「何だ?」
「……その…」
相変わらず口ごもったまま、はっきり言おうとしない彼女。
だが、こうしてれば逃げれるような隙は無いワケで。
こーなったら、きっちり言い出すまでここをどくつもりは無いからな。
「…たーくん…ホントに何も感じないの?」
「だから、何がだよ」
「……あの…」
そう言った彼女の目線は、少し上へと向いた。
額と言うよりは、どちらかというと髪辺り。
……髪?
俺は別に何もした覚えは無いぞ。
怪訝に思いながらも、葉月が視線を向けた辺りへ手を伸ばそうとしたその時。
丁度、リビングからお袋が入ってきた。
「あら、孝之。…なぁに?新しい流行なの?」
「……は?」
「へぇー、可愛いわねぇ。ホンモノみたい」
こっちに寄ってくるや否や、一瞬瞳を丸くしてからおかしそうな顔を見せたお袋。
手を頭へ伸ばされたのだが、何となくそれで違和感が頭に伝わってくる。
……な…に?
それで、ようやく気付いた。
頭に、何かが付いている事に。
「……葉月」
「ふぁいっ!?」
「何だ。何が付いてる?……っつーか、お前何した」
お袋と話している隙に逃げ出そうとした葉月に声を掛けると、ぶんぶんと首を振ってからこちらを向く。
「わ、私は何も――」
「ウソつけッ!お前以外に――……あー、なるほど。どーりでお前らの様子がおかしいと思ったよ。
羽織もそうだろ」
「……ぅ…」
瞳を細めながら顔を近づけると、目を逸らさずに眉を寄せた。
この顔。
ンな顔したって、ダメなモンはダメだ。
何をしたんだか知らないが、ぜってー許さねぇ。
シンクから手を離しと同時に、葉月がリビングから階段へと小走りで逃げて行った。
大方、羽織の所にでも行ったんだろ。
上等だ。
二人まとめてしっかり聞いてやろうじゃねぇか。
そんな事を考えながらため息を1つ付いて足を向けた時、お袋がふいに声を上げた。
「あ?」
「どうでもいいけど、顔洗ってきなさいね。みっともないわよ」
「……顔?」
「そ」
あっけらかんと言った彼女に背を向けて、洗面所へと足を向ける。
今まで寝てたから、どーせヨダレの跡でも残ってるんだと思った。
…この、鏡を見るまでは。
「な……なんじゃこりゃぁあぁーー!!?」
鏡を見た瞬間、瞳が開いた。
そこには、あるまじき俺の姿が映っていたのだから、当然と言えば当然の反応だろう。
「はぁ!?」
鏡に手を付いて、まじまじと見てみる。
先ほど頭に感じた違和感の元凶が、これだったとは…。
っつーか、これは何だ!?
どうして俺は今、こんな目に遭ってる!?
「……あの馬鹿共がッ…!」
ギッと鏡を見据えながら呟き、とっとと二階へ足を向ける。
絶対に、反省なんてしてるはず無いからな。
ここは1つ、社会のルールってモンを叩き込んでやる。
…っつーか、葉月まで何してやがんだよ、ったく!
「おい!羽織!」
階段を上がりきってドアを叩いてから、ノブを回す。
すると、案の定葉月も一緒だった。
「…な…なに?」
「何、じゃねぇよ。何なんだ、コレは」
あえて外さずに来た格好で、再び動揺を見せた。
っつーか、ンな顔すんなら人にこんなモン付けるな。
「……あの…、あの、ね?先生に、ちょっと借りて…」
「だから?」
「…だ、だから…。ちょっと……付けようかなー…って」
「ほー。じゃあ、何か?祐恭から貰ったこんなモンを、お前は俺につけたのか?え?」
「……ご…ごめんなさぃ」
表情を動かさずに詰め寄ると、ベッドに膝が当たってそのままそこへ座り込んだ。
無論、その隣には同じような顔をした葉月が座っている。
この娘共、ぜってー同じ目に遭わせてやる。
「ペン」
「…え?」
「ペンだよ、ペン。…コレ描いたのと同じペンを出せ」
立ったままで羽織に掌を出すと、葉月と顔を合わせてから立ち上がった。
どうやら素直に従うらしい。
「…はい」
差し出されたペンを即行で取り上げ、キャップを外す。
そして――…
「っきゃ!?」
「これは人の顔に落書きする為に使うモンなのか?え?」
「やだー!お兄ちゃん、やめてよ!!」
「自分がヤな事、人にすんな!!」
ぐいっと首を腕で捉え、そのまま額へペン先を押し当ててやる。
油性だろうと顔料だろうと、この際関係ない。
とりあえず、復讐が出来れば何ペンだろうと、構わなかった。
「…もぉー…やだー!何描いたのよー!」
「うるせぇ!」
額をぐりぐりと擦る羽織に背を向けたままで一喝し、今度はベッドに座ったままの葉月へと足を向ける。
すると、こちらに気付いて一瞬身体を強張らせてから、慌てて立ち上がった。
「どこ行く気だ?」
「あ…あの、私……買い物に…」
「ンなもん、後にしろ!」
「ちょ、ちょっと、待っ――…!!」
逃げ出そうとした葉月を捕まえて壁へ背中を押し当てると、ぶんぶんと首を振って抵抗を見せた。
とはいえ、今更許してやる気なんて毛頭無い。
悪い事をしたら、叱られる。
それが道理ってモンだろ?
