「しかし、迫力あったな」
「ほんとですね。あんなに大きなきのこ、初めて見ました」
「まぁそうだろうな。俺もだ」
 トリックハウスを抜ければ、ようやくそこは当たり前のサイズの光景が広がる“通常”。
 やたらデカい椅子や机、さらには花や毒々しいぐらい鮮やかなきのこなどを見あげる“非日常”もまぁ面白いといえば面白いが、それはあくまでもたまにだからイイわけで。
 あんなモンがずーっとこの先も続くなんてことになったら、正直気が滅入る。
 『ああ、楽しかった』で済む程度が、やっぱり一番なんだな。
「ん?」
 瑞穂の肩から腕へと手のひらを滑らせ、握ろうとす……ると、どうやら何かを持っていたらしく、肘が曲げられていた。
「へぇ。用意イイな」
 彼女が持っていたのは、手のひら大のハンドブック。
 そこにはこのテーマパークの名前が記載されており、彼女が開いていたページには、いくつもアトラクションが載っていた。
 が、今見ているページには、これまたしっかりとピンクの付箋がついていて。
 付箋、ね。
 教員がやりそうなこった。
 貼られているのは、短冊のように細長いタイプ。
 それが、教頭先生のチェック返しのあとの自分の報告書のようで、苦笑が浮かぶ。
「実はこれ、小枝さんが貸してくれたんです」
「小枝ちゃんが?」
 …………ははーん。
 もしかして、小枝ちゃんって実はここに来たことあるんじゃねーの?
 そんで、このコスプレがどうのってのも全部知ってて、それで面白がって俺たちにチケットをよこした……あー、なるほどね。
 それなら、全部ばっちり合うぜ。
 今度、つついてみるか。
 手土産と一緒に。
「で? そこに入りたい、と」
「っ、えっと……」
 ハンドブックに載っているアトラクションと同じ物を見つけ、指差してやる。
 すると、きょろきょろと何かを探しているようだった彼女が、俺の反応を伺うように顔を見上げた。
 そこにあったのは、これまたずいぶんとかわいい色合いのアトラクションで。

 “鏡の国 恋人たちの愛を確かめる場所”

