「わぁ……! 大きいですね」
 天井は、はるか頭上に小さくある四角のスペースらしい。
 って、どんだけたけーんだよ。
 思わずそう言ってしまいそうになるが、実はどうやら“トリック”のひとつらしい。
 俺は気づかなかったんだが、瑞穂が錯視だと気づいたようで、こっそり教えてくれた。
 天井はたしかにあの小さな四角しかない。
 だが、周りの壁が歪曲したり斜めになっていたりと、いろんな方法をとられているそうで、かなり色合いの影響もある、と説明してくれた。
 俺ひとりだったら、『すげー』で終わっていただろうな。
 瑞穂といると、わかる面白さがある。
 今入っているのは、“トリック・ハウス”という名のとおり、いろいろな仕掛けが施されているらしいアトラクション。
 入り口で選べるキャンディかガムを食べてから入るのだが、どうやらその影響で今の俺たちは3センチ程度の大きさになっている――という設定。
 だが、実際アトラクションに入ってみて驚いた。
 子どもが見た世界よりも、はるかに低い位置から見あげているかのような光景の広がり方に、俺たちだけでなく『すごい』という声があちらこちらからあがっている。
「っ……すごい」
「デカいな」
「これは、錯覚とかじゃないですね」
「たしかに」
 小さな木の扉をくぐった次の瞬間、目の前にはやたら太い丸太のようなモノが立ちはだかった。
 が、首を曲げて見あげるとどうやら椅子とテーブルのセットのようで。
 あまりの迫力に、ごくりと喉が鳴る。
「アリが見た世界は、こんなサイズなんでしょうね」
「あー、かもしれないな」
 子どものころは、もしかしたらずっとこんな景色の中で暮らしていたのかもしれない。
 だが、それはとうに昔の話。
 まったく記憶に残っていないから、比較することはできない。
 だからこそ、こういう感覚をこの年で得るってのはなかなか新鮮だな。
 半分以上、自分が“面白い”と思っていることがわかり、思わず苦笑が漏れる。
「…………」
 なんの気なしに隣を見ると、そこにはアリスの格好をした彼女がいて。
 こんなとき、思い出さなくてもいいことを思い出すってのは、俺のクセみたいなモノなのかもしれない。
 というのは、不思議の国のアリスの著者、ルイス・キャロルのこと。
 詳しく覚えちゃいないが、たしか彼がこの話を書くキッカケになったのは、幼い女の子へ抱いてしまった恋心がどうのとかってことだったような。
 さて現在。
 俺の彼女は、ひとまわり年下の23歳で。
 ……や、正確には11月が誕生日だから、まだ22歳なんだが――って、そしたら“今”は13歳差ってことか!
 うわ、すっげー犯罪くさい。
 まぁ、でもそうだよな。
 改めて考えてしまうと、やはり犯罪以外の何物でもないような気になってくるから、ヤバい。
「壮士さん?」
「っ……!」
 まじまじ見つめていたら、くるんっと振り返った彼女が目の前で首を傾げた。
 柔らかい髪が動きを見せる。
 ……そう。
 俺は、知ってる。
 この髪の柔らかさも……いや、髪だけじゃなくて、彼女をつくりあげているすべてのモノが柔らかいことを。
「っ……あ」
 うっかり頬へ手が伸びそうになり、慌てて方向転換とばかりに彼女の肩を引き寄せる。
 今、頬へ触れたら間違いなくキスするだろ。
 ……どんだけだ、俺は。
 公衆の面前、だぞ。

 壮士、少しは周りの状況も確かめたほうがいいよ。

「…………」
 今、頭の中でにこりと鷹兄が笑ったのは気のせいだと思いたい。
 あー。
 まさか、こんなテーマパークで鷹兄と会うとは思いもしなかったぜ。
 俺と彼とが、もっとも敬遠しそうな場所なのに。
 ……いや、それは俺だけか。
 でも、昔は鷹兄もそんなことを言っていたような……。
「壮士さん?」
「あ? ……あ。いや、なんでもない」
 俺を見上げる瑞穂の声で我に返り、首を振る。
 まぁいいか。
 どんな理由であれ、今、俺の隣には普段からは想像もできないような格好をしている瑞穂がいるワケで。
 ……ってまぁ、それは俺もそうなんだけどな。
 まさか、こんな耳をつけるハメになるとは思わなかった。
「……あ」
「ん?」
 ふわふわとしたやたら柔らかい感触の耳を外すと、今までカチューシャのようなモノで押さえつけられていたせいか、頭が鈍く痛んだ。
 だが、瑞穂はというとそんな俺を見て少しだけ目を丸くする。
「どうした?」
「あ、いえ。その……なんだか、そうして耳をつけていないと、普通にカッコイイなぁと思って」
「…………」
「…………」
「………………」
「……? 壮士さん?」
 首をかしげ、少しだけ不安そうに俺を見た彼女を見ること3秒。
 はーー、とため息が盛大に漏れ、同時に彼女の肩へ回していた腕に力がこもる。
「あんま、そーゆーかわいいことを真顔で言うな」
 しかも、サラリと。
 職業柄どうのってワケじゃないだろ? それは。
 性格とかってヤツなんだろうが……俺は慣れてない。
 にっこり笑って、柔らかい眼差しで見られることが。

 好き、という感情から表出する表情。

 まさにソレ。
 今の瑞穂の顔は、俺を好きでいてくれるからこその表情だった。
 目が違うんだよな、なんつーか。
 うぬぼれじゃない。これは、絶対。
 だからまぁ、俺だって彼女へ放つプラスに作用してほしい言葉は、間違いなく今の瑞穂以上に感情ダダ漏れなんだが。
「……どうしてやろうか」
 抱き寄せると、甘い香りがふわりと漂う。
 それは、髪の匂いか、それとも彼女自身の香りか。
 まぁ、どちらでもいい。
 どれもすべては、俺の占有物。


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