学校から戻ると待機していたメイドのおねえさん達に掴まえられて、手際よく着替えさせられたり、メイクされたり、とにかくされるがままにおめかしをしてもらった。

雅都と一緒に暮らすようになって、人に着替えさせられる、人にメイクをしてもらう、という行為に大分慣れてきたが、見慣れないメイドさんをみると少しだけ気恥ずかしい。

 

「…なにがあるんでしょうか…?」

 

こっそりと、雅都がいないときに相談にのってもらったりするメイド主任の高本さんにメイクしてもらうついでに聞いてみた。

高本さんはにっこり笑いながら、メイクの仕上げとばかりに手の甲に乗せていた赤みのある口紅を小指で掬いながら、嬉しそうに私の唇に紅を差していった。

 

「な・い・しょ」

「え、たか───」

「こら、動かない」

「…んん」

 

手際よく口紅を塗られ、ヘアセットも終わり、高本さんが満足げに私を見下ろしたのを合図に、メイドさん達はきゃぁきゃぁ言いながら「可愛い!」と口々に言っていた。

 

「え、え!?」

「これぞ、高本さまが編み出した小悪魔メイク!」

 

自慢げに胸を張った高本さんに、メイドさん達から口々に「私もやってください!」などの言葉がかけられる。なにが起こったのか解らない私は、ただただ呆気にとられていた。

今すぐにでも高本さんのメイク講習が始まらんばかりの雰囲気に、水を差したのは二回ほどしたノック音。

高本さんが返事をしにドアまで駆け寄ると、聞き慣れた声がした。

 

「───……女って、怖ぇ…」

 

ぽつり呟いたのは、何を隠そう雅都の仕事のパートナーである暁稔さん。

 

「…え? 私、怖いんですか…?」

「あ、いや、そういう意味じゃなくてね?」

 

びっしりとダークグレーのスーツを着こなしてこちらに歩いてくる暁さんが、嬉しそうに私を見ていた。

 

「…俺のオーダー通りに仕込んでくれたようだな、高本女史」

「はい」

 

口角を上げながら、高本さんに労いの言葉をかけた暁さんに対して、高本さんも同じような笑顔を返した。

私は内心、「これから起こることはきっと良くないことだ」と確信した。

こう言うときに見せる暁さんの笑顔は、なにを考えてるか解らないからだ。

 

「…えー…と、じゃぁ私はこれで」

 

「待てぃ」

 

「ひっ」

 

暁さんと高本さん、二人の声が恐ろしいぐらいにはもった。

 

「誰が行って良いと言いました? 尋未お嬢様」

「そうそう。これから楽しーい、ところに連れていってやるから!」

 

辞退します。

と、面と向かってこの二人に言えれば良かったものの、結局、私はにこやかに、かつ、なにかしら考えている高本さんの怖い笑みに見送られて、暁さんの車に乗せられた。

 

 

Masato−雅都−

 

 

向かった先は、青一色の世界。───「Mistic Blue」。

大まかに暁さんから車の中では聞いたし、結構前に雅都からも「ホストクラブなんか、やってみたい」と言っていたのを聞いていたので、そんなに驚くことはなかった。

驚くことはなかったが、凄い。

なにが凄いって、人選だ。

以前、クリスマスパーティで一緒になった祐恭先生もいれば、純也先生だっている。地方公務員がアルバイトしちゃいけないって法律があったはずだけど、雅都の手にかかればなんとかなってしまうんだろうか?

それに、モデルさんまでいらっしゃる…。凄い。

 

とりあえず、私は暁さんエスコートの元、祐恭先生と楽しそうに話し込んでいる雅都のいるバックヤードへ。

一大企業のトップを牛耳ってる雅都の隣りに並ぶには、それ相応の「女」にならなければならない。耳にたこが出きるぐらい、私の教養の教育係でもある高本さんに常に言われていたことだった。

背筋を伸ばして、腰を入れる、それから前を見据えてほんの少しにこやかに。

履き慣れてないヒール、と言えども私の戦闘服。公共の場であろうがなかろうが、雅都の隣りに立つためには泣き言なんか言ってられなかった。

 

「よ」

 

それとなく、会話のタイミングを見計らって二人に声をかけた暁さん。

同時にこちらに振り向く祐恭先生と、雅都。

二人とも手にグラスを持ちながら、────凝固してしまった。

 

「……」

「……」

 

私はと言うと、二人が同じ顔をしてこちらを見つめているので、少々自分の出で立ちに不安を感じながらも、ワンピースを少し持ち上げて軽く会釈。

すると、二人の内、祐恭先生が先に動いた。

 

「…尋未…、ちゃん?」

 

戸惑うような発言に、とりあえず「はい」と笑って答えた。

すると、暁さんが待ってましたと言わんばかりの勢いで、祐恭先生の肩を抱くように満面の笑みを称えた。

 

「……祐恭くん、どう? こういうの」

「な、なにがですか!?」

「だから、綺麗になった自分の彼女、見たくない?」

「え、ええ!?」

「またまたー、…羽織ちゃん、磨けばすっごい綺麗になるぞ」

「……いや、それはまぁ…否定はしませんが」

 

コホン、と照れ隠しのために一つ咳払いをした祐恭先生に、尚もつつく暁さん。

 

「…ほぉ。それはそれは…」

「ちょ、稔さん、一体なに企んでるんすか!?」

「いぃーやぁ? 別にぃ?」

「いや、絶対にそれはなにか企んでる顔です…!」

 

まるでなにかに怯えるような表情をした祐恭先生の反応を、明らかに楽しんでいる様子で、暁さんは耳元にそっと唇を寄せた。

 

「……なに、祐恭くんも学校終わった後なのにこうして純也くんと一緒に、俺達の事業手伝ってくれてるだろ? だから、ほんのすこーしプレゼントを、と思って…」

「ええ!?」

「だいじょーぶ。確実に祐恭くんが喜ぶプレゼントだから」

 

と、祐恭先生の言葉を最後まで聞かずに、彼の背中を軽く一回叩いてから、「雅都、お届け物だから、好きなようにして良いぞー」と一言残してその場を去っていった。

残された祐恭先生は、まだ固まってる雅都と、くすくす笑ってる私を交互に見て、

 

「馬に蹴られるの嫌だから」

 

とか言って、最後に「またね」と付け足し、その場を後に。

その笑顔の作り方が、暁さんに似てきてるな、なんて密かに思いながら、私はゆっくりと雅都の方を見つめる。

 

「…雅都…?」

 

二人の距離、大幅二歩。

すぐそこにいるのに、まだ彼の声を聞いてない。まだ、彼に触れてない。

髪の毛をいつも以上にセットして、いつもと違うスーツの着こなし方をして、嗅ぎ慣れない香水を付けてる。

きゅん、と締め付けられるように、「いつも」と違う雅都の雰囲気に酔いしれていた。

しかし、慌ただしいバックヤードで二人が向かい合っているという構図は喜ばしくない。周りに迷惑かける前に雅都の手を取り、暁さんから「雅都に会ったら、言ってみな?」と言われた一言を思い出した。

 

「───音羽雅都さん、ご指名…、です」

 

下から見上げながら雅都に言うと、ようやっと解凍を始めた。



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