「……マジか」
穂坂先生に呼ばれて離席したあと、ようやく戻ってきた学食。
ふたりがいる窓際の席へ行こうとしたら、いきなりとんでもない言葉が聞こえた。
反射的に、柱へ背を当ててアイツらから隠れるような格好になったのも、仕方ないはず。
……あんなこと聞いて、平気な顔して戻れるワケがない。
もちろん、逆にからかえるはずもなく。
『瀬尋先生のこと、私……好きです』
やけに穏やかな顔で、葉月が口にした言葉に対して、当然のことながら祐恭は瞳を丸くした。
そりゃそうだ。
アイツには、羽織がいるんだから。
……つーか。
まさか、アイツが祐恭を好きだなんて思いもしなかった。
そうだろ?
アイツはちゃんと、羽織が付き合ってるってことは知ってたんだから。
……宣戦布告みてーなモンじゃねーか。
聞いてしまった以上、なかったことにはできず。
とはいえ、アイツは俺が聞いていたことは知らないワケで。
あーー、めんどくせ。
思わず頭を抱えるようにすると、大きなため息が漏れた。
「…………」
目を閉じて、どうすべきか考えてみる。
だが、そのとき浮かんだのは……祐恭に気持ちを告げた、葉月の顔で。
……俺が知らない顔だった。
優しくて穏やかで、ひどく相手に感謝するかのようなそんな顔。
アイツがあんな顔するのか、と思うとなんとも言えない気持ちになる。
しかも、あの祐恭に対してとか。
「……はー」
俺が知らない、顔。
そんなモンがあっても不思議じゃないが、ほんの少し戸惑いを覚える。
気付けば18になってて、春からはここの学生になろうとしている。
いつの間にか、『女の子』なんかじゃなくなってたんだな。
一抹の寂しさというよりは………って、なんだ俺。
「……俺は恭介さんか」
しっかり親目線でアイツを見ているのに気付き、首を横に振る。
俺と6つも離れている羽織と同い年の葉月は、言うまでもなくずっと妹みたいな存在だった。
と同時に、幼いころは恭介さんが仕事で留守がちにしていたせいか、父親的な存在にもなっていたワケで。
「……あー……」
俺はどうすればいいんだ。
祐恭には、羽織がいる。
それでも葉月は祐恭が好きで……。
この柱のすぐ後ろでは、ふたりがまだ何かを話しているようだ。
ときどき聞こえる笑い声から、なんともいえない雰囲気を感じ取り、眉が寄る。
……行きにくい。入りづれぇ。
つーか、葉月も葉月だ。
なんで俺に相談しなかったんだよ。……たく。
ハナからそうしてりゃ、俺なりにアドバイスだってしてやれたのに。
面と向かって『瀬尋先生が好き』と告げられたのではなく、いわゆる『盗み聞き』状態。
そんな状況で、この話題を挙げるワケにいかない。
…………とはいえ。
「……何してんの? お前」
「うっわ!?」
顎に手を当てて悩んでいたら、いきなり声がかかった。
弾かれるようにそちらを見れば、怪訝そうな顔をした祐恭。
……こ……いつ。
「っ……なんだよ」
「なんだよじゃねぇだろ! お前……どうすんだよ!!」
「……はぁ?」
湯飲みを持っていた祐恭を引っつかみ、柱に背を向けさせて指を突きつける。
途端に怪訝そうな顔をしたが、こっちはそれどころじゃない。
つーか、落ち着きすぎだろ! お前!
「っ……葉月だよ、葉月! あんなこと言われて……お前、どうすんだよ!」
「どうって……何が?」
「何が、じゃねぇ!!」
馬鹿だ。
やっぱりコイツは大馬鹿だ。
まったく救いようのない、どーしよーもねーヤツだ。
あーーーったく!!
なんで葉月はこんなヤツがいいんだよ!
ワケわかんねぇ!
「葉月はお前が好きなんだろ!?」
眉を寄せ、周りに聞こえないよう小さく口に出す。
……くそ。
なんか、ものすごくヤな気分だ。
よりによって、葉月がコイツのことを好きだなんて……あーもー!!
「っ……オイ!!」
「お前、馬鹿なの?」
「何!?」
『は?』と口を開けたかと思いきや途端におかしそうに笑い出した祐恭を、さらに力を込めて引っ掴む。
笑いごとじゃねーし!
つーか、コレでよくわかった。
コイツが、まったく真剣に考えてないってことが。
「大丈夫だって、黙っとくから」
「は!?」
何を言うかと思いきや、とんでもねぇことを言いやがった。
黙っとくって、羽織にってことだろ?
そーじゃねーんだよ! 馬鹿!
だいたい、なんの解決にもなってねーし!
「おま――」
「何してるの?」
「うっわ!?」
いきなり葉月が柱から姿を現し、思わず声が出た。
な……っ……!
まさかお前、聞いてたとか言うんじゃねーだろな!?
「……なぁに? その顔」
「かっ……いや、だから! お前には関係ねーんだよ!」
「どうして?」
「どーしても!」
ばくばくと激しく打ち付ける心臓を抑えながら眉を寄せて首を振るも、怪訝そうな顔をした葉月は引かなかった。
……く。
こういうときに限って、コイツの勘はいい。
大人しく座って食ってりゃいいモンを……!
「じゃ、孝之も戻ってきたことだし、そろそろ失礼するね」
「なっ……!」
「ありがとうございました」
「は!?」
反射的に葉月を見ると、自分とは違い、やけにほっとしているような顔だった。
……どーゆーことだ……?
眉を寄せてふたりを見るものの、これと言って特別な感じはなく。
そんな様子を見ていると、さっきのは何かの間違いだったんじゃないかとすら思えてくる。
「…………」
とはいえ。
なぜだか知らないが、こういう笑顔のやり取りを見ていると無性に腹が立つ。
相手は祐恭だぞ?
高校時代から嫌ってほどよく知ってる、この瀬尋祐恭!!
大事な従妹であるコイツを、なんでまたあんなヤツに……。
だいたい、どいつもこいつも揃いに揃って、なんでアイツなんだ。
結局行き着くのは、そこ。
見たことのないような顔で葉月に手を振った祐恭を見ながら、舌打ちが出る。
……くそ。
いったい、俺にどーしろっつーんだ。
相変わらず穏やかな顔で祐恭を見送った葉月を見ていたが、ため息とともに視線がほかへ逸れた。
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