「……痛くて……ジンジンする……かな?」
 真昼間の教室。
 そこでこんな会話が繰り広げられてるなんて知ったら、きっと神様もびっくりする。
 ……それと同時に、後悔するかもね。
 この世の中に、男と女を作ったことを。
「うっそだぁー!」
 ひとつの机を囲むようにして、椅子を持ち寄ってのおばちゃん談義。
 恥じらいも何もかもない話題のさなか、聞き入っていたうちのひとりが大声で否定した。
「ありえないわよ、そんなの」
「……でも……」
「違う違う。……あーもー。花菜(かな)ってば、ドラマの見すぎよ」
「けどっ……!」
「はいはい、わかったわかった。カナちゃんはまだ何も知らないのよね? ……んもー、真剣に聞き入って損しちゃったじゃない」
 途端に、わあっと輪が崩れた。
 ある者は『やれやれ』とばかりに手を振り、ある者は『がっかり』なんてため息をつく。
 ……だけど。
 今のこの子の表情に、嘘なんて文字はなかった。
 それに、少なくとも彼女は、普段から嘘なんてついたりしない子。
 …………だいたい、態度見てればわかるじゃない。
 思いっきり顔を赤くして、誰とも視線を合わさないようにして……もじもじ呟いたのよ?
 あからさまに、『秘密の告白』に見えて仕方なかった。
 ったく。
 見てるこっちが恥ずかしかったっつーの。
「っ……何よ」
「ささっ! 次は、ちーちゃんの番だよーん」
 窓へ思い切りもたれながらそんなことを考えていたら、いきなり、隣の子が肩を鷲づかんできた。
 途端に好奇の眼差しが幾つも飛んできて、苦笑よりもため息しか出ない。
「いーい? ちゃーんと人生の大御所の意見を参考に、聞くのよ?ね?」
「……うん」
 しまいには、花菜も巻き込まれてる始末。
 ……あーあ。かわいそうに。
 ここに居るみんな、誰もアンタの話信じてないわよ。
「何を話せっていうの?」
「だからぁ、オトナの時間のことー」
 にまにまと、それはそれはエロい顔で含み笑いをした彼女に、またため息が漏れた。
 ……ホント、好きよねー。
 っていうか、男の子よりも女のほうがこのテの話で盛りあがるのよね。
 ってことは、アレか。
 やっぱり、世の中女のほうがエロいってこと。
 …………。
 ……ま、否定しないけど。
「んじゃ、この前のことね」
「うんうんっ!!」
 声を潜めて、それっぽい雰囲気を出してやる。
 途端、5人は思い切り身を乗り出してきた。
 ある者は、息を潜め。
 ある者は、鼻息荒く。
 ……だけど。
 花菜だけは、ひとり寂しそうな顔をしていた。

「かーな」
「……え?」
 その日の放課後。
 掃除の時間、どうしても気になって花菜のところに行っていた。
 同じ班っていうのは、こういうとき便利よね。
 しかも、今週の私たちは中庭の掃除。
 ほうき持って突っ立ってるだけでもイイんだから、これほど楽な仕事はない。
「ねぇ。昼休みのことだけど……」
「っ……!」
 特に声を潜める必要もないセリフ。
 だから、あえて普通の大きさで言ったんだけど……花菜が思い切り身を硬くしたのがわかった。
 それはもう、不自然なほどに。
「あ……あのね? ちーちゃん。……あれは……その……」
「ホントなんでしょ?アレ」
「……っ……どして……」
「当たり前じゃない。……花菜が嘘つくはずないもん」
 両手でほうきを握ったまま、呆然と私を見つめる花菜。
 その顔には、なんともいえないつらさと寂しさみたいなモノがあって、こっちまで胸が苦しくなった。
「……痛いばっかりなの……?」
 そっと、寄り添うように近づいて、俯いてしまった顔を覗き込む。
 ……かわいそう。
 そんな失礼な言葉しか出て来ない自分が、かっこ悪い。
 でも、ホントにそれしかなかった。
 だって、なんだか嫌々セックスしてる、みたいな雰囲気しか漂ってないから。
「……私……」

