、単純。
『終わってない宿題を、絵里とやるから』
そういって彼女は、苦笑を浮かべて去っていった。
……あーもー。
ちくしょー。
残り少ない、この時間。
1分1秒だろうと惜しいし、できることならば彼女と離れたくない。
……だが、かわいい顔で懇願されたら、『駄目』とか言えるはずもなくて。
「…………」
無言のまま、ヤケに疲れている身体にもう1度気合を入れる。
ここは、近所にある大きなショッピングモール。
食料品はもちろん、日用品、雑貨、衣料品。
そんな物が、すべて揃う。
……で。
なぜか俺は今、そんな場所に“彼女”ではない女性と来ていた。
…………。
しかも、理由がありえない。
つーか、フツーこういう店に男を連れ立ってこないだろ……。
実際、この手の店には羽織ちゃんとも通ったことはなかった。
「祐恭君?」
「……終わったんすか?」
「んー、まだ」
「…………早く終わりにしてください」
「えー? つれないなぁ。……かわいい彼女のためなら、ほいほい喜んで連れ立つんじゃないのぉ?」
「ないっす」
にや、と意味ありげに笑った口元に指先を当てた彼女へ、瞳を細めてきっぱりと否定してやる。
すると、また『つまんないなぁ』とか言いながら苦笑を浮かべた。
「あ。そうだ」
「……? ……なんですか?」
「えっへっへー。お姉ちゃん、いいこと考えちゃった」
まるで語尾に星でも付けそうな勢いで、隣へ腰かけた彼女が腕を絡めてきた。
途端に、ふわっとした嗅ぎ慣れていない香水が香る。
……なんつーか、彼女らしいな。
甘いというよりは、サッパリというか、ハッキリというか。
そんな感じの柑橘系の香りは、彼女に似合っていると素直に思えた。
「お土産に、買ってあげる」
「……は……?」
にっこりと顔を覗き込んだ彼女を見たまま、思考ともども時間が止まった。
「え……?」
「だからね? せっかく、貴重なお時間を拝借してしまったんですもの。たっぷりと利子をつけて返してあげなきゃね?」
「いやいやいや、別にいらないから」
「もー。男だったら、そんなツレないこと言わないの!」
「ッ……!? いや、ちょっ……! だから、ホントに――」
「はいはーい、1名さまごあんなーい」
「だッ……!? マジっ……勘弁……!!」
急に立ち上がった彼女にぐいっと腕を引かれ、バランスを崩して引っ張られる格好のまま立ち上がる。
……っ……ていうか、ホントに……!!
ありえないだろ!
この、カラフルでっ……ものすごく居づらいっていうか、男が入っちゃいけないような店に引っ張り込まれるなんて!
「っく……!!」
「はいはーい。どれがいいかなー? お姉ちゃんと選ぼうねー」
「里美さん!!」
店の中まで連れ込まれた以上、当然視線は上がったりしない。
……うー。
拷問だ、ホントに。
…………なのに、俺の腕を引く彼女はまったく悪びれてなくて。
……いや、むしろ楽しんでるな。この人は。
相変わらずにこにことした笑みを浮かべているし、口調も一緒だし。
でも、ただひとつ。
明らかに俺で遊んでいるというのは、ハタから見ても明らかだった。
――……そして。
そんな彼女が、一瞬だけ……見せた顔。
「……ウブな好青年を弄るのは楽しいわねぇ」
くす、と笑った彼女が見せたその顔は、それまで見たこともないある種妖艶なモノだった。
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