「……相変わらずイイ女」
ついついニヤけるのも、仕方ないと思う。
つーか、知らないだけで多分祐恭とかもやってンから。ぜってー。
……ま、アイツは羽織にマジで言ってそうだけど。
やだやだ。考えらんねぇ。
「……ふ」
俺にしては珍しく休みの朝にとっとと起き、出てきたのは家の外。
俺がそんなふうにするなんて、自分でも本当に珍しいと思う。
……でもま、特別だよな。
愛しいヤツのためならば。
「あー……さすがはポリラック。6層もやると、鏡みてぇ」
うっすらと日が差していることもあって、余計に映える黒。
――そう。
俺にとってのイイ女ってのはもちろん、愛車で相棒のコイツ。
コレ以外にベタ褒めの言葉が出る相手なんて、俺にはない。
大事だもんな……俺にとっては、マジで。
「……たまんねぇ」
道にしゃがんでフロントから眺めると、かなりこう……あーやばい。
最近ゲットした、ポリラックというコーティング剤。
ドイツ製の洗剤で、値段がなかなか高くてイマイチ手が出せなかったが、実際にそれを使った優人のアルテッツァを見て決心した。
俺もこれを買わねば、と。
すげーキレイだったんだよ。マジで。
黒い車は汚れが目立つが、逆に洗ったあとの状態だとものすごくキレイ。
ワックスもいいが、そんなモンとはまったく違う。
まさに、鏡そのもの。
……くっ。サイコー。
「すげーな。っとに、いい」
ボンネットに手をつくのも、もったいない気がして当然しない。
覗き込むだけで映る、自分の姿。
……すげぇ。
ニヤニヤ笑みが出るのも、これは仕方ない。
そりゃまぁ、ハタから見ればものすごく怪しく見えるだろうけど。
「何してるの?」
「うを!?」
いきなり聞こえた声で、思わず身体が動いた。
「どうしたの? 変な格好して」
「な……んだよ。葉月か」
「なに、はないでしょう? もう」
「びっくりさせんなよ」
大きく息をついてから、手……。
「うわ!!?」
「わっ!?」
……っく……しまった。
「? どうしたの?」
「く……」
不思議そうな顔をする葉月に、ついつい向く無言の圧力とも言うべき視線。
……わかってる。
別にお前が悪いんじゃないってことくらい。
つーか、俺が悪いんだけど。
でもな。
あのな。
「……なんでもない」
「どーしたの? なぁに?」
「なんでもねーって」
……言えるワケないだろ。
自分の手形つけてヘコんだ、なんて。
ポリラックは、乾くまでに結構時間がかかる。
仕上がりがキレイなのは嬉しいが、それが結構厄介だ。
……あと少しだったんだけどな。
うっすらと付いた自分の手の跡を見ながら、ため息が漏れた。
まぁいいや。
今度また塗りなおそう。
「ん?」
ふと聞こえた、小さな声。
人ではなく、アレは……。
「……お前か」
「え?」
その場にしゃがんで、左前のタイヤへ右手を出す。
すると、葉月も少しかがんでそっちを覗いた。
「……あ……」
そいつが姿を見せた途端、嬉しそうな声。
タイヤの影から出てきたのは、もう随分前からよーく見知った顔。
そう。
俺の車と同じくらい艶のある毛を持つ、黒猫だ。
「わぁ……かわいい」
そいつを抱き上げると、それはそれは嬉しそうに葉月が笑った。
こいつも、俺と同じで動物好きだったからな。
昔と変わっていない部分を見れて、こっちもつい笑みが浮かぶ。
「こいつ、アキん家の猫なんだよ」
「アキさんの?」
ごろごろと喉を鳴らして気持ちよさそうにくつろぐ姿を見ながら、葉月が少し驚いた声をあげた。
と、同時に撫でていた手が止まる。
「……あの、ね?」
「なんだよ」
じぃっと見てから口を開き、再び猫を撫でる。
だが、何かを言おうとして止めて、言おうとして止めて……という感じは、しばらく続いた。
「アキさんって……」
「アキ? アキがなんだ」
「……たーくんのこと、好きなんじゃないかな」
しっかりと目を見ながら呟かれた言葉。
……は……。
「はァ……?」
身体の底から声が出た。
何を言うのかと思いきや……なんだソレ。
思わず、葉月を見つめたままものすごく顔が歪む。
「……そんな顔しなくても……」
「そりゃそうだろ? いきなり何を言い出すかと思いきや……。何言ってんだ、お前」
「だって、そんな気がしたんだもん」
「なんでだよ」
「……この前アキさんに会ったとき、そんな気がしたの」
眉を寄せて小さく続ける葉月を見て、ため息が漏れた。
この前ってのは、先月のあの飲み会のことだろう。
そういや、確かにあのとき葉月はアキと少し話していたが……。
「あのな。俺とアイツは、そーゆー関係じゃねーんだよ」
「でも、それはたーくんがそう思ってるだけでしょう? たーくんがそうだからって、アキさんも一緒とは限らないんだよ?」
「……だから。そ――」
「私が何?」
「うお!?」
いきなり背後から聞こえた声の主は、アキ本人だった。
コイツらは、どーしてこうもいきなり現れるんだ。
葉月とにこやかに話すアキを見ながら、眉が寄る。
「で? 私が何って?」
「いや……だからな?」
「っ……たーくん!!」
「いーんだよ。お前が思ってるような関係じゃねーんだから」
俺から抱き上げた猫を撫で始めたアキに話そうとすると、葉月が止めた。
……ったく。
コイツは何を勘違いしてるんだか。
「お前が俺のことを好きなんじゃないか、っつーんだよ。葉月が」
「あら。面白いこと言うわね」
「だろ?」
ほらみろ。
案の定、アキが瞳を丸くした。
だいたい、どこがどーなったらコイツが俺を好きだなんて思えるんだ?
1番ありえねぇのに。
「さすがは葉月ちゃん。孝之のことよくわかってるわねー」
「そりゃ、コイツは昔から……は?」
「好きよ? 私。孝之のこと」
にっこり笑いながら、聞こえたこと。
途端、口がぽかんと開く。
「……は……?」
「だから。好きよ、アンタのこと」
聞き間違いと思って確かめたのに、2回目も同じ事が聞こえた。
……おかしい。
つーか、ありえねぇことが起きてる。
にこにこと相変わらず笑みを見せているアキと、勘が当たっていたからか、落ち着いた顔の葉月。
「……はぁああ……?」
そんなふたりを見ながら、久しぶりに口が開いたまま眉が寄った。
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