「……なんで、イヴにお前とメシ食わなきゃなんねーんだよ」
「その台詞そっくりそのまま返すけど、誕生日だったよな? なら賑やかでいいだろ? むしろ」
「あのな。誰が祝ってくれっつった」
「なんでそんなに不機嫌なんだよ。……それとも邪魔したか?」
「は? わけわかんねぇ」
 ざわざわと騒がしい、熱気が溢れた店内。
 そこで今、なぜだか知らんが俺の目の前には羽織と祐恭が座っていた。
 どーして俺の誕生日にこんなことになってるんだ。
 ……つーかお前、っとに状況をわかってねぇな。
 馬鹿か! 断れっつの!
 葉月の気持ち知っていながら平気で羽織を伴って来た祐恭を見て、思い切り口が曲がった。
 どんだけ空気読めねーんだ、お前。
 そこまで馬鹿じゃないと思っていただけに、ため息が漏れる。
「……ごめんなさい。私……」
「なんで謝るんだよ。羽織ちゃんが悪いわけじゃないだろ? 悪態をつく、こいつが悪い」
「俺が悪いのか。あ?」
「悪いだろ。どう考えたって」
「ンだよ!」
「なんだよ」
「もう。たーくん!」
 腕を組んで祐恭を睨んだら、なぜか葉月が眉を寄せて首を振った。
 ……なんでお前はコイツの肩ばっかり持つんだよ。
 だいたい、俺が悪いんじゃないだろ?
 明らかにコイツが悪いだろうが。
 それに、葉月も葉月だ。
 こんな状況を了承しやがって。
 目の前にふたり仲良く並んでる姿見て、楽しいのかっての!
「お待たせしましたー」
 トゲトゲした雰囲気の中、ようやく銘々のどんぶりを店員が運んできた。
 ……まぁ、いい。
 この際、あえて何も触れないことにしてやる。
 いいか、俺は何も知らないぞ。
 何も聞いてない。
 だから、祐恭。お前も何も言い出すな。
「あー。うまそ」
「そうか?」
「……お前な」
 だから。
 今決めたばっかりだってのに、早速破ろうとすんな。
 はっ倒すぞお前。
 今、このものすごく微妙な4人でいるのは、近所の鉄板焼き専門店。
 言わずもがな、メインはお好み焼きだ。
「お前、相変わらず好きだな。それ」
「いーだろ、別に。つーか、もんじゃは基本だろ。お好み焼き食う前に、まずこれ」
「いや、その理論はおかしい」
「うるせぇな!」
 烏龍茶を飲んで眉を寄せた祐恭を見ると、手元のどんぶりの中身を混ぜながら眉を寄せた。
 こいつは、昔からなんだかんだ文句言いながらも、横から箸出してくるからな。
 油断も隙もありゃしねぇ。
 文句言うなら、つまみ食いすんなっつの。
「……………」
 具を混ぜていた手が止まり、ふと目の前のふたりへ視線が移る。
 いたって普通の顔をしている、祐恭――に対して、なぜか羽織は元気がないように見えた。
 ……ひょっとして、コイツ何か知ってるんじゃないのか?
 だから、こんなふうに……いやでも、待てよ。
 葉月が羽織に言うワケねーし、祐恭だってそんなに口が軽い男じゃなかったと思うんだが……。
 ……とりあえず。
「羽織。お前、もっと手早くできねぇの?」
「たーくん、そんな言い方しなくてもいいでしょう? ……それに、お好み焼きは混ざればいいんじゃないの?」
「わかってねーな、お前。いいか? お好み焼きってのは、そんなに単純な食い物じゃねぇぞ」
「……お前は気合入れすぎなんだよ。だから」
「あのな。お前は昔っからなんにでも気合を入れなさすぎだ!」
 つーか、何だ。センス?
 ……まぁ、なんでもいい。
 とりあえず羽織がいつもみたいに笑ったから、まぁいいだろ。
 コイツが暗い顔してたら、葉月が変に気を遣うのが目に見えているせいか、ついあれこれと口走っていた。
 別に、祐恭はどーなろーと知ったこっちゃねーけど。
 つーか、コイツは多分何も考えてない。
 だから、こんなふうに一緒にメシを食うのが平気なんだ。
 ったく……なんで葉月までこんなヤツを好きになるんだよ。
 アイスコーヒーをひと口飲むも、ついため息が漏れた。

「そう言ったんだよ。ありえねーだろ? 優人のヤツ」
「けど、アイツは昔からそんなことの繰り返しだったろ?」
「いや、でもな?」
 店に入ってから、結構な時間が経った。
 冬とはいえ、暖房が効いている上に目の前にある鉄板のせいで、やけに店内が暑く感じる。
 ……つーか、喋りすぎだな。俺は。
 黙ってるとどうしても違うことを考えてしまうせいか、いつもよりずっと自分でも饒舌になっているのがわかった。
「……はぁ」
 空いたグラスを手に、羽織が立ち上がった。
 その顔には、どことなく元気がないようにも見える。
 やっぱりアイツ、何か知ってるんじゃないのか?
Do you know he has misunderstood it?(コイツが誤解してるの知ってる?)
