「左」
コタツに入ったまま、頬杖を付いてテレビを見ながら呟く。
表示されたのは予想通りの答え。
これでも、パチ歴――ウン年。
ついでに言うと、酒も煙草もほかの博打も気付いたころからやっているが、まぁいいか。
親父は俺と違ってギャンブルに手を出さないから、親戚連中にはよく言われた。
『本当に雄介の子なのか?』と。
だから、俺の場合は親父を見て育ったというより、叔父である恭介さんにいろいろ教え込まれたというほうが強い。
「……俺が出たら優勝できんじゃね?」
箸で黒豆をつまむと、なんとも言えない笑みが漏れた。
は。
楽勝。
「ねぇ、たーく……」
「あ?」
缶を呷りながら振り返ると、葉月がため息をついた。
「もう。たーくん!」
「っ……んだよ」
「何、じゃないでしょう? どうして、こんな時間からお酒飲んでるの?」
すぐここへ腰を下ろすや否や、缶を取り上げる。
……お前な。
「いいだろ、正月ぐらい」
「まだお昼でしょう? お客様もきてないのに……それに、昨日飲みすぎたって言ってたじゃない」
葉月の言うとおり、昨日はじーちゃん家から我が家へ帰ってきて、ウィスキーの瓶をお袋と1本開けた。
そのとき、俺は覚えちゃいないが、俺は散々『正月は禁酒する』と言っていたらしい。
覚えてねぇんだからきっと夢だな。
「え?」
「大人しく返したほうが利口だぞ」
「……もう。飲みすぎないでね?」
「わーったわーった」
ひらひらと目の前へ手のひらを差し出すと、冷えた缶が戻ってきたので、再び番組に見入る。
今日は、普段深夜にやっている番組が新春スペシャルで明るい時間にやっていた。
内容はパチンコ。
……悪かったな、正月からそんなモン見てて。
「いくつだと思う?」
「え?」
葉月を見ると、まばたきを見せてからテレビを向いた。
俺が先ほどから答えているのは、この番組でゲストと称した芸能人に出題されているパチンコに関する問題。
よく行く店でもこういうのを実施してくれたら、きっといい日になると思うんだけどな。
……ま、無理だろうけど。
「ほら、アイツが持ってるカップあるだろ? あれで、2000発数えるんだよ」
「2000個ってこと?」
「そ」
「……でも、目盛りとか付いてないみたいだし……」
「そりゃそうだ」
ンなモン付いてたら、出題の意味ねーだろが。
なんて思うが、一応つっこまないでやる。
「あ?」
じぃっとテレビを見ていた葉月が振り返り、瞳を合わせてきた。
その眼差しには、期待と若干の諦めみたいな色がある。
「たーくんはわかるの?」
「まぁな」
予想した問いにニヤりと笑うと、小さく苦笑を浮かべた。
箸でテレビを指し、そちらを見ながら続ける。
「あのカップは、大体160発入るんだよ。だからまぁ……ぴったりは無理かもしんねーけど、ニアミス程度ならイイとこまで行くと思うぞ」
「……なんか、自慢にならない気もするけど、すごいね」
「ひとこと多い」
へぇ、と声を出してから苦笑した葉月に瞳を細め、再び重箱へ。
我が家に重箱が出てくるなんて、本当に久しぶりだ。
ましてや、この正月の時期に出てくるなど……それこそ記憶にあるのは、確かまだ俺が小学生だったときじゃねーか。
ウチは本家ではないので、盆暮れ正月は大抵こっちから出向く立場。
だから、普段からさほど客が来るワケでもないので、おせちなど作らない。
にもかかわらず、今年は珍しく重箱が出てきた。
ま、そのおかげで昼間から酒飲む口実ができたんだけど。
「何よ、孝之。あんたまだ食べてるの?」
「いーだろ別に」
怪訝そうな顔をして対面に座ったお袋を見てから、錦玉子をつまむ。
……お。
「ウマいな、これ」
「ホント? よかった」
誰にともなく呟いたら、葉月が笑みを浮かべた。
途端に、そっちへ視線が向く。
「……もしかして、作ったのか?」
「うん。作ったよ」
「マジ?」
「うん。ウチ『ザ・おいしん坊』全巻あるから。それを見ながら、勉強したの」
「……すごいんだか、すごくないんだか……。まあ、すごいけど」
ふふ、と笑った葉月に眉を寄せると、『そうだね』と言ってどこから取り出したのかみかんの皮をむき始めた。
『ザ・おいしん坊』というのは、料理の漫画。
かれこれウン十冊と出ているだけあって、内容もかなり細かい。
恭介さん、相変わらず変わんねぇな。
昔から買っていた漫画は、どうやら今でも買っているようだ。
……にしても、だ。
てっきり買ってきた物だとばかり思っていたので、へーーと素直に感心する。
どうりで、大晦日の一定時間葉月を見かけなかったわけだ。
まさかキッチンにこもっているとは思わなくて、そこは探さなかった。
「……お前、なんでも作るんだな」
「なんでもってわけじゃないけどね。ただ、お父さん和食好きだから」
「あー、なるほど」
確かに、恭介さんは向こうに行ってからも和食を好んで食べてそうだ。
……それで、葉月が和食作れるようになったのか。
しっかし、まさかこんな物まで作るとは。
「黒豆も、煮たんだよ」
「マジで?」
「うん」
指差した葉月に、弾かれるように視線が向いた。
……こいつ。
マメだけに、マメだな。……いや、わかってる。言うな何も。
葉月の爪の垢でも煎じて飲んだら、少しは俺もマメになるかも知れない。
……しかし、なんだコイツ。
スーパー人間かなんかか。
「あんたも少しは葉月ちゃんのこと見習ったら? なんなら、爪の垢でも飲ませてもらいなさい」
「うるせーな」
自分が考えていたことを言われて瞳を細めると、あっさりチャンネルを変られてしまった。
「あ、おい!」
「まったくもー昼間っからお酒飲んで、パチンコの番組見て……。ほかに何かすることないの?」
「休みなんだから、いいだろ」
「よくないわよ! ったく……」
「そうだよ、孝之にーちゃん」
ふいに背後から聞こえた、まったく聞き覚えのない声。
すると、俺が振り返る前にお袋と葉月が俺の後ろへ視線を向けた。
「あら、ヨシ君じゃない。いらっしゃい」
「お邪魔します」
「……ヨシ?」
聞き覚えのある名前で首だけひねると、そこにはなんともまぁ小生意気そうな“ザ・男子”が立っていた。
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