朝っぱら、だとは思う。
 今が何時か、なんて時計を見ていないからわからないが、自室の机で頬杖をつきながらパソコンに向かっていたものの、ふいに顔がドアへと向いた。
 大抵、閉めることのない部屋のドア。
 誰かが遊びに来たときや夜中は別だが、普段は開けたままだ。
 そんなドアの向こうからは、ずーっと……それこそ、いつからだろうな。
 とにかく、俺が起きたときからずーっとガタガタ騒がしい物音が聞こえていた。
 理由はだいたいわかる。
 今日が大晦日という点を考えれば、すぐだろ?
 普段は大晦日だからってあれこれ細かいところまできっちりやったりしないのが、我が家。
 ――が。今年は、なぜか気合が違う。
 あれか?
 やっぱり、葉月がいるからか?
 アイツ、昔から動いていないと気が済まないんじゃないのかと思うくらい、じっとしてなかったからな。
 現に今もそうらしく、ときおりアイツの声が聞こえてくる。
「これ、どこにします?」
「うーん……。そうねぇ。どこがいいかしら?」
「んー……あ。じゃあ、あそこは?」
「あ、いいわね。あそこにしましょ」
 ……どっちが年上かわかんねーな。
 いろんな音に混じって聞こえてくる、葉月の声。
 もしかすると、俺が過剰に反応しすぎなのかもしれないが、普段よりもずっと耳がそっちに向いているのを感じる。
 この前、祐恭にあれこれ言われて帰ってきた日も、そうだった。
 葉月はいたって冷静で何も変わった点なんてないのに、俺は逆にダメで。
 ものすごく、落ち着かない。
 家にいるのに、まるで居場所がないっつーか。
 無駄に意識しすぎなんだよ。今の俺は……葉月のことを。
「……はぁ」
 画面を見ながらため息をつき、コンポの電源を入れてFMを流す。
 普段の平日は聞かない時間帯だが、何かしら耳に入れていたほうがいいような気がした。
 そのほうが、気も紛れるし。
 今やっているのは、俺が管理するサイトの年賀状について。
 毎年いろいろやってきたが、そろそろネタが尽きたのもあって、難航中。
 あー……ったくよー。
 なんで、よりによってこういう日の番組テーマが『恋愛』なんだ?
 BGMだったはずのFMへ、どんどん意識が持ってかれる。
 歳の差とか、近所のお兄さんとか……どれもこれも、聞けば聞くほど自分に置き換えてしまう。
 ……ダメだ。
 そろそろ末期かもしんねぇ。
「何してるの?」
「うっわ!?」
 ぼーっと画面を眺めていたら、いきなり葉月が顔を覗いた。
 危うく椅子ごとひっくり返りそうになり、慌てて机を掴む。
「な……にしてんだお前!」
「だって、たーくん返事してくれないんだもん。私、何回も入る前に声かけたよ?」
 どくどくと高鳴って苦しい胸を押さえながらのけぞり、葉月を指差す。
 だが、まったく気にしない様子で眉を寄せた。
「もう。時間があるなら手伝ってね。今日は大掃除しなくちゃいけない日なんだよ?」
「……わーってるよ」
「わかってないでしょう? ……座ってないで、立って!」
「あーもー、わかったって!」
 ぐりっと椅子の背もたれを掴んで正面を向かされ、仕方なく腰を上げる。
 グダグダ言っていても、結局は葉月によって動かざるを得なくなることはわかってるしな。
「……この辺、全然片付いてないよ? たーくん、ちゃんと大掃除してた?」
「してない」
「っ……してないじゃないでしょう? もう! 今日はする日なの! のんびりしてる暇ないんだよ?」
「うるせーな」
 ぐいぐいと背中を押されるまま窓へと向かい、窓枠へ腰を下ろす。
 若干高くなっているお陰で、程よく座れる場所。
 ついさっき葉月が網戸ごと窓を開けたせいで、仕方なくこうして座ってるワケだが……。
「寒い」
「もう。当たり前でしょう? 冬なんだから」
「なんで、このクソ寒い中掃除しなくちゃなんねーんだ?」
「んー、大晦日だからかな?」
「……あ、そ」
 葉月から視線を外し、パーカーのポケットへ手を入れると、自然に背が丸くなる。
 ちょうどよく当たる日の光で、ほどよく暖を取れるのがまぁ救いっちゃ救いかもしれない。
 この年末のクソ忙しいときに、わざわざ忙しい行事を作らなくてもいいっつの。
 つーか、12月31日に大掃除しなきゃいけない、なんて誰が決めたんだよ。
 年末だからこそ、のんびりコタツに入って過ごせばいいモンを。
 ……ま、そんなことじーちゃんに言ったら怒られるだろうけど。
 『じゃあ、スス払い手伝え』とか言われそうだし。
 1度手伝いに行ったことはあるが、だだっ広い境内をひたすらこき使われるわ滅茶苦茶寒いわで、もう二度と行かないと誓ったモンだ。
 正月前の神社を、ちょっとナメてた。
「もう。たーくんだけ、終わらないよ?」
「いーんだよ、別に。このままでも困る点なんてねーし」
「そういう問題じゃないの!」
「じゃあ、葉月がやってくれ」
「……そういう問題でもないよ?」
「そーか?」
「そうでしょう?」
 フローリングへ膝をつき、散らばった俺の服を畳んでいる葉月を見ながら、つい出た本音。
 ぶっちゃけ、めんどくせ。
 それに、俺は困らないしな。
 自分の部屋がいくら散らかっていようと、モノさえなくならなければ。
「…………」
「もう。きちんと畳んでおいたら、こんなふうにならないのに」
 丁寧に服を畳んでいく葉月を見ていたら、いつの間にか視線が張り付いたままだったことに気づく。
 気になると言えば、そう。
 あくまで、葉月が俺に見せているのは普通の態度なんだが、だからこそ気になるというか。
 ……俺のほうがダメだな。
 なんだか、非常に自分が情けなくなってくる。
 ふとしたことで、一気にボロが出そうだ。
「ん? なぁに?」
「……別に」
「じゃあ、早く大掃除終わりにしようね。終わらないとスッキリしないよ?」
「…………これが終わってもスッキリしねぇけどな」
「? どうして?」
 そっぽを向いて独りごちたら不思議そうな顔をされ、思わず首が横に振れる。
 あーもー……ンな反応すんな。
「なんでもねぇよ」
「なぁに?」
「いーから。ほら、掃除すんだろ?」
「……ん。じゃあ、まずはこれ。片付けてね」
「わーったよ」
 きちんと畳まれた服の束を受け取って立ち上がると、同じように葉月が立った。
 何も気にしてない、みてーな顔。
 そんな葉月を見ていると、なんとなく罪悪感が生まれる。
「…………」
 アレ以来、葉月は何も言おうとしない。
 だから、俺もほじくり返して聞くことはできないワケだ。
 ……たく。
 人の気持ちも知らねーで。
 こういうときこそ、普段発揮してくれてる気持ちを汲み取る能力ってヤツを最大限使ってくれりゃいいのに。
「手伝うから、一緒にやろう?」
「……へいへい」
 目が合った途端にっこりと微笑まれ、思わずため息が漏れた。

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