「…………」
静かすぎる我が家に響く、鍵を閉める大きな音。
……静かというか、暗いというか。
まさに“火が消えたような”と表現するには、もってこいのシチュエーションだ。
「あれ……?」
リビングの明かりをつけると同時に、あるモノが目に入った。
「…………」
ソファにかけられている、コレ。
これこそは、間違いなく――……彼女が着てくれていた、白衣そのもので。
「…………」
さて、この白衣。
どうしたら……正解になるんだろうな。
…………。
…………。
……いや、別にやましいことには使わないけど。
「このまま着たら……仕事になんねぇよな」
彼女との蜜事を、黙っていても思い出すアイテム。
……。
……はー……。
「……洗うか」
悶々とすごすのが目に見えているので、なんとなく惜しい気もするが――……洗面所へと持って行くことにした。
「ん?」
片手に白衣を掴んだまま洗面所へ向かうと、ポケットをねじこんでいたスマフォが着信を知らせた。
――……相手は、先ほど別れたばかりでも、もう……今すぐにだって会いたいと思う愛しい彼女。
だからというのもあったが、すぐ通話ボタンを押していた。
「どうした? ……忘れ物?」
『……あ……。えっと……その……』
電話の定番である言葉を言わずに切り出すと、戸惑ったような小さな声が聞こえた。
……が。
『……ごめんなさい。あの……っ……なんだか、寂しくて』
ぽつりぽつりと紡がれた、彼女の大切な本心。
それがあまりにも嬉しくて、同時に自分と重なって。
つい、瞳が丸くなった。
『……先生?』
「ごめん。……いや、あまりにも同じだから」
『え…?』
「俺もだよ」
くすくす笑ったまま呟き、『寂しかった』と続ける。
これが、俺の繕ったりしていない本心。
ふたりで通った道をひとりで戻って、ひとり車を降りて、ひとりで――……家の鍵を開けて。
自分でもしっかりと予想できていたことなのに、予想以上につらかった。
「……あ、そうそう」
『え?』
壁にもたれたとき、目に入ったモノ。
……どういう顔するかな。
それを直接見れないのが、非常に惜しい。
『? なんですか?』
「白衣……このまま学校に持って行ってもいいかな?」
彼女の反応が、まさに目に浮かぶ状態。
……どう返してくれる?
くすくす笑いながらいまだに何かを考え込んでいるらしい彼女を思い浮かべると、やっぱり笑みしか出なかった。
『だっ……だだだダメです!!』
一瞬の間のあと、思いっきりそれはもう力強く否定された。
……言うと思った。
きっと今ごろ、周りなんて気にせずにものすごくかわいい反応をしていることだろう。
「わかった。それじゃ、このままにしとく」
『えぇ!? だ、だからっ……ダメですってば!』
「いや、だって。……なんかもったいないし」
『なっ!? もっ、もったいなくないです!!』
電話口で、首振ってるんだろうな。
……頬をしっかりと染めて。
「それじゃ、またコレ着てくれる?」
『えぇ……!?』
どうして俺は、困ってる彼女を一層困らせるようなことしか言えないんだろう。
……かなり困ってるんだろうな。
どう答えようか悩んでる彼女が想像できて、たまらず笑いが漏れた。
「……ありがと」
『え……?』
「元気出たよ」
久しぶりに訪れた、この家での独りきりの時間。
それは自分が覚悟していた以上につらくて重くて……かなり寂しかった。
だけど、彼女がくれた電話のおかげで――……そう思っているのが自分だけじゃないんだと、はっきり自覚できて。
少しほっとすることもでき、彼女の声を聞けたことが本当に嬉しかった。
自分が考えている以上に、力になってくれた。
「……ありがとう」
彼女の大きさを改めて実感して、少し離れた場所にいる彼女を想う。
……明日になれば、会える彼女。
だけど、ふたりきりの時間をまたここで過ごせるのは……もう少し先。
だから――……。
「……もう少し話そうか」
繋がった電話を切ることができずにリビングまで戻り、先ほどまで彼女と過ごしていたソファに座ってから、声を噛み締めるため自然と瞳が閉じた。
……さっきまで一緒だったのにな。
どうやら、俺は予想以上に彼女の存在すべてに飢えているらしい。
明日会ったら、ちゃんとした“先生”できるのかな。
自分の器用さと相談してみても、答えは明らか。
「……気合入れないとな」
彼女に聞こえないよう苦笑しながら、本音が漏れた。
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