長い長い夢を見ていたような気もする。
……あ、いや。
実際に、長い長い……それはもう先がないんじゃないかというくらいに長い夢を見てたワケだが。
でも、それはこうして今、実際に目覚めた状態だから言えることで。
……これは現実だよな? ホントに。
「…………」
よく、夢かどうかを確かめるために頬をつねるという定番があるが、実際にやってみると……酷く滑稽なのはどうしてだろうか。
……馬鹿だ。
こんなところ、誰かに見られでもしたら立ち直れないほど散々に言われるに違いない。
「…………」
……と、まぁ、そんなことはどうでもよくて。
今はただ、目の前で相変わらずかわいく無防備に眠っている彼女が重要なんだから。
「……ぅ……」
起こしてしまわないように彼女へ向き直り、腕を回してから身体の下へ収める。
……安らかに息をして、それはそれは……素直なままの彼女。
…………ホンモノ……だよな?
あの、昨日まで俺の隣にいてくれた彼女と。
…………。
……はー。
情けなくも、どうやらいまだにあの彼女のことを引きずっているらしい。
目の前の彼女は、本物に違いないのに。
それなのに、まだ……どこかで不安に思っている。
……情けねぇ。
心底、カッコ悪いというか、小心者というか。
「……ん……」
軽く身をよじって小さく声を漏らした彼女の頬を撫でると、自然に笑みが漏れた。
……どっちでもいいか。
もしも今この目の前に居る彼女が、これまでの彼女と違ったとしても。
それでも、こうして幸せそうな顔を見せてくれるのであれば――……騙されるのも悪くない。
「…………」
髪を撫でつけるようにしてから、軽く頬へ口づける。
このとき見せてくれた穏やかな笑みは、きっと、間違いなく確かなものだから。
そう思い、早速彼女の唇をそっと指でなぞってみた。
柔らかい感触は、夢の中の彼女と同じ。
……そして、昨日までの彼女とも当然同じ。
「ッ……!?」
などと悠長になぞっていたら、いきなり……食われた。
ちょ……っちょっと待て!
慌てて指を抜き取って、少し距離をはかる。
……こ……これは危ないかもしれない。
つーか、絶対起きてる。
間違いない。
「…………」
ばくばくと高鳴ったままの鼓動で彼女を見ていると、あむあむと口を動かしてから……やがて静かになった。
……食ったな、完全に。
しかも、ちょっと満足げな顔だし。
…………面白いな、この子は。
思わず笑いそうになりながら口元に手を当てると、きゅっと唇を結んだ彼女が、再び薄っすらと開いた。
「……おいし」
いったいどんな夢を見てるんだ。
寝ているときにあれこれ身に起きたことが夢に出るとは言うが、じゃあ、何か?
今の俺の行為も、彼女の夢に影響してるってことか?
そう考えると――……余計いろいろしたくなるじゃないか。
……しかし、今のは面白かったな。
ここはひとつ、いったい何を食べたのか彼女に直接聞いてみることにしよう。
「ウマかった?」
「……おいしかった……」
「あ、そう。で? 何食べたの?」
「……はちみつ」
「…………はちみつ……?」
「おいし……ぃ」
あー。ダメだ。
おかしい。
つーか、なんではちみつなんだ?
それがものすごく疑問なんだが、まぁ……いいや。
でも、昔から寝言に話しかけるとよくないって言うよな。
なんでも、話しかけられた人が疲れるだとか、精神バランスが崩れるとか……。
うーん。
「……えへへ」
…………かわいいなおい。
半うつ伏せ状態で寝ている彼女を見ていたら、それはそれは幸せそうな顔を見せた。
こーゆー顔されると、やっぱ、手を出しにくい。
寝言を聞いて遊ぶのは結構楽しいが、まぁ、やめておこう。
そういや、昔友人らの寝言で遊んだ記憶があったが……。
もしかしたら、そのせいで今アイツらがあんなふうになってしまったのかもしれない。
……ちょっと反省。
というわけで、寝言で構うのはやめることにして、今度は違う方法で彼女を確かめることにしよう。
ほら、いくら目の前の彼女が本物だとわかりきっていても、それでもやっぱり……気になるし。
何がってもちろん、『無意識のときにどんな反応を見せてくれるのか』、だ。
もしも俺がいつも見ている彼女が、演じられているものだとしても。
それでも、寝てるときなんて無意識なんだから、演技なんてできないだろうし。
「…………」
そう考えて、とりあえずパジャマのボタンを上からふたつまで外してみることにした。
すぐに目に入ってきたのは、相変わらずのキメ細かい、肌。
その、ちょうど鎖骨あたりを指先で触れると、わずかながらも彼女が反応を見せた。
「……ん……」
昨日までの彼女と、まったく同じ反応。
次に――……耳あたりはどうだろか。
彼女は、耳が弱い。
ついでに言うと、うなじも弱い。
……となれば、この先どうするかなんて決まってる。
先ほど耳に髪をかけたお陰で、ばっちりと姿を見せてくれている彼女の耳。
その耳たぶをなぞって、内耳のそばを……人差し指でなぞってやる。
「……んぅ……」
すると、わずかに声を漏らして姿勢を変えた。
どうやら眠っていてもその場所は相変わらず弱いらしい。
「っ……ぅ」
身体をくの字に曲げてくれたお陰で、さらに手を出しやすい状況になった彼女。
……もちろん、俺がそんな彼女を見逃すはずもなく。
「っぁ……ん……」
耳たぶを含むように唇を寄せた途端、わずかながらも彼女らしい反応を見せた。
どうやら、眠ったままでも反応はしてくれるようだ。
――……そう考えた途端、口角が上がる。
そう。
夢の中で彼女がしていたような、あの、いたずらっぽい笑みだ。
今ここにある状況が夢じゃないとは言い切れない。
もしかしたら、先ほどまでのがホンモノで、これが夢なのかもしれない。
それを確かめることは……必要だよな?
検証作業、ってやつは。
「…………ふ」
まだ起きそうにない彼女を見ながら、ついつい笑みは漏れるというもの。
それじゃ、早速。
この彼女がホンモノの彼女だということを証明してもらおうじゃないか。
無論、彼女自身によって。
……しっかりと、な。
再び深い眠りに入ったらしき彼女を見ながら、そんなことが思い浮かんだ。
代償は、自分自身で払ってもらう。
それが、この世のルールってモンだろ?
我ながら妙案を思いついたもんだ。
今日という日の朝。
……というより、今日という土曜日は、どうやら1日長く楽しいものになりそうだな。
玉響、なんかじゃなくてな。
漏れた笑みをそのままに、俺は再び彼女へと手を伸ばした。
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