祐恭を好きだと言い出したヤツを見るのは、2人目。
まるでデジャヴ。
いやそれにしたって、羽織と同じヤツを好きにならなくてもいいだろ。
「はー……」
午後の仕事を始めながら、ついため息が漏れる。
付き合ってるヤツがいる人間を好きになって、幸せになるはずがない。
それがわかるからこそ、俺は反対してるんだ。
確かに、祐恭は悪いヤツじゃない……とは思う。
これまで付き合ってきて、特に悪い印象は受けなかった。
が。
今、アイツには羽織がいる。
それは葉月だってわかっているのに、なんでわざわざ選んだ。
……人を好きになるのに理由なんてないかもしれないけど、だな。
「はー……」
「どうしたんですか? 瀬那さん。さっきから、ずーっとため息ばっかり」
「……いろいろあるんだよ。俺だって」
同じくカウンターに入っている野上さんに、ため息を漏らして首を振る。
だが、いきなり何か思いついたように手を叩いた。
「わかったー! 今日のイヴ、ひとりですごすからじゃないですか?」
「……あのな。俺はそんなことで寂しがったりする人間じゃない」
「そうですか? 私は寂しいですけどねー。せっかくのイヴに、ひとりでいるなんて」
「野上さんは彼氏がいるんだろ? だったら、ひとりじゃねーじゃん」
「んもぉっちろんですよ! ふっふふー。今日は、ステキなレストランに連れてってくれるって言うんですよ? いいでしょー」
「へー。そりゃ、結構なこって」
「もう! 私に当たらなくてもいいじゃないですかー!」
「っ……なんでそうなる。別に当たってないだろ?」
ぱしん、と腕を叩かれ、さすりながら眉を寄せる。
だが、まったく気にしない様子で、しょうがないなぁとかなんとか呟いていた。
……イヴ、ね。
「…………」
カウンターに頬杖をつくと、またため息が漏れる。
こんなときに限って、親父とお袋は留守。
羽織は祐恭のトコだし……葉月とふたりきりか。
…………。
「はー……」
やっぱりまたため息が漏れた。
「たーくん、お誕生日おめでとう」
「っ……おま……覚えてたのか?」
「もう。当たり前でしょう?」
微妙なままで終えた、本日の仕事。
葉月とともに人気のない我が家まで帰ってきてから着替えてリビングに下りると、目が合った途端に笑みを見せた。
てっきり覚えていないと思っていただけに、ついそんな言葉が漏れる。
……とはいえ。
自分の誕生日なのに誰にも祝ってもらえないという切なさにも似た思いがあるからか、素直に嬉しかった。
あー、俺結構単純なのかも。
「はい」
「っ……お前……」
ごそごそと後ろを向いて何かしていた葉月が、振り返ると同時に目の前へ小さな箱を差し出した。
丁寧にリボンがかけられているそれを、思わず葉月とを見比べる。
「私からの誕生日プレゼント。えっと……今回は、クリスマスも一緒になっちゃうけれど……」
「いや、ちょっと待て。ンな、金遣――」
「いいの! ……受け取ってほしいの。それに、こういうときは何も言わずにそうするものでしょう?」
くすくすと笑われ、言いかけた言葉を引っ込めざるを得ない。
……まさか、誕生日プレゼントまで用意してくれていたとは思わず両手で受け取ると、なんとも感慨深いものがあった。
「うわ……すげぇ嬉しい」
「ほんと?」
「たりめーだろ。つか、誕生日プレゼントとか何年ぶりかにもらった」
「えっ。たーくんが?」
「それこそ、おまけみてーなモンはあるけどな。こうやって、ちゃんとラッピングされたモンもらうのは……それこそ高校ンとき以来じゃねーか」
思い返してみても、間違ってはないはず。
そういや、恭介さんだけは毎年俺宛に小包を送ってくれてたっけか。
大学になってからは『自分の欲しいものは自分で買っていいぞ』と、なぜか現金支給になったけど。
それでも、毎年忘れるどころかきちんと当日に祝ってくれていて、俺はずっと嬉しかった。
ちなみに、帰ってきてスマフォを確認したら、『おめでとう』の言葉と普段の恭介さんからは想像できないようなかわいらしいスタンプが送られていた。
「ねえ、開けてみて?」
「あ? ああ」
にこにこと促され、リボンを解く。