「……あ?」
 羽織が席を立つと同時に、祐恭が口を開いた。
 頬杖を付いて、怪しげな笑みを浮かべて。
Moreover, he doesn't notice the thing(しかも、気付いてないし)
「はァ? なんでいきなり英語なんだよ」
「ん? お前、訳せないだろ?」
「……しばくぞ」
 なんだその顔。すげー腹立つ。
 悪かったな、英語に疎くて。
 どーせ俺は日本語的英語しかできねーよ。
He is slow in own thing(コイツは、自分のことに鈍いからね)
「あはは。I know」
「お前もかよ!」
 くすくす笑いながら葉月がうなずいたのを見て、たまらず眉が寄った。
「あのな。ここは日本なんだぞ? 日本語で喋ればいいだろ!」
「……だって」
「なんだよ」
「…………なんでもない」
 つーかその意味ありげな顔はなんだ?
 1度瞳を逸らしてから緩く首を振り、葉月が再び瞳を合わせるが、意図が読み取れず無性に腹が立つ。
 つーか、なんでこの場で英語を使う必要があんだよ。
 いかにも内緒話してますって感じがして、いい気はしない。
「…………」
 ときおり、くすくす笑いながら楽しそうに。
 相変わらず続いている他愛ないやり取りに、ふたりから視線が逸れる。
 俺だって一応は英語教師っつー肩書きの親父を持ってるし、わからないワケじゃない。
 でも、そんだけペラペラ喋られンと、聞き取れねーんだっつの。
 ……祐恭は、それがわかっててやってるだろうし。
 あーやだやだ。すっげぇ腹たつ。
 お前、羽織と付き合うようになって変わったとは思ったけど、そーゆーヤラシイ部分は変わってねぇな。
「あ?」
 頬杖を付いてふたりのやり取りから完全に離れていたら、葉月が立ち上がって羽織のあとを追った。
「……お前、何話してたんだよ」
「気になるだろ」
「うわ、ヤなやつ」
「なんとでも言え」
 頬杖をついたまま祐恭を見るものの、案の定教えてくれそうにはない。
 ……くそ。
 ま、最初からこいつがそう言うであろうことくらいわかってたけどな。
 でも、実際にそうされるとものすごく腹が立つ。
 わざと英語使いやがって。
「ほら。いーから兄貴は黙って食えよ」
「ぶ、なんでそこで兄貴とか呼ぶんだよ!」
「いーだろ? 別に。事実兄貴なんだし」
「うわ……お前に言われると、ものすごく気分悪い」
「それじゃ、義兄扱いしなくていいな」
「それとこれとは別だろ。立てて敬え」
 肩をすくめたのを見て舌打ちすると、それはそれは憎たらしそうに祐恭が笑った。
 わかってるクセにそう言われると……くそ。
 あーー鬱陶しいなお前。
「俺はお前が嫌いだ」
 瞳を細め、アイスコーヒーを飲んでから箸で指すと、一瞬瞳を丸くしてから嫌そうな顔を見せた。
「改めて言われなくても、知ってるし」
「あっそ」
「なんだよ。そんなに悔しかったのか? 葉月ちゃんとふたりで喋ったのが」
「そーじゃねぇよ。……でも、アイツを傷つけんな」
 祐恭から視線が外れて、漏れた言葉。
 それが本心。
 別に、俺はどーだっていいんだよ。
 ……ただ、アイツには泣いてほしくない。
 なのに。
「……あーもー。なんでお前なんだよ!」
 後ろに両手を付いて首をもたげると、瞳が閉じた。
 どうして、こうも厄介なことになってんだ。
 コイツが羽織と付き合ってさえいなければ、もしくは葉月にキッパリ告げていればまた違った展開になっただろうに。
 ……つーか、その前に……だ。
「え?」
 どこへ行ってたんだか知らないが、羽織とふたりでようやく戻ってきた葉月を見て、瞳が細くなる。
 何も知らないような顔。
 ……くそ。
「お前が悪い」
「なぁに? 急に。たーくん、お酒飲んだの?」
「飲むか!」
「じゃあ、どうして? 急にそんなこと言われたら、傷つくよ? ……もう」
 隣に座った葉月が、眉を寄せた。
 ……むしろ、傷つくのはこっちのほうだ。
「ずいぶんな兄貴だな」
「うるせぇよ」
 ため息をついた祐恭にも、舌打ちとともに眉を寄せる。
 どいつもこいつも、俺の気苦労なんて知らずにイイ気なもんだな。
 ……つーかマジで、どうしてこんなことになった。
 もしかしたら、何かしら予防策があったかもしれないのに。
 そう思うと、自分にも落ち度があったような気がして、ものすごく悔しい。
 葉月が、祐恭を好きだった事実。
 そして、叶わないであろう葉月の想いを知りながらも、曖昧な態度を見せる祐恭。
「たーくん、どうしたの?」
「……なんでもねーよ」
 八つ当たりじゃないが、ついつい葉月に対しても語調が変わった。
 ……くそ。
『何もかもお前が悪い』
 そういう意味を込めて祐恭を睨むと、瞳を丸くしてから大げさに肩をすくめるだけ。
 ……ちくしょう。
 あーー、くそ。
 俺はどうすればいいんだ。
 せっかくの自分の誕生日だというのに消し去りたくなるほど憎い1日になったことも、機嫌が悪くなった要素のひとつかもしれない。

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