「…………」
「お昼食べたの? みかりん」
「……食べた」
「もー。どしたの? 朝からそんなんで」
「んー……うん。ちょっとね」
今日は、朝一で学校に来て、誰よりも早く教室に入った。
……先週から、ずっと変わってなかった――……未継の机。
それが、今朝になったらきれいになっていた。
プリントが無理矢理詰め込まれていたり、教科書がぎちぎちに入ってたりしてたのに。
……なのに、今は空っぽ。
それを見ると、なんとも言えないくらいに胸が締め付けられた。
「…………」
――……結局。
昨日は、彼と夜中まで色んな話をした。
お互いに眠くて目を擦ったり、欠伸をしたりしてるのに、どっちもやめたりしなくて。
……家に帰ったのは、朝方だった。
白んできた空の下で、彼と握手をしたこと。
『じゃあね』ってひとことだけ呟いて、見えなくなるまで見送った背中。
……最後の最後で、ほっぺたにしてくれたキス。
それらは全部、ほんの数時間前のことなのに、もう……なんだかずっと昔みたいだ。
「……はあ」
「もー。どうしたのよー」
「……んー……センチメンタル?」
「はい?」
「うん……そうだよ。そんな感じ」
「やだー……。どうしたの? 実花、変だよ?」
「……変だもん」
「…………否定してよ」
窓枠に両腕と顎を乗せたまま、だるーい1日をただただ過ごす。
何も変わらない風景。
……なのに、未継だけがいない。
「あ……」
ふと視線を上げると、きれいに晴れた青空にキラリと光る小さな物が見えた。
……飛行機。
キィンという独特の音と、長く伸びる白い飛行機雲。
……未継……アレに乗ってるのかな。
時計を見ると、ちょうど13時前。
彼は『午後の飛行機』とだけ言っていたけれど、もしかしたら――……今ごろあれに乗ってるのかもしれない。
「…………」
「……っわ!? み、みみみ実花!? どしたの!!」
「……なんでもないよ……」
「なんでもなくないでしょ! 何!? なんで泣いてるの!?」
「うー! 泣いてない!」
「泣いてるってば! ほら!!」
ぼろぼろっと零れた涙を拭い、鼻声を隠すように声を大きくする。
……約束した。
確かに、未継も『帰って来る』って言った。
…………だけど。
だけどやっぱり、今、ここに彼はいなくて。
これからの月日を、私はひとりで過ごさなきゃいけなくて。
それが、すごくすごく寂しかった。
「……っ……ふ……」
だって正直、嫌だったのに。
だけど、『行かないで』なんてドラマのヒロインみたいなことは言えない。
そんな束縛するだけの力、私にはないもん。
……悔しい。
私にもしも、すんごいお金があったら。
そうしたら、未継とふたりで暮らせるのに。
「莉子ぉ……」
「……実花……泣かないでよ、どうしたの……?」
「そうだよ、みかりん。なんで泣いてんの?」
「だって、だっ……てぇ……! 未継がっ……みつ――……ぐ!?」
「やっほー、みかりん」
「…………は……ぁああ!!?」
突然聞こえた、とっても聞き覚えのある声でそちらを見ると、まるで語尾にハートマークでもついてそうな勢いで目の前には彼が立っていた。
「あ、ミッチーおはよー」
「おはよん、りこたん」
「もー。どうしたの? 1週間も休んだりして。サボり?」
「んー……なんつーんだろ。ほら、若き青少年には悩みが尽きないとも言おうか――」
「ちょっと待てぇええ!!」
ふっつーに会話してる、彼。
もちろん、正真正銘の『中宮 未継』その人だ。
見慣れた制服も着てるし、見慣れた髪型だし、覚えのある香水だし。
……えぇ!?
ヤバい。頭がパニック。
だけど、お陰で涙なんてとっくに引っ込んでしまった。
「ちょ、ちょっと! なんで!? なんで、未継がここにいるの!?」
「いやー……話せば長くなるんだけど、実は寝坊してさー」
「全っ然長くないし!」
「あはは! 相変わらず、手厳しいなぁみかりんは」
一気に、テンションが下がる。
っていうか、え?
寝坊とか言った? この人。
…………寝坊!?
「ちょっ……! それじゃまさか、あれから――……寝たの!?」
「うん。寝ちゃった」
「ば……馬鹿じゃないの!?」
「ひど! みかりん、ひどいよそれ!」
まるで『いじめられた』とばかりのジェスチャーをして、彼が口元に手を当てた。
……いや、でもみんな思うでしょ?
だって、寝坊して飛行機乗り遅れたなんて――……ありえなさすぎ。
「……あ。でも! お父さんは? っていうか、寝坊したってちゃんと行かないと――」
「それがさー。親父に電話したら『じゃあ、ひとり暮らしするか?』って言われちゃってさ」
「……はぁああ!?」
「だからもー、これからは華のひとり暮らしなわけ」
お……っ……お父さんもありえないよ!?
なんていうか、びっくりなことだらけで、口が閉じれない。
「あ、ミッチーおはよー」
「そういや、さっきノリが呼んでたぜ」
「あ、マジで? サンキュー」
――……なのに。
どーしてこんなにも、ふっつーの会話をしているんだろう。
……まるで、1日たりとも休んでなかったみたい。
わかんない。
男の子ってわかんない。
……っていうか、この、『中宮 未継』がわかんない。
「みかりーん? おーい?」
「……はっ」
くらくらする頭でそんなことを考えていたら、未継が目の前で手を振った。
「……だから! そうじゃなくって! あのね? それならそうと、まずは――」
「だからさー」
「……え……?」
「これからは――……実花が来たいときに、いつでもウチ来ていいよ?」
「っ……な……!」
「うぉあ。みかりん、かーわゆいー」
「か……かわいくないし!」
ぐいっと顔を近づけて耳元で囁かれ、顔がかぁっと熱くなった。
それを見て、莉子が『何?』なんて興味津々な顔するし、クラスの子たちまでもが不思議そうにしてるし。
……あーもー!!
注目浴びるのは、嫌なの!!
「ミッチー、行くよー?」
「あ。行く行くー」
「ちょ!? ちょちょちょちょっと、まっ……! 待ちなさいってば!」
「みかりん、またあとで遊んであげるねー」
「あそっ……!? 遊ばなくていい!!」
ひょいひょいと身をかわしながら、混雑している教室内を縫うようにして廊下へと彼が出て行った。
……な……何ぃ!?
っていうか、そんなのってアリなの!?
ふっつー、そういうのはナシでしょ!!
莉子に腕を突つかれながらも、やっぱり頭がくらくらしていた。
「な…………なっ……!」
いろんなことが、音を立てて崩れていく。
だけど、1度崩れたものは……そう簡単に直るはずはなくて。
「……っあはは……! 信じらんない、もぉ……!」
遠くから聞こえてくる彼の元気な声を聞きながら、どうしようもなくおかしくなった。
石橋を叩いて、崩れたら渡れない。
だけど、そこを渡るためには――……石橋以外の方法もあるんだよ。
彼にはそんなことを教わったような気がして、ちょっとだけ見習おうかとも思った。
――……だけど、当分は今回のことをタテにいろいろ許してあげないんだから。
私の涙、返してほしいくらいだわ!
……でもやっぱり、そのときの顔が笑顔だったのは言うまでもないんだけれど。
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