そこまで重たくはない、とはいえそれなりに感じる物。
箱だけでは、中身が何かはわからない。
「っ……これ……!」
「これを見たときね、たーくんが思い浮かんだの。ほら、たーくんドイツが好きだってよく言ってたでしょう? 限定モデルって聞いて、つい選んじゃった」
いや、選んじゃった、じゃねーだろ。
あまりにも軽い口調で、口が開く。
……ちょっと待て。
「お前、これ………高かっただろ? かなり」
「ううん、残念だけど……そんなに高い物を買えるような立場じゃないって、知ってるでしょう? だから……きっと、たーくんの思ってるほどの値段じゃないと思う」
「でも――」
「デザインとか、たーくんの好みじゃなかった?」
「ンなワケねーだろ! デザインはいいんだよ、凝ってるし。……って、だから! そ――」
「……よかった……。使ってもらえると嬉しいな」
「っ……」
俺の言わんとすることをわかっているせいか、そこから先の言葉を決して言わせようとしなかった。
コイツは、こんなふうに人の言葉にカブってまで発言するようなヤツじゃない。
……あー……ったく。
「え……っ」
「大事にする。ありがとな」
くしゃっと頭を撫でるように触れると、驚いた顔をしたもののすぐに笑みを浮かべた。
……コイツは、相変わらず俺を甘やかしすぎてると思うぞ。
箱から取り出し、早速腕にハメる。
見た目通りの冷たさを持つ、コレ。
……そう。
葉月がくれたのは、ドイツのブランドの腕時計だった。
このゴツさが、俺好み。
……とか言ったら笑われるかもしれないが、独特な色の文字盤上で時を刻む針の音に、懐かしさすら覚える。
「なんか、就職祝いみてーだな」
「ふふ、そうかもしれないね」
しげしげ見ていると、葉月がおかしそうにうなずいた。
……あ。
「悪い。俺、何も用意してないんだよな……」
「え? 何を?」
「何を、じゃねーだろ。クリスマスプレゼントだよ、お前の!」
今日は確かに俺の誕生日でもあるが、世間一般的にはクリスマスイヴで。
だが、毎年クリスマスを特定の誰かとすごしてないので、用意する習慣なんて皆無だったのがアダになった。
「もう。いいの私は。だって、今日はたーくんの誕生日でしょう? それに、クリスマスプレゼントをもらいに帰って来たんじゃないんだから」
「……サンキュ」
くすくす笑いながら首を振った葉月に、内心では悪いなと思う。
それでも、この年になってプレゼントをもらうなんて考えもしなかったからか、素直に嬉しかった。
振り返ってみれば過去の一時期、腕時計をやたらしたがった時期があった。
それは、身近に腕時計をしている人物がいたから。
父親然り、そして――葉月の父である恭介さん然り。
大人イコール腕時計という安易な図式があったせいか、当然のように憧れを抱いた。
もちろん、最近の話じゃない。
ずっと昔の、小学生から……中学までもそうだったかもな。
「そういや、お前も3月に卒業式なのか?」
「え?」
「今年卒業だよな?」
ふと目に入ったのは、テレビを流れるデジカムのCM。
羽織がそうなんだからコイツもそうなんだろうと思って口を開くと、不思議そうな声を上げた。
声だけじゃなく、きょとんとした顔のおまけ付き。
「私、もう卒業したよ?」
『なんだよ』とばかりに眉を寄せた瞬間、そんな言葉が聞こえた。
「……は?」
「向こうはね、1月の末から1年間が始まるの。日本でいう4月だね。だから、授業は12月の頭で終わるんだよ」
「そうなのか?」
「うん。だから、先々週の日曜日だったかな? ……卒業式。ちゃんと、パーティにも出たよ」
にっこり笑って普通に言われ、思わず目が丸くなる。
と同時に、冷蔵庫へ向かった後ろ姿を眺めていると、なんとも感慨深いものがこみあげた。
……そうか。
コイツ、もう卒業したのか。
どうりで、なんか大人っぽくなったような気がするはずだ。
「卒業おめでとう」
「……あ……ありがとう。ふふ……面と向かってお祝いしてもらえると、なんだか照れちゃうけれど」
グラスにお茶を注いで戻ってきた葉月が、苦笑を浮かべてこたつの左側へ座るとひとつを差し出した。
