「先生は?」
「ん?」
「先生は、なんの星が好きですか?」
「シリウス」
「……へぇ」
「知ってる? シリウスが、どこにあるか」
「え」
顔だけを彼女に向けて口角を上げると、一瞬瞳を丸くしてから天頂へ向き直った。
……あー、探してる探してる。
手に取るように彼女の行動の先が読め、思わず笑う。
「……あれですか?」
「どれ?」
「だから、あれですってば」
「……だから。どれ?」
彼女のほうへ頭をもたげて小さく笑うと、同じように彼女も笑った。
こういうやり取りは、悪くない。
むしろ、好きなほうだ。
――……が。
「シリウスは、あんな弱い光じゃないんだけど」
「……え……」
「あれだよ、あれ。ほら、あそこに1番明るいのがあるだろ?」
「……? どれですか?」
「……ったく。ほら、あれだってば。あの、オリオンの近くにあるヤツ」
「…………あっ」
彼女が示したのとは真逆の方向に輝いていたオリオンを指差すと、どうやらようやく気付いたようだった。
空でひときわ明るく自己を主張している星。
それが、シリウスだ。
その名前を冠ったものをあれこれと耳にするのも、それ故かもしれない。
「きれいな星……」
「でしょ」
「……でも、どうして先生はシリウスが好きなんですか?」
「ん?」
じぃっと見たまましばらく黙っていたら、彼女が先に口を開いた。
……来ると思った、質問。
だからこそ――……身体ごと彼女へと向き直ってみせる。
このほうが、都合がいいからだ。
俺がどうして、シリウスを好きなのか説明してやるために、も。
「シリウスが所属しているのは、おおいぬ座。……あれね」
「……あー」
ちょうど星座が図で説明されたので、どうやら彼女もすぐに見当が付いたらしい。
……これはこれは、好都合。
「ほかの誰よりも強く輝いて、俺を照らしてくれる」
「……え……」
シリウスを見たままだった彼女に呟くと、ようやく視線をこちらに戻した。
そんな彼女の頬に触れながら、ひとつずつ言葉を続けてやる。
「俺が、絶対に迷わないように。見紛うことがないように。……誰よりも、俺を導く」
瞳を合わせたまま続けると、彼女も逸らすことなく見つめ返した。
……思った通り。
彼女ならばこうしてくれると思ったからこそ、その通りになっている現在は素直に嬉しい。
「いつも明るく輝いてて、どこにいてもすぐに見つけられて。……だけど、その光の強さに似合わず、健気で……優しくて。でも、芯が強くて絶対に萎れない」
「……先生……」
「そういうモノだからね。――……シリウスは」
「……っ」
ゆっくりと手を頬から髪に移して顔を近づけると、瞳を丸くしてから唇を開いた。
……やっぱり。
こういう顔をするだろうと思ってやったのだが、案の定思った通りになった。
それで、つい笑ってしまいそうになる。
「っ……もう!」
「なんで怒ってるのかな? ……俺はずっと、シリウスについて話してたんだよ?」
「……し、知ってます!」
「じゃあ、なんでそんなに顔赤くしてるんだよ」
「っ……! してません!」
「どうかな」
顔が赤くなってるかどうかは、館内が真っ暗なため想像でしかないのだが、力いっぱい否定したあたり、もしかすると彼女自身は覚えがあるのかもしれない。
「あ、ほら。天の川だってさ」
「……うー……」
よっぽど機嫌を損ねたのか、肩を叩いてみたものの彼女の反応は芳しくなかった。
……仕方ないな。
「っ!」
「シリウスは、オリオンに従う犬なんだよ」
「……犬……?」
「そ。……俺に、似てるだろ? そういう忠実な部分は」
彼女の頬に手を当ててこちらを向かせ耳元で囁くと、すぐに彼女が手のひらを重ねてきた。
勇者オリオンと、忠実な従犬。
……そんな関係も悪くない。
「もぉ……」
「ほら。今日のメインなんだから、天の川を見なさい」
「……はぁい」
背もたれに身体を預けてから顔だけを彼女に向けると、小さく笑ってうなずいた。
せっかく、プログラムの半分は彼女が見たがっていた七夕だということを俺は知っているので、そうしてもらえると嬉しいワケで。
……とはいえ、優人情報だから微妙に間違ってる部分があるかもしれないけどな。
まぁいい。
アナウンスを聞きながらひときわ目立つ天の川を見ている彼女を横目だけで捉えると、小さく苦笑が漏れた。
「……今年も雨でしたね」
やけに寂しそうな声で彼女を見ると、空を見上げたままでいた。
……ふむ。
「雨が降ったら、ふたりが会えない?」
「……です」
こちらの問いでようやく顔を向けた彼女を見て、疑問が確信に変わる。
……てっきり知ってるもんだと思ったんだけど。
このことを知ってるのは、俺が七夕祭りで有名な市が地元だから……ってワケじゃないと思うんだが、まぁいい。
「雨が降っても、ふたりは会えるんだよ?」
「え? そうなんですか?」
「うん。カササギが橋渡ししてくれるからね」
「……カササギ……」
「っていう名前の、鳥」
「へぇー。……そうなんですか」
一瞬瞳を丸くしたあとに見せた、安堵の表情。
……それは、やはり彼女らしいと思えた。
「よかった……。ちゃんと会えるんだ」
彼女のこういう部分は、見習っておいてもちろん損はないだろう。
むしろ、好感が持てるし――……何よりも、素直な人だと思えるから。
「っ……え……?」
微笑んだまま天の川を見つめている彼女の肩に手を伸ばし、そっと身体を近づける。
ちょうどよく七夕伝説の映像が流れ始めたので、この際……利用できるものは最大限使わせてもらう。
……今なら、きっと拒まないはず。
いや。
彼女の場合、これといって拒否られたことはこれまでもなかったが。
「もし、1年に1度しか会えなかったら……どうする?」
「……え……?」
「いつもは遠く離れてて、1年に1度。七夕の日にしか会うことができなかったら」
「……先生と……ですか?」
「うん」
彼女はなんと答えてくれるだろう。
ベタな質問だが、やはり聞いてみたくなる。
もしかしたら、まさに『現代の織姫彦星』のような人々も世の中にはいるだろう。
1年に何度か限られたときにしか、最愛の相手と会えない人たちが。
……もし、俺がそうだったら。
幾らあがいても、がんばっても……どうしようもない人生を歩んでいたら。
「…………」
――……それでも。
それでも俺は、なんとか会う術を探すんじゃないだろうか。
たとえ、それが無駄だと人に言われようとも。
抗ってみなければ、結果が変わるかどうかはわからないから。
「……気持ち押し留めたまま、近い距離の人間で妥協する?」
「っ……まさか!」
ずっと黙り込んだままだった彼女に囁くと、慌てたように首を振ってから――……それなりの声で否定した。
「……あ……」
「声、大きすぎ」
「だ、だって……! 先生が、あんなふうに言うから……」
つい出てしまう笑いを抑えながら呟くと、バツが悪そうに彼女が俯いた。
……まさか、これほどまでに否定してくれるとはね。
それもやはり彼女らしくて、嬉しいというのが正直な気持ちだった。
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