「いただきます」
少し冷めてしまったハヤシライスをスプーンですくい、口へ運ぶ。
……ん。
「わ……おいしい」
「でしょ?」
「はい。たーくんがあまりにも自信たっぷりに言うから、冗談だと思ってました」
「あはは。確かに信じがたいかもね。アイツの言うことは」
ぽつりと呟くと、おかしそうに笑われた。
……もしかしたら今ごろ、大きなくしゃみをしているかもしれない。
「ようやく笑った?」
「え?」
頬杖を付いて見られ、思わず瞳が丸くなる。
……その顔。
まるで、何もかもわかってます、なんて雰囲気があって何も言えなくなる。
「……顔に出てましたか?」
「まぁね。俺のそばにいる誰かさんも、そういうふうに思いつめた顔していろいろ自分だけで解決しようとするから」
苦笑を浮かべてうなずいた彼に、笑みが浮かぶ。
「お見逸れしました」
「いいえ」
そうだよね。
彼は、羽織のことをきっと1番よくわかっている人。
自分でも似てると思っている子の彼なんだから、私の何を見抜いても不思議じゃない。
「何かあった?」
「っ……」
優しい顔で訊ねられると、なんでも喋ってしまいそうになる。
そんな、まるでお兄さんのような雰囲気が瀬尋先生にはあった。
「とてもたくさんの人に、必要とされてるんだな……って思ったんです」
「孝之?」
「はい」
ここに来るまでに見た、いくつもの光景。
誰もが笑顔で彼を呼び、そして親しげに話す。
その様子を後ろから見ていて、とても羨ましかった。
彼のことも、当たり前に彼へ声をかけていた人たちのことも。
「私が知ってるのは従兄としての一面だけで、それすらも私には少ないんです。ついこの間数年ぶりに会ったばかりで、ああやっぱり私は何も知らないんだなって思ったら、なんだか……少し寂しくて」
ふと落ちた視線の先に、彼と同じ形のスマフォが目に入った。
彼と同じ、いわゆる“おそろい”が自分にもあったことは、とても嬉しかった。
これがあったから、向こうに帰っても寂しくなかった。
……あのとき撮った写真があったから……というのもあるとは思うけれど。
「アイツはさ、昔からそうだったんだよ」
「え?」
昔を懐かしむような声で顔を上げると、瀬尋先生が小さく笑った。
「俺が初めて会ったのは、高校のとき。やけにお節介で、しつこくて……いい加減で適当で。変なヤツだなって思った」
「……ふふ。たーくんらしいですね」
「でしょ? アイツさ、昔っからそうだったんだよ」
彼の言葉にうなずくと、おかしそうに笑った。
こうして、私が知らないたーくんの話を聞けることが、素直に嬉しい。
埋められない時間は、こうして話を聞くことで少しでも埋められるような気がするから。
「でも、いきなり態度が変わるんだよ。さっきみたいにね」
「え?」
「へらへらしてたかと思えば、いきなり真面目な顔をする。かと思えば、一転してまたふざける。一定の場所に留まろうとしないし、同じことをしたりしない。……そういう性格だから、本当の孝之っていうのは誰も知らないんじゃないかな」
最後の言葉で彼が瞳を合わせ、小さく『ね?』と呟いた。
まるで、私を諭すかのように。
「アイツがみんなに見せてる顔は、俺に言わせてもらえば不自然極まりなくて。だいたい、普段のアイツはあんなに愛想よくないし、真面目じゃないし、融通の利くいいヤツなんかじゃない。いい加減で、無愛想で、面倒くさがりで……何より、頑固。……違う?」
「っ……すごい……その通りです」
彼の言葉を聞き終わった途端、思わず拍手していた。
彼の言う通り。
私が知っているたーくんは、瀬尋先生が言う通りいい人なんかじゃない……って言ったら、怒られるかな。
だけど、そうなんだよね。
……なんていうのかな……。
違う、って思うの。
羽織に接しているときと、こういう場所にいるときの彼が。
……瀬尋先生、すごい。
人を見抜く力があるというか、なんというか……。
たーくんのことを、本当によく知っている。
「アイツ、外面はいいからね。びっくりするほど。でも、そんな上辺だけのアイツを知ってても、自慢にならないんじゃないかな」
「……え……?」
彼の、瞳。
まっすぐな眼差しで見られると、何も言えなくなる。
彼がたーくんのことを見抜いたように、私まで見抜かれてしまいそうで。
……だけど、目は逸らせない。
柔らかい笑みなのに、妙な力があるというか……。
瀬尋先生の言葉が聞きたかった。
聞くことができれば、私は……今よりも気持ちが穏やかになると思えたから。
「葉月ちゃんは自慢できるんじゃない? アイツのこと」
「……自慢……ですか?」
「確かに、葉月ちゃんはみんなが知ってるアイツのことは知らないかもしれない。でも、みんなが知らないアイツのことは、誰よりもよく知ってると思うよ」
静かな声のはずなのに、やけに大きく聞こえたのはどうしてだろう。
一瞬、この学食内のざわめきが消えたように思えて。
にっこりとした笑みを見せてくれた彼に、ようやく笑みが浮かんだ。
「ありがとうございます」
「何もしてないよ? 俺は」
「とんでもないです! ……救われました」
「それはよかった」
なんていうんだろう。
こんなにすらすらと悩みを打ち明けられる人は、これまで出会ったどんな異性にもいなくて。
しいて挙げられるといえば、たーくんくらい。
でも、彼には絶対に話せないこと。
……だって、彼自身のことを本人に直接相談するなんて、変でしょう?
「瀬尋先生のこと、私……好きです」
ぽつりと漏れた言葉で、瀬尋先生が少し驚いたように瞳を丸くした。
……あ。
「っ……え、あの、あの! そうじゃなくて……! えと、なんていうか……」
思わず、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、手と首を振る。
……どうしよう。顔がすごく熱い。
必死に否定しているほうがよっぽど怪しいような気もするけれど、でも、そういう意味じゃなくて!
ただ単純に、人としてというか……だから、その……っ!
「……っえ……?」
「いや、ごめん。なんか……あはは」
両手を頬に当てていたら、いきなり彼がおかしそうに笑った。
……そ……んなにおかしなこと言ったかな。
「っ……」
そこでようやく、自分が立ったままだと気付いた。
周りにいた人たちの視線を感じ、思わず俯く。
……うー。
なんだかものすごく恥ずかしい。
「似てるね、羽織ちゃんと」
「……え?」
「身振りとか、言い方とか……すごいそっくり」
ようやく落ち着いたらしい彼が呟いた言葉で、やっと意味がわかった。
……そっか。
だから、おかしそうに笑っていたんだ。
ようやく納得し、そして内心ほっとする。
「大丈夫だよ。さっき見てて思ったけど……多分俺の勘は外れてないと思う」
「……え?」
「でしょ?」
「っ……」
いたずらっぽく笑われ、何も言えなくなかった。
と同時に、顔が熱くなる。
どうやら、私の気持ちの方向はすでに見透かされているらしい。
「……内緒にしておいてくださいね?」
「もちろん。黙っておくよ」
「お願いします」
彼がそういう人じゃないのもわかっている。
けれど、一応念を押したくなるような秘密だけに、仕方がない。
意味ありげに笑って『でも、大変だと思うよ?』なんて笑った瀬尋先生を見たら、思わず笑みが漏れた。
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