「何してるんだ」

「っ……!!」
 硬く閉ざされた唇が、ようやく開きかかった瞬間。
 少し離れた場所から、鋭い声が飛んできた。
「今は掃除の時間だろう。……サボるんじゃない」
「別にサボってないもん」
「……あのな、高原。俺は屁理屈を言えと言ってるんじゃない」
「言ってないもん」
「……お前は小学生か」
「違うもーん」
 白のワイシャツに、赤のネクタイ。
 いったいどーゆーチョイスをしてるんだと毎日思う、ウチらの英語教師、成宮夕也(なりみや ゆうや)
 背が高いくせに腰が細くて、ホント、もっと食え! と言ってやりたくなる。
 ……ついでに、その目。
 もう少しかわいい生徒を見るために優しくなってくれないモンか。
「とにかく。さっさと終わりにしろ」
「しますーだ。っていうか、先生が絡んでくるから遅くなったんじゃん」
「俺は関係ないだろ」
「あるわよ」
 ぶーたれながら眉を寄せ、ほうきをばさばさと横に動かす。
 そのとき、花菜が集めていたらしき落ち葉が、きれーに散らばるのが見えた。
 『あ』と思ったけど、もう遅い。
 こーなっちゃったのは、仕方ない。
「……ん? 花菜?」
 成宮登場ですっかり忘れてたけど……彼女。
 花菜の様子が、さっきよりずっとおかしかったことにようやく気付いた。
 ぎゅうっとほうきの柄の部分を握り締めたまま、俯いて……るのは同じ。
 だけど。
 ……だけど今の花菜は、心なしか心細く感じられて。
 なんだか、まるで何かに怯えているようにも見えた。
「っ……あ! 花菜!?」
 ぺこっと頭を下げた彼女が、急にその場から走り出した。
 慌てて追いかけ、その手を掴む。
 ――……途端。
 疑問が確信に変わる。
「ごめん……ちーちゃん、私……っ……」
「……花菜……?」
 手が震えてた。
 ……それだけじゃない。
 少しだけ私を振り返った花菜の瞳には、涙がじんわりと滲んでもいた。
「…………花菜……?」
 眉を寄せたまま、だけど呆然と彼女を見送るしかない。

 ついてこないで。

 直接言われるよりもずっと強い言葉を、真っ向からぶつけられた気分。
「……なんだ。進藤は具合でも悪いのか?」
「…………ううん。……違う、と思うけど……」
 いつの間にか、成宮が隣に並んでいた。
 ……私と同じように、花菜の背中を見つめたままで。

