「……すごい……」
「……なんか、その発言にデジャヴを感じる」
「え?」
「いや、別に」
 不思議そうな顔を見せた彼女に首を振ってから手を取り、足を進める。
 少しひんやりとする空気と、響く足音。
 そして――……なんとも言えない雰囲気の、この場所。
 ここは、冬瀬の隣にある藤沢市にある科学館だ。
 俺自身、科学だって別に嫌いなわけじゃない。
 ワケじゃないが――……なんつーか、むしろ今いるこの場所は、科学というよりは天文の雰囲気が強いかもな。
「どこに座ります?」
「んー。向こう行こうか」
「はぁい」
 手を引いたまま彼女を振り返ると、にっこり笑ってうなずいた。
 ……素直でいいね。
 ぐるりと円を描くようなドーム型のここは、いわずと知れた『プラネタリウム』。
 外は雨。
 この分ならば、夜も雨だろう。
 どうせ外に出るのも億劫ならば……足を向けたのがここだったんだが……。
 ここに着いて以来、彼女はずっと機嫌がよかった。
 いや、家にいるときからいつもと変わらず笑みを見せてくれていたんだけど。
 それでも、やっぱりここに行くことを告げたとき、それはそれは嬉しそうにしてくれたので、俺としても気が晴れた。
「このへんにしようか」
「はい」
 さほど人が入っていないこともあって、席は選び放題。
 というわけで、俺たちは柱のそばにある席へ座ることにした。
「どうぞ」
「え? ……あ。ありがとうございます」
 彼女を奥の席へ通してから椅子を倒してやると、一瞬瞳を丸くしてから座った。
 ……しめしめ。
 あ、いや。
 別に魂胆なんて――……なくもないんだけど。
「でも、プラネタリウムなんて……本当に久しぶりですよ。何年ぶりだろ……」
「そんなに来てないの?」
「ないですよー。先生はあるんですか?」
「いや、ないけど」
「……もぅ。それじゃあ、先生も同じなんじゃないですか」
「まぁね」
 席に深く座ってパンフレットを開く彼女を見ていると、自然に苦笑が漏れた。
 確かに、俺だってここ数年……どころか、下手したら小学校以来かもしれない。
 それほど来ていないこの場所に、どうして足を運ぼうと思ったか。
 ンなモン、理由は簡単だ。
 ――……数日前、彼女の従兄である優人に……とあることを吹き込まれたから。
 ……なんて言ったら、怒られるかも。
 あ、いや。
 かも、じゃなくて『絶対に』だな。
 相変わらず楽しそうな顔でパンフを読んでいる彼女を横目で捕らえながら、小さく苦笑が浮かぶ。
 ……俺も、染まったもんだよ。
 何に、って?
 もちろん――……悪いほうに。
「なんでも、この時期はプログラムが特別らしいよ」
「へぇー。やっぱり、7月だからですか?」
「だろうね。この前優人が見に来たらしいから、間違いないんじゃない?」
「……優くんが……?」
 は。
 ……しまっ……!
「珍しい……。優くんがプラネタリウムなんて……」
「あ、いや。ほら! なんか、最近目覚めたらしいよ? ヤツも」
「……優くんが、ですか?」
「ああ。なんでも、新しい彼女が星好きだとかって……言ってたかな」
 不思議そうな顔でまばたきされ、思わずパンフで口元を隠す。
 ……ヤバい。
 つい、口から出たいらないこと。
 まじまじと彼女に見られながらも視線が合わせられず、ついつい泳ぐ。
 ……こんなこと言ったって、絶対彼女は怪しがるに――……。
「そっか……そうですよね。彼女さんの好きな物なら、優くんもきっと来ますね」
「っ……だろ? そうそう。うん。アイツも彼女には優しいんだよ、きっと」
「ですね」
 にっこりと笑ってうなずいた彼女に、出てくる出てくる嘘偽りの生返事。
 ……ごめん。
 俺の言葉に疑いなど持たず信じてくれた彼女に、若干良心が痛む。
 あとで何か……埋め合わせしないと。
 って、後ろめたいことばかり考えてるみたいじゃないか。これじゃ。
 ……いや、だから。
 否定はできないけど。
「……あ」
 館内に響いたアナウンスと同時に落ちた照明で、彼女が小さく声を漏らした。
 これまでは薄い明かりで照らされていたが、ここから先は非常等も消えて本当の真っ暗。
 ……だからこそ、細かい星まで再現されるこのプラネタリウムは、たまらなくきれいに仕上がる。
「いよいよですね」
「だね。……楽しみ?」
「もちろんっ!」
 自然と小さくなった声でのやり取りは、いかにも『ヒミツ』めいていて好きだ。
 無論、相手が彼女であることに意義がある。
「……わぁ……!」
 スローテンポの音楽と、大人しめのアナウンス。
 そして――……頭上に現れた、幾つもの星たち。
 それらを見ながら、彼女が小さく声を上げた。
「すご……い」
「……へぇ。最近はずいぶん、機械の質がよくなったんだな」
「もぅ。先生!」
「あはは。ごめん」
 彼女とは違うほうに感心したら、やっぱり怒られた。
 しかし、俺の記憶に残っているプラネタリウムというヤツは、これほど鮮やかできれいな物ではなかったと思う。
 ……そこまでの違いを感じるほど、俺もこういう場所に来てなかったらしい。
「羽織ちゃんは、どの星が好き?」
「え? んー……。あ、オリオン座とか、好きですよ」
「……俺は星の名前を聞いたんだけど?」
「っ……ぅ」
 わずかな光で見える彼女に呟くと、眉を寄せてこちらを見上げた。
 ……まぁ、彼女らしい答えだとは思ったけど。
「まぁいいけど。で? どうしてオリオン座?」
「えっと……やっぱり、どこにいても見つけやすいから、かな」
「なるほどね」
 ちょうど、頭上に現れたオリオン座と星雲を見上げる彼女。
 ……ああ、そうそう。
「っ……せんせ……!」
「そんな慌てなくてもいいだろ? 別に、羽織ちゃんが期待するようなことはしないよ」
「き……期待なんて、してないもん……」
「どうかな……」
「もぅ!」
 隣の席へ身を乗り出して呟くと、ちょうど身体の真下になった彼女が、不服そうに眉を寄せた。
 ……さすがにこの暗さじゃわからないが、きっと頬が赤くなっているだろう。
 それ位、予想はつく。
「っわ!?」
「これだよ、これ。座席いっぱいまで倒すと、見やすいだろ?」
「……あ……。なるほど」
「プラネタリウムは、そーゆーもの」
「……知ってますよ?」
「ホントに? ……いきなり何されるのかと思ったって顔してたけど」
「っ……」
 身体を戻してから座り直すと、言葉に詰まったのがわかった。
 相変わらず、わかりやすいというか……ホント、素直なことで。
 くすくす笑ってから同じように自分も席を倒し、天頂を仰ぐ。
 やっぱり、この方がいろいろと好都合――……あ、いや、ほら。
 星を見るのには、って話だ。もちろん。
 誰に何か言われたわけでもないのに否定する自分が、いかにも『嘘』をついているようで、少しだけおかしかった。


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