 そんなキャッチコピーがちらりと見え、思わず口を閉じる。
 ……恋人たちの、愛を確かめる場所って、なぁ。
 そーゆーのは、こういう場所じゃなくて、人目につかない場所じゃないのか? なんて一瞬考えてしまった俺は、どうやら瑞穂には相当お似合いじゃない人間だと思う。
 ソッチのことが頭に浮かぶのは、まぁ、男としたら当たり前の行為なんだろうと、一応の正当化はするけどな。
「入りたいんだろ?」
「……でも」
「でも、じゃなくて。俺はぶっちゃけ、別に『これがいい』とかってのはねーし、瑞穂が主導してくれりゃ、それで十分」
 彼女の髪を撫でてから、そのまま腕を伝って手のひらを握る。
 どこもかしこも、心地いい。
 自然と笑みが浮かび、そんな俺を見た彼女も、ようやく笑みでこたえた。
「じゃあ、入り……ましょう?」
「ああ。いいぜ」
 入ってもいいですか? と聞かなかったあたり、進歩だな。
 少し前の瑞穂だったら、きっとそう聞いていた。
 で、俺に『そうじゃねーだろ?』と訂正を求められていたに違いない。
 こうして一緒にいるようになったことで、多少なりとも彼女にとってプラスの影響が出るのが心底嬉しいと思う。
 ただ、それが性格の問題なのか、はたまた教師特有の“成長がみえる喜び”なのかどうかは、わからない。
「……ん?」
 入り口とおぼしきデカい看板に向かって歩き始めると、すぐ目の前を、緑色のシルクハットとピンクのふわふわうさぎ耳が横切った。
 見たことのあるシルエット。
 つーか、間違いなくさっき会ったばかりの人間。
「あれ、鷹兄?」
 その声で振り返ったのは、やっぱり鷹兄だった。
 もちろん、彼女である岩永さんも同じく振り返り、俺を見てすぐ隣にいる瑞穂へと笑いかける。
「壮士たちも、このアトラクション?」
「も、ってことは、鷹兄たちもか……」
「そうだね。駄目かな?」
「駄目じゃないから、そんな目で俺を見ないでください……」
「ん、何か言ったかな、壮士」
「なんでもねっす」
 にこり。
 いつもいつも、どうして鷹兄は俺をそんな目で見るかね。
 そんな強制力のある笑みを向けられたら、悪いことも、いいことも、全部含めて頷いてしまいそうになる。
 いや、実際幼いころはずっとそうだった気が。
 もちろん、彼を信じているからこその従順だったんだが。
「……しかしまぁ、初対面でこんだけ仲良くなれるってのは、俺たちがハトコだからってのも関係あんのかね」
「さぁ。それはどうかな」
「ん?」
「いや、なんでも」
 にこにこと笑いながら話しているふたりを見ていたのだが、鷹兄の意味深なセリフについそちらへ視線が戻った。
 ……って、またこっちはこっちで、にっこりか。
 その笑顔は、すべてを包み隠しながらも“察せ”と言われているような気になるのだが。
「さて。それじゃ、お先に」
「ああ、了解」
 ひとまず、話し終えたらしい彼女ふたりが戻ってきたところで、鷹兄が先に軽く帽子のつばに手を当てた。
 そういう紳士っぽいというか、キザっぽいというか、そういう仕草は俺にはできない。
 あの、にっこりとした笑みも、しかり。
 ハトコだってのに、なんでこうも違うかね。
「…………」
「? どうしたんですか?」
「いや?」
 ふと瑞穂を見てみると、特に鷹兄を見てにこにこしている様子もなく、いつもと同じような顔をしている。
 気にしすぎ、か。
 ……まぁ、そうだよな。
 そうであってほしいなんて、きっと思わないよな。
 お前なら、きっと――とは思うものの若干不安になるってのは、自信のなさの表れか。
「…………」
 13歳の年の差。
 俺のほうが彼女よりもずっと年上で、いろいろと背負いすぎていて。
 笑うことも、そんなにうまくない。
 きっと、そこまで優しくない。
 ……いや、そこまでどころか、鷹兄よりの10分の1くらいなんだろうな。
 ヘタしたら、もっと下か。
 わかってるんだから、意識して改善していけばいいだろうに、それができないのは俺が不器用だからか。
 それとも、頑固だからか。
 あー。自己嫌悪。
 きっと、瑞穂だって鷹兄みたいに優しく笑ってさりげなくエスコートしてくれる男のほうが、嬉しいだろうに。
 目の前で、颯爽と岩永さんの手を握ってエスコートしていく鷹兄の後ろ姿を見ながら、瑞穂が口にした“王子”という言葉は、あながち間違いじゃないんだなと思った。
 王子様、ね。
 いつの時代も、そういうヤツを女性陣は求めているのかもしれないが、俺には無理。
 だからこそ、もしかしたら瑞穂もやっぱりそういうタイプのほうが好きなんじゃないかとか、いつか『壮士さんがそんな人だと思いませんでした』とか言われるんじゃないかと思うと、不安になる。
 ちっせーな、俺は。
 ひとまわりも年上のクセに、ハナで笑われてもしかたない。
 どんだけ経験ねーんだよ、って。
 お前が揺らいでどうする、って。
 ……あー。
 鷹兄に聞かれたら、まんまそのセリフ返されそうだ。
「壮士さん?」
「ん? あ、いや。入ろうぜ」
 まばたきを見せた瑞穂に首を振り、反射的に笑みを浮かべるものの、つい視線が逸れた。
 逃げんなよ、だせーな。
 ぎこちない笑みしか浮かべられない、自分。
 余裕がなく、情けなさしか感じない小ささ。
 どうやら、成長してないのはやっぱり俺だけのようだ。


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