「――……ってことがあったの!!」
 家に帰って、着替えて、夕飯。
 最後の生姜焼きの肉を取りあったあとで、ご飯粒ほっぺたに付けたまま声を荒くしていた。
「……で?」
「で、じゃないでしょ!!」
 もくもくと、白米を平らげていく弘武(ひろむ)
 ……ああもう。
 そんなに食べたら、明日のお弁当の分がなくなるじゃない! なんて、ちょっと思う私は主婦か!
「だってさ、おかしいと思わない? セックスよ? セックス! あくまでも健全な、男女の営みよ!?」
「……お前な。そーゆーことをばんばかデケー声で言うもんじゃありません」
「なんでよ」
「少なくともまだ、花も恥らう年だろーが」
「だって、ホントのことじゃない」
 だいたい、頭にタオル巻いたままの人に言われたくないわよ。
 ヒロは、ついさっき仕事から帰ってきたばかり。
 だから、当然土の付いたままの作業服姿。
 ……うー。
 でも、せめてその頭のタオルは取ってくれてもいいじゃない?
 『(株)田代建設』なんてバッチリ社名の入ってるヤツは。
「……つーかだな」
「うん?」
 仕方なく、おかずもないのでフリカケを振ってご飯を食べる。
 ……ああもう。
 興奮しすぎて、どこに入ったかわかんないわ。
 ただ、少なくともこれは2杯目以上だと思うけれど。
「その花菜ちゃんって子は、ホントに彼氏が好きなのか?」
「……は?」
「いや、そもそもさ。ホントに、ヤってる相手が彼氏なのかっつー話」
 味噌汁をぐぐぐっと飲み干したあとで言うセリフじゃないと思う。
 でも、ちょっと安心。
 普段人の話を聞いてんだかいないんだかわかんないような態度しかくれないから、ほっとした。
 ……なんだ。
 ヒロもちゃんと考えてくれてたんじゃない。
 ちょっぴりだけ、嬉しくもなる。
「フツーさ、お前と違ってそんなにかわいらしい感じの子なら、彼氏ができたなんて時点でうっはうは喜びそうなモンだろ?」
「……そりゃまあ」
「それに、少なくとも……そら、初めは仕方ねーかもしんねーけどよ、段々慣れるモンなんだろ?」
「…………うん」
 湯飲みのお茶の飲み干したヒロが、ずずいっとこっちに寄って来た。
 ……ん?
 何? その手。
 普段やりもしないクセに、なぜか知らないけどちゃっかり腰を抱かれてる格好。
 ……ちょっと待て。
 アンタまだお風呂はいってないでしょうが。
 なんて、のんびりしたことを考えてる私も、どーかと思うけど。
「だから――」
「にょあ!?」
 ふんふん、と半分真面目に聞いていた私が馬鹿だったのか、いきなり、視界が引っくり返った。
 と同時に少しだけ荒い息がかかり、目の前がかげる。
「痛いってことは、そーとー荒っぽくヤられてるか、はたまた……慣らされる前にヤられちゃうか、だろ?」
「……それとこれと、どーゆー関係があるの?」
「いや、腹も膨れたし、そろそろいーかなー……なんて」
「……何が」
「だってさー、ほら、お前ずっと生理がどーのっつってヤらしてくんなかったじゃん?」
「しょーがないでしょ? 自然の摂理!」
「でもな? そーはいっても、男ってのは我慢できない生き物なの」
「知らないわよ、そんなの」
 さわさわと服の上から胸を触られ、眉を寄せてヒロを睨む。
 だけど、こんな程度の反撃で、コイツがひるむなんて思っちゃいない。
 ……あーもー。
 男ってどこまで単純なのかしら。
「つめてーなーもー。……ほらっ!」
「きゃう!?」
 なんの前触れもなくスカートの下に手が入ってきて、そのままするするとショーツを下げる。
 慌てて足を閉じてそれを阻止! ……なんて、力で彼に敵うはずもなく。
 まだお風呂も入ってないってのに、お構いなしに秘所へ指先が当たった。
「やだってばちょっとー!」
「いーじゃん、別に。……あ、ほら。どーせだったら、『痛い』の体験してみれば?」
「…………は!?」
 突拍子もない言葉に、思わず上半身を起こす。
 ……が、しかし。
 案の定、そんなモン許されるはずなかった。
「俺さー、今日はぜってーヤろうって決めてたんだよー」
「どんなスケジュールよ! あほかー!」
「いーじゃんかー。……ほら。俺さぁ、もー我慢できないカンジ」
「……うー……」
 ごそごそと何を始めたのかと思ったら、あろうことかズボンとパンツまで下ろしやがった。
 途端に目に入る、そそり立ってるソレ。
 ……うーあー。
 どんだけ元気なのアンタは。
 日がな1日肉体労働にいそしんでいたとは、とても思えない。
「っやっ! ちょっ、ちょっと待ってってば!」
「だーめー。待てない」
「だ、だって! だってまだ、私っ――……っ……くぅ!!」
 彼の後ろへ、ぽいっとショーツが飛んでくのが見えた。
 ……ああ……1枚590円が……!!
 自分がかわいそうで、涙が出そう。
「んっ……は……」
「……はー……。ちぃのナカ、すげーイイわ……」
「ちょっとぉ……私まだ、何もしてもらってないのに!」
「大丈夫だって。ほら、俺のサイズにぴったんこ」
「そーゆー問題じゃないの!!」
 そうは言っても、身体は正直。
 ぎゅうっとナカが締まるのがわかって、同時に奥をつつかれる。
「……は……ぁ、もぉ……」
 律動が送られるにつれて、濡れた音が響き始めた。
 ……そりゃあね?
 まんざらじゃないって言うの?
 ヒロに抱かれるのは嫌いじゃないし、むしろ……すごく好き。
 だけど!!
 何も、ご飯食べ終わったあとでソッコーやられなくてもいいと思わない?
 ……なんか、損した気分。
 ちょっとだけ、フクザツ。
「……ほらな?」
「ん、ぅ……?」
「今、嬉しいだろ?」
「……何が?」
「だーかーらー。……こーやってされてんとき」
「…………うん」
 不覚にも、素直に頷いてしまった。
 ……でも、しょーがないじゃない。
 ホントに、嬉しいっていうか……やっぱ、うん。
 ヒロとこうするの、好きだから。
「痛いってことはさ、多分……その子、相手の男とヤんのが嫌なんだろうな」
「……え?」
「現にほら、お前はこんなに濡れてんじゃん?」
 準備万端、みたいな。
 そんなふうに笑われて、ちょっと悔しい。
 ……まあ、ホントのことだからしょーがないけど。
「な? だからさ、お前……友達だったらもう少し話聞いてやったほうがいーんじゃね?」
「……え?」
「花菜ちゃん、だっけ。……取り返しがつかなくなる前に、助けてやれよ。な?」
「………………うん」
 腰を両手で掴まれて、ゆるゆると動きを止めた。
 ……反則。
 そんなふうに真面目な顔で真面目なこと言われるなんて、思ってもなかったのに。
 でも、ホントにちゃんと考えてくれてたんだ。
 ヒロには何も関係なくて、ちょろっと話した程度だったのに。
 ……だけど、『私の友達だから』かもしれない。
「……えへへ」
「ん? ……なんだよ。気持ちわりーな」
「む。失礼な!」
 ありがとう、と言いかけた途端に嫌そうな顔をされ、慌てて前言撤回しそうになった。
 ……でもま、イイわ。
 そーゆートコも全部ひっくるめて、好きなんだから。
 …………。
 ……好き、か。
「…………」
 花菜、ホントに好きな人とセックスしてるのかな。

 痛くて、ジンジンする……かな

 搾り出すように言った花菜の声が、頭に響く。
 あのときの顔。
 アレはやっぱりどう考えても、『好きな人に抱かれてる』女の顔じゃなかった。


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