「やーーーだぁーー!!」
「じっとしてろって!」
「やー!!やめてぇー!」
「じゃあ、はじめっから俺にもすんな!!」
ぎゃーぎゃーわめく葉月を押さえながらその頬にペンを当ててやると、眉を寄せてそれはそれは不服そうな顔を見せた。
キュッキュという音を立ててから、そこにくっきりと残った三本線。
それが目に入ると、何となく達成感が芽生えた。
「あー、すっきりした」
キャップをしたペンをベッドに放って、ドアから外へと向かう。
その時振り返ると、鏡を見ながら今にも泣きそうになっている二人が見えた。
でも、俺が寝てる間にしやがった二人が悪いんだからな。
そういう意味を込めて軽く舌を出してやってからドアを閉め、再びキッチンへと向かう事にした。
「……だから、それは何?」
「猫みみ」
「…猫みみって…。それで?」
テーブルについてチャーハンを食べ始めると、茶を入れながらお袋が眉を寄せた。
っつーか、突っ込みどころはそこか?
いやまぁ、俺もそうするだろうけど…。
「それで…とか言われてもだな」
カツカツとスプーンを皿に立てながら口を開いた時、背後から声が聞こえた。
そのままの格好で、顔だけそちらに向けてやる。
すると、相変わらず怪訝そうな顔をした葉月が立っていた。
「…たーくん……さぁ」
「なんだよ」
そんな彼女を軽く睨んでから、再びチャーハンへと向かう。
自分と同じように、葉月の頬に描いた猫ひげ。
それが見えたが、あえて何も言わないでおく。
「ねぇ、これ取らないの?」
「何でだよ。こうしてりゃ、満足なんだろ?え?」
「…そーじゃなくてぇ…」
ぴっと引っ張られたが、黙々とチャーハンへ取り掛かる。
この際、なんかどーでも良くなってきた。
別に不便がある訳じゃ無いし。
そりゃ、気分は良くないけどな。
とりあえず娘ら二人に復讐出来たから、それで良しとしておこう。
「…あら、ルナちゃんまでどうしたの?その顔」
「あ…。たーくんに描かれたんです」
そうそう。
っつーか、元はと言えば葉月が――
「あてっ!」
「こら!何してんの、あんたは!!」
「…ってぇな!おい!」
いきなり、ぱこんっと硬い物で叩かれた。
眉を寄せてそちらを見ると、木ヘラを持ったお袋の姿。
こ…こいつは。
「人の頭をぽんぽん叩くな!!」
「あんたが悪いんでしょうが!女の子の顔に落書きなんてして、いいと思ってるの!?」
「ちょっと待てよ!元はと言えば、葉月がやったんだぞ!?」
「お馬鹿っ!あんたは男でしょうが!男だったら、ぐずぐず言わない!!」
…な…なんつー理屈だ!!
きっぱりと言い切りやがったお袋に、口が開く。
っつーか、俺より葉月かよ!
「お母さぁん…お兄ちゃんが、ペンで書いたー」
「うわ」
てこてことキッチンに入ってきた羽織の声で、思わず声が漏れた。
ちくしょう。
なんなんだよ、どいつもこいつも!
「孝之!!」
「俺のせいじゃねぇよ!!」
いや、まぁ、半分くらいは俺のせいかもしれないが。
スプーンをくわえたまま席を立ち、皿を持ってとっとと二階へ避難。
階段の途中で足を止めると、『肉』と書かれた事に関してお袋と何やら話しているようだった。
ってか、基本だろ?
額に『肉』って。
……まぁ、あいつらの年で分かるかどうかは謎だが。
――…その後。
結局、風呂に入る時までそれを付け続けてやったら、最後の最後で二人が謝りに来た。
ふん。
最初っから素直にそー言えばいいんだよ。
っつーか、どうして祐恭がこんなモン持ってたんだ?
俺にとっては、そっちの方が謎だ。
…ひょっとして、羽織に付けさせてたとか…。
うわー、アイツそういう趣味があったのか。
それは知らなかった。
ま、今度会った時にでもしっかりとネタにしてやるか。
そんなわけで、羽織にそれを付き返したんだが…。
この時は、知らなかったんだよ。
…俺のその写真が出回ってるなんぞ。
後日、祐恭に会った時に猫みみの話を切り出したら、ヤらしい顔で携帯を取り出しやがった。
何をするのかと思いきや……クソ腹が立つ顔で写真見せられた時の俺の気持ち、分かるか?
あれは、言いようが無いぞ。ちくしょう。
その日、家に帰った夜。
再びアイツらを問い詰める事になったのは言うまでもない。
……ぜってー、いつか復讐してやる。
祐恭も含めてな。
→あとがき
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