「そっか。お前、もう高校生じゃないのか」
「うん。これでもう、4月からは七ヶ瀬へ行ける身になったの」
「だな」
その言葉を聞いて、改めて葉月は大きくなったんだな、なんて実感が湧いた。
……俺は親戚のおっちゃんか、と一応つっこんではおくものの、これまで何年もまともに会っておらず、久しぶりに会ったら女子高生で、次に会ったら高校卒業なんて聞いたら結構ビビるぞ。
あぁ、俺も年取ったんだなって。
「てことは、こっちには春までいるのか?」
「んー……そうだね。今回は、お父さんが長く留守にするからお邪魔させてもらってるけれど……どうせなら、新生活に向けて準備しようかなとは思ってるの」
「準備?」
「うん。明日は七ヶ瀬で入学の手続きがあるでしょう? 書類を提出する必要があるから、大学に行くつもり。だから、そのときに学生寮を決めて、ひと通りの日用雑貨を――」
「……ちょっと待て」
「え?」
あれこれとやらなければいけないことを指折り呟く葉月に、ストップをかける。
俺が聞いている話と、違う。
それも、少しじゃない。
大幅にだ。
「お前、うちから通わないのか?」
「え?」
「つーか、お前が受かったって聞いて、お袋も親父もそのつもりでいたぞ?」
「えっ……そうなの?」
「ああ」
間違いない。
葉月からの合格したという電話のあと、やけに張り切ってお袋が親父に話してたし、そして何よりも葉月用にとひと部屋片付けて使えるようにしたのだ。
だから、俺もてっきり葉月はここから通うモンだと思っていたが、やっぱり当の本人には言ってなかったらしい。
……ある意味でいえば案の定だし、安定の先走り型お袋そのもの。
「でも、伯父さんたちの気持ちはとっても嬉しいけれど……そこまで迷惑かけられないよ。だって、4年も通うんだよ? そんな――」
「たった4年だろ? それに、お前ひとり増えたところでウチの生活が苦しくなるようなワケじゃねーし。それに、ひとり暮らしのほうが間違いなく金かかるぞ?」
「……けど、やっぱり――」
「親父だって現役だし、お袋もまだ働いてる。それに、俺だって今は一端の給料もらってるだろ? お前が気にするなら、家のことでも手伝ってくれればそれで十分だって。お袋も助かるっつってたし」
お茶を飲んでから続けると、葉月が眉を寄せた。
……たく。
いきなり何を言い出すかと思いきや、とんでもねーこと言い出したな。
「でも……」
「でも、じゃねーよ。ま、お前が俺たちと住むのが嫌ってんなら、話は別だけどな」
「っ……そんな! 嫌なんかじゃ……!」
「じゃ、問題ねぇな」
「う、ん……それは……」
ぐりぐりと頭を撫でてから、手近にあった新聞を取ってテレビ欄を開く。
一応、話が付いたかに見えた今の会話。
……だが、納得したように見えた葉月の顔が、わずかに曇っているのが気にはなる。
「つーかお前、ひとり暮らしするって恭介さんに言ったか?」
「……言ってない」
「ほらみろ。知らねぇからな。やっぱり大学行かせねぇとか言うかも」
「そんな……いくらなんでも、お父さんそんなこと言わないと思うけれど……」
「そーか? ただでさえ離れて暮らすんだろ? それだけでも心配なのに、学生寮とはいえひとり暮らしとか……ねぇな。押しかけてくるどころか、下手したら一緒に住もうとして恭介さんがこっち来る」
そんなことないよ、と口では言っているものの、最後の最後には小さく『ぅ』と聞こえた。
葉月は、わかってない。
あの人がどんだけ心配性か。
七ヶ瀬に通えるのも、ここにウチの親がいるから許してもらえたようなモンだってのに。
「……わかった」
「よし」
「じゃあ、伯父さんと伯母さんにも話すね」
「ああ。そうしてやってくれ」
渋々ながらもようやくうなずいた葉月に、笑みが浮かぶ。
……ま、あのふたりは、何も言わずともハナから一緒に住む気でいるけどな。
ひとり暮らしするなんて言ったら、反対する人間はてんこ盛り。
それがわかるから、つい笑みが漏れた。
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