いつもと同じだと思ってた。
これから先もずっと、何も変わらずに。
……毎日同じことをして、毎日同じことを思って、平穏無事な生活を送って……そして卒業するんだ、って。
だって、それが私にとっても1番いいことだし、1番……確かじゃない?
よく、周りの子たちは『つまんない』とか『退屈』とか言うけれど、それってすごくイイことなのになーって私は思う。
つまんなくて退屈するような毎日でも、私は『安全』なのが1番だと思ってるから。
……だって、そうでしょ?
どうしてわざわざ、その安寧な日々を壊すように自分から何かを求めて行動しようとするの?
そんな必要ないのに。
わざわざ危ない橋渡ったりしなくても、十分楽しい生活を送っていけるのに。
……だから。
だから、私はこれまでそういうことはしなかった。
どんなときも石橋を叩くように端から端まで叩いて、それでヒビが少しでも入ったら、絶対に渡らない。
私は、そんなう生活を求めて自分でも送ってきた。
私にとっての幸せ。
それは、昨日と同じ毎日を過ごすということしかないから。
「ねぇ」
私は、今日だってそれを頭に置いて行動していた。
――……それなのに。
「聞いてる?」
なのに、どうしてこんなことになったの?
昨日と同じように学校へ行って、昨日と同じようにバイトに来て。
……それで……どうして、こんな目に遭わなければいけないんだろう。
「もしもーし」
思わず下げた視線でカウンターに置いてあるメニューを見つめていると、ひらひらっとした手が目の前に出てきた。
「……ご注文はなんですか?」
「やだなー。俺のこと知らない仲じゃないじゃん?」
「そういう問題じゃないんですけど」
「いやいや、そういう問題だって。っていうか、クラスメイトってやつなんだからさ、ンな敬語とかいらなくねー?」
「…………」
ため息をついてから顔を上げれば、そこには変わらず軽薄そうな彼が居た。
金に近い茶髪に、着崩した制服。
そして、生まれ持ったものだろうけれど、いかにも『遊んでます』という匂いがぷんぷんと鼻に付く顔。
……最悪。
何が最悪って――……高校最後の年になって、こんな彼と同じクラスになってしまったということが、だ。
これまでは、接触すらなかった。
話だけは聞いていたけれど、まさか本人と話をするだなんてこれっぽっちも思ってなかった。
……耳に入る噂は、どれもこれも馬鹿なもの。
ナンパがどうだの、誰が告白しただのっていう、色恋沙汰のくだらないことだらけ。
…………こんな人のどこがいいの?
見るからにダメそうで、いいかげんで、おつむも何もかもが軽そうで。
友達にも、彼や彼とつるんでいる子たちを見て『かっこいい』とか言う子がいたけど、私には全然わからなかった。
たとえ勉強ができたとしても、人間的にどうなの?
どんなに顔がよかろうと、頭がよかろうとも、素行その他に問題があったらダメじゃない。
彼と彼の友人たちにも割と成績がいい人が一緒に居るみたいだけど、どうせロクでもないんだろう。
有名大学とかに行っても、目的は『遊ぶこと』って言うヤツいるじゃない?
