「……しかし混んでるな」
 早めに行動したことで渋滞に巻き込まれないだろうと勝手に考えていたのが、どうやら甘かったらしい。
 まぁたしかに、この道は平日だろうと常に混んでるからな。
 仕方ないといえば仕方ないんだが……若干疲れが身体に残っているからか、この時間の渋滞は正直しんどい。
 さっきから、ずっと見ている真っ赤なテールランプ。
 しかも、前の車がやたらとブレーキを踏むせいか、そろそろ限界。
 イラッとすることが多くて、つい眉間に皺が寄る。
 自分がなるべくブレーキを踏まずになんとかしたい人間なせいか、常にブレーキべったり踏んでんのか? って車の後ろについたときほど、最悪なことはない。
 1度気になってしまったら、アウト。
 そこからはもう、ずーっと同じことばかりで、ほかの方向には考えられない。
「瑞穂も疲れたろ?」
 いっこうに進まない車列を眺めながらふと隣を見ると、テールランプの赤い光に照らされた彼女が小さく笑った。
「ちょっとだけ」
「寝ててもいいぞ。着いたら起こすから」
「あ、いえ。それは……」
「ほら。別に、俺は助手席で寝られると嫌だとかってタイプじゃねーから、気にすんな」
 よく、運転中に寝られると自分だけ頑張ってるのに、ふざけんな! と言うヤツがいる。
 俺の知り合いにもいるが、ぶっちゃけ、俺はなんとも思わないからその気持ちがよくわからない。
 運転すること自体が嫌いじゃないし、ほかの人間が全員寝てようと、別に。
 車を出すと決めた時点でそうなることは予想できるし、考慮したうえで引き受けるわけだし。
 ……ってのが、俺の理屈。
 以前、助手席で盛大に寝ていたら、泣きそうな勢いで『俺をひとりにすんなよ!』と怒り出した友人の顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
 まぁ、そんな理屈通じないヤツのほうが多いんだろうが。
「……ちょっと休憩してくか」
「あ、はい」
 少し先に見えた青信号の隣に、見慣れたコンビニの看板を発見。
 車線をまたぐことになるが、まぁ、この際どうでもいいか。信号あるし。
 ギアを入れ直してアクセルを踏み込み、ぐっと加速して右折。
 対向車がまったく来ないのに、こっちの車線だけずーーーっと、それこそあと何キロ渋滞してんだ? ってくらいの車列が目に入り、げんなりする。
 まぁ、どうしてもほかに道がないからこうなるんだろうけどな。
 海沿いを通るのが、最短ルートだし。
「………………」
 最短ルート。
 ふと、その言葉がひっかかった。
 それは――そう。
 テーマパーク内で聞いた、瑞穂の言葉。

 最短ルートじゃなくて、あちこちいろんな場所を通っていくほうが、楽しいじゃないですか。

「……まったくだな」
「え?」
「いや。ちょっと遠回りして帰るかな、と思って」
 コンビニの駐車場に入ったものの、そのままスルー。
 まったく車のない右折ルートを選択し、ギアを変える。
 そのとき、瑞穂が楽しげに微笑んでくれたのが見え、思わずこっちも笑みが浮かぶ。
「いいですね」
「お前ならそう言ってくれると思った」
 だから選んだんだ。
 きっと、根底は俺と似てるから。
 極端な考え方が似てるのは小枝ちゃんだから、あっちとはそりが合わないんだけどな。
 どっちも協調性がない上に、アクも強い。
「…………」
 本当は、まっすぐこのルートで帰ってもいい。
 だが、折角の遠回りならば、もっと違う意味の“遠回り”でもいいよな。
 ふと、左前方に見えてきた夜空に映える鮮やかなネオンと、建物自体を浮かび上がらせているオレンジの光。
 存在感をやけに放つ建物が目に入ってしまったから、目的地が即座に変更された。

 少し休憩するか。

 心の中でそんな言葉をひとりごちると、うっかり表情には変化が漏れた。


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