雨。
雨、雨、雨………。
何度見ても、どれだけ確かめても、やっぱり今日の天気も雨だった。
『も』ということからわかるだろうが、先日も、そして先週の週末もやっぱり雨だった。
……鬱陶しい。
何が鬱陶しいって、この湿気が。
じめじめしてて、しかも暑くて。
べったりと空気が張り付くような気がして、心底居心地が悪い。
これで、せめてさらっとした空気ならば文句はないんだが。
梅雨という、俺が1番嫌いな時期。
それがなければ、自然界がうまく回らないことはわかってる。
絶対に必要で、むしろ自然界にとってはまさに恵みの雨だというのも。
……でもな。
やっぱりこう、朝起きて外が暗いと結構ヘコむぞ。
しかも――……時間が限られている、愛しい彼女とともにすごしている時間ともなれば、余計に。
「…………」
ソファにもたれたまま見ていた窓から、聞こえてきた足音の方へと顔が向く。
……なぜだろう。
どうして、彼女は天気に左右されることなく、いつも穏やかなんだろう。
晴れていれば『いい天気』と喜ぶ。
……それは、俺だって同じだ。
なのに、彼女は曇りだろうと雨だろうと……同じような笑みを見せてくれる。
『天気悪いですね』と言っているのに、顔は違う。
……どうして?
それが、俺にとっては心底不思議だった。
「……? なんですか?」
「……いや、別に」
じーっと見ていたら、こちらに気付いた彼女が洗濯物を畳みながら不思議そうな顔を見せた。
それでつい、かぶりを振ってしまう。
いや、聞きたいことは結構あるんだけど……。
「? 先生も畳みます?」
「……いや、そうじゃなくて……」
いつものように正座して、丁寧に畳んでくれる洗濯物。
それをこちらに軽く上げた彼女に苦笑を浮かべて首を振ってから、隣へ座ってみる。
すると、しばらく不思議そうな顔を見せていたが、小さく笑って再び洗濯物へと向き直った。
「……ずいぶん楽しそうだね」
「え?」
彼女と、彼女の手元を見たままで呟くと、すぐに反応を示した。
――……だが、手は止めず。
器用。
そんな言葉が、まず思い浮かぶ。
「外は雨。出かけるのも、面倒。……ついでに、気分も滅入る」
「……ですね」
後ろに手を付いて身体を支えながら彼女を見ると、ようやく手を止めてこちらを向いた。
「……じゃあ、どうしてそんなに楽しそうなんだ?」
「え……?」
「だから、それだよそれ。いつも思うんだけど……なんで、洗濯物を畳むのにそんな楽しそうな顔してるの?」
身体を起こして体勢を直してから、洗濯物を指差してやる。
すると、それと俺とを見比べてから――……再び笑みを見せた。
「だって、楽しいんですもん」
「楽しい?」
「そうですよ?」
どうやら、余ほど変な顔をしたらしい。
一瞬瞳を丸くしてから、くすくすと笑われた。
「どこが?」
「……んー……」
てっきりすぐに返事が来るとばかり思っていたので、少し面食らった。
何かを考えるように視線を上げ、そして――……ようやく瞳を合わせる。
……何?
先ほどと違って何やら楽しそうな顔をしている姿に、思わず瞳が丸くなる。
「先生と一緒にいられるから……ですね」
――……どうしてこの子は、こんなふうに言えるんだ。
「っあ、せんせっ……!?」
「……ったく……」
勘弁してくれ。
俺という人間が変わってしまうじゃないか。
ぎゅっと抱きしめたせいで一瞬強張らせた身体を、徐々にほぐすのがわかって嬉しくなる。
ゆっくりと背中に回る腕。
温もりが身体に伝わってきて、本当に安心できた。
「……毎日、雨がいい」
「え?」
先ほどまでとはまったく違う言葉が口から漏れる。
すると、当然ながら彼女は不思議そうな顔を見せた。
……そりゃそうだよな。
雨を歓迎してない言葉を口にしたばかりなのに、こんなこと言いだすんだから。
「そうすれば、こうして俺のそばにいるだろ? 外に出ず」
「……でも、学校――」
「雨が降ったら、学校も休み」
「えぇ? ……もぅ。歌じゃないんですよ?」
「いいんだよ。つーか、ンなかわいいこと言われたら、出してやりたくなくなるだろ?」
「……かわいくないもん」
「言うと思った」
わずかに離れた身体のお陰で、見えた彼女の顔。
少しはにかんだように笑い、緩く首を振って……上目遣いにこちらを見上げる。
……あーもう。
こんな顔されたら、余計その思いは強くなるワケで。
そういう、俺に都合のいいように世界が回ってくれないだろうか。
とんでもない我侭ながらも、彼女のこととなると見境がなく出てくるから、本当に困ったモンだ。
「……そういえば、今年も雨でしたね」
「ん?」
いつしか、彼女を腕の中に迎えたまま、まったりとすごしている現在。
無論、彼女が畳んでいた洗濯物はまだカゴの中にある。
……でも、ついついこうしていたくなるんだよ。
外が雨で薄暗いと、余計に……ね。
「……あー……。七夕か」
身体を預けたままで頭をもたげるようにして、こちらを見上げた彼女が戻した視線の先。
そこには、7月イコール七夕とでも言いたげなテレビ番組が流れていた。
どういうわけか、七夕の時期になると必ず天気が芳しくない昨今。
今年も結局雨が降ったため、天の川なんて見えなかった。
「先生、天の川って見たことあります?」
「うん、まぁね」
「そうなんだぁ。……いいなぁ」
画面を見たまま、ぽつりと漏らした言葉。
彼女の顔を伺うと、少し寂しそうな表情をしていた。
「なんだ。見たことないの?」
「……んー……。あるかもしれないですけど、記憶にはなくて」
「ふぅん」
無意識のうちに触れていた彼女の髪を撫で、視線はテレビへ。
……七夕か。
今年は一緒に過ごせなかったが、来年は……見にいけるだろうか。
彼女の希望を叶えてやれるなら、俺にできることはなんでもしたい。
そうは思うが――……ただ、天の川を見に行くだけっていうのも、面白くない気がする。
って、そう考えるのは俺だけか?
……ふむ。
「じゃあ、見に行く? 天の川」
「え?」
身体を起こしてこちらを振り返った彼女に笑うと、不思議そうに瞳を丸くした。
「見たいんでしょ? 天の川」
「でも、天の川って……」
「見える場所あるだろ? それこそ、年中ね」
「……1年中……? ……あ!」
どうやら、ようやく思い浮かんだらしき場所。
そんな彼女に再び笑みを見せると、心底嬉しそうにうなずいてくれた。
外は、雨。
気分も滅入って――……いや、今は違うけど。
……だが、ある意味格好の言い訳が得られたワケで。
こうなった以上、この機会を無碍にする必要は無い。
むしろ、最大限の好機は生かすのが俺という人間だから。
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