きっと、ああいうタイプなんだと思う。
私とは、全然違う人たち。
……そう。
次元が違う。
だから、一緒のクラスになったときは、本当に本当にどうしようかと思った。
それでも、なるべく目を合わせないようにして、これまではまったく会話をすることもなく過ごせた。
その点に関しては、本当に私は自分で自分を褒めてやりたいと思ったほど。
これでも学級委員長をやってるから、クラス全員と話す機会は誰よりも多いのに。
……それでも、彼や彼のグループだけとは話をすることがなかった。
用があるときは、彼らを気に入っている友人に頼んだから。
…………それなのに。
私は、ここまで徹底して彼らから距離をとっていたのに。
……なのに、どうしてこんなことになったんだろう。
「もしもーし。実花ちゃーん?」
「……ちゃん付けで呼ばないでくれる?」
「なんで? いいじゃん、別に。クラスメイトなんだからさぁ」
「っていうか、今バイト中なんだけど」
「ん、知ってる。俺、今お客さんだもん」
……ああ言えばこう言う。
カウンターに両腕を乗せてにっこりと笑みを浮かべている彼にはもう、好印象なんて当然抱けるはずはなかった。
ただでさえ混みあう、この時間。
それなのに、彼は堂々と私の前で時間を食い潰してくれているわけで。
……腹立つ。
その、いかにも『俺はお客様だ』っていう態度が。
「………………はー」
彼から視線を外してバイザーをかぶり直し、気合を入れる。
……よし。
ここはひとつ、得意の営業で追い払おう。
レジの下で小さくガッツポーズを作ると、若干いつもの自分らしさが戻ってきたような気がした。
……がんばれ。
がんばるのよ、実花!
どれもこれも、愛しいバイト代のため……!!
そう思い直し、私は彼へと向き直った。
「お」
「いらっしゃいませー。ご注文は、何になさいますか?」
にっこりと言う音が聞こえるくらいの、見事な営業スマイル。
……ふ。
これはもう、長年のこのバイトで身に付いたモノだ。
『いつもにこにこ腹黒く』
サービス業は、これしかないと思う。
サラリーマンもいえることだけど、私たちの給料って本当に『我慢賃』なのよね。
下げたくもない頭を下げて、客に文句言われたらとりあえず謝って。
……ホント、きつい。
だけど、一度そうやって割り切ってしまえば、割と楽に稼げる仕事。
にこにこ笑っていれば嫌な顔するお客さんはいないってわかって、それ以来こういった営業スマイルがきっちりと身に付いた。
いわゆる、私の『必殺技』。
これって、実はバイトだけじゃなくても十分に活用の場がある。
……そう。
例えば、学校で嫌な先生に向き合っているときとかね。
そういうときも、こうして笑顔を浮かべていれば、相手は若干優しくなって。
今では、生徒たちから鬼と呼ばれている生徒指導の先生にも、柔和な笑みを向けてもらえるようになったんだから。
……そのお陰で、今では接客リーダーにも任命されて、時給も割とイイ。
そうよ、実花。
これは、私にとっての耐久レースみたいなものなんだから。
とっとと彼を流して次のお客さんを迎えないと、マズい。
先ほどよりもずっと混み始めた店内をちらっと確認してから、レジへと手をかける。
「ご注文は何にされますか?」
「っていうかさー、実花ちゃんってそういう顔するんだー」
ぴき。
と、音がするくらいに笑顔が強張る。
頬杖を付いて人のことをじろじろと値踏みするような笑みの彼には、愛想笑いですら効力を発揮できないんだろうか。
「ほら、学校じゃさー、すっげぇ怖い顔してんじゃん? だから、てっきり笑えない子なのかなーなんて思ったりして」
あはははと大きな声で笑った彼は、そのまま携帯を取り出して弄り始めた。
……コイツ。
全っ然注文なんてする気配のない態度が、心底頭にくる。
遊んでる暇なんて、こっちにはないんだってば。
彼の後ろのお客さんがどんどんと違うレジへと流れていくのに、私のところはもうかれこれ10分以上も彼に塞がったまま。
……回転率悪すぎ。
っていうか、ホントにいい加減キレそうなんだけど。
ひくつく口元を手で直しながら彼を見ると、こちらに気付いてにっこりとした笑みを見せた。
「あれあれー? 何? 怒っちゃった? もしかして」
「ッ……」
「でも、そういう顔もかわいいよー?」
「……ちょっと……!! 今はそういうこと言ってる場合じゃないのよ!!」
とうとう、頭にきた私は身を乗り出して彼に声をあげてしまった。
こうなった以上、もう、止まらない。
この営業妨害男、ずぇったいに許さないんだから!!
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