ツキアカリ。

あの後、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。何時間もはぐれたままだった沙都を親戚中で心配して探していたようだったが、泣きはらした目の沙都を見て、誰も責める者はいなかった。


次の日、沙都はもう一度あの小川に向かった。しかし、そこには壱の姿はなくて・・・それでも体に残る壱の体温が、彼の存在は現実だと主張して、ますます会いたい気持ちが募ってしまう。

堪りかねた沙都は、彼のことを従兄弟に尋ねた。
壱、という男の子のこと。
3年ほど前に隣町から引っ越してきて、家族はいなかったこと。
高校には行かず、町外れに住む染色家の家に、一人で居候していたこと。
腕を認められ海外へ渡るその染色家と、壱も一緒に付いてゆくらしいこと―――。

従兄弟に教えられ、一人、町外れのその庵に向かった。たどり着いたそこは、もう人の気配はまるでなく、長い間使われていないような雰囲気さえ醸し出していた。
(あの言葉も・・・嘘だったのかな)
いつか、また会えると。そう言ったあの最後の言葉は嘘だったんだろうか?泣いていた私を慰めるためだけの・・・。

(・・・?)
ふと、庵の戸口に、紺色の何かが風にはためいているのが見えた。不思議に思って近付いてみると、それは紺地に、赤い花が染め抜かれた布だった。
(―――っ!)
その布を握り締めて、沙都はその場に座り込んだ。後から後から流れ出てくる涙を、止めることもできない。

きっと・・・また会えるよね・・・。

手のひらの中には、壱の確かな思い。
沙都は、その思いをしっかりと握り締めた―――。





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「暑いなあ・・・」
手に持ったうちわをパタパタと扇ぎながら、沙都は人ごみとは反対の方向に、ひとり歩いていた。紺地に赤い花が散りばめられた浴衣はいかにも夏祭りの装いなのに、側には連れ立って歩く人もいない。

あれから・・・4年の月日が流れて、沙都は大学を卒業し、社会人になった。あれから興味を持つようになった染色のおかげで、出版社で工芸品を扱う雑誌に関わっている。少し前に、その雑誌を飾った記事・・・壱が、海外で大きな賞をもらったというものだった。いきなりの知らせに沙都は息がつまる思いがした。壱の成功を喜ぶ反面、彼がますます遠い人になってしまったように感じたからだ。
(もう、私のことなんて覚えてないかも・・・)
それでも沙都は、あの場所へ行くことをやめられなかった。もうずっと、毎年のように訪れている場所。手の中には、いつか壱がくれた紺色の布。いつか会えると言ってくれた彼の気持ちを、信じたかった。

いつものように、ひとり、小川のほとりに腰掛ける。素足を濡らしていく、変わらない水の冷たさが心地良い。

ガサッ・・・

背後で、物音がした。振り向いて音のしたほうに目を凝らしても、何も見えない。
「・・・誰か、いるの?」
4年前とは、まったく違う気持ちで問い掛ける。
―――まさか。いるはずがない。

不意に、沙都を4年前に戻ったような感覚が襲った。あの時と同じ場所、同じ静けさ。見つめる先には、音を立てて揺れる枝葉。

「まーた・・・道に迷ったんか?」
そんな声とともに現れたのは、ずっとずっと会いたかった人の姿だった。
「い・・・ち」
震える体で立ち上がると、微かにバランスを崩して、よろけてしまう。
「きゃ・・・」
「こんな、きれいになったくせに・・・頼りないところは、変わってへんなあ」
呆れたように笑う壱に、抱きとめられる。心なしか逞しくなった腕が違う人のようで、沙都は戸惑ってしまう。

ふと、沙都を抱きしめる壱の腕に力がこもった。
「壱・・・?」
沙都が不思議そうに声をかける。
「ずっと、会いたかった・・・」

耳元でそう囁く壱の声に、沙都はようやく、壱の存在を実感し始めていた。変わらない声。変わらない手のひら。変わらない、体温。
「・・・好きや」
ずっと、聞きたかったその言葉に、沙都は涙が溢れてくるのを感じた。
「やっと・・・ちゃんと言ってくれた」
嬉しそうに笑う沙都の頬を伝う涙を、壱の唇が慰めるように拭ってゆく。
「もう・・・離れへんから」
腕の中には、確かな温もり。ずっと求めていた人を、壱はもう一度しっかりと抱きしめた。



空には、雲のすきまから顔を出した白い月が浮かんでいる。
ずっと途絶えたままだった光が、辺りを煌々と照らし出していた―――。

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ハルキさんから頂いた、夏の納涼企画小説です!
「持ち帰り可」と書かれていたので、迷う事無く貰ってきました。
ありがとう!ハルキさん!
そして、がめつくてごめんなさい(;´Д`)∩
納涼小説というだけあって、夏の風物詩が沢山!!
蛍を沢山見れる場所って、本当にいいですよねー。
しかも、こんなカッコいい子と!!
健気で一途な二人のラストは、本当に嬉しかったです。
そして、浴衣を染め上げた壱君!
今度は彼女を君色に染めるんですか!?
・・・と、くっさいこと言いました。ごめんなさい。ああ、ブタナイデー!( ̄□ ̄;)
一度でいいから、壱君にくっさい台詞言って貰いたいですね!
「内緒」なんて、逃げちゃノンノン!
お待ちしてます(違


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