……って。
「あー、ヨシ坊か」
「坊じゃないよ! もう、中学生だよ?」
「へぇ。デカくなったなー」
少し照れた笑みを浮かべたのは、間違いなく俺の知り合いだった。
知り合いっつーか、従弟。
以前会ったときはまだぴーぴー泣いていたと思っていたのに、随分とまぁデカくなったモンだな。
ふと葉月へ視線を戻すと、少し困っているような顔をしていた。
……あー。
「そうか、葉月は知らないよな。こいつ、お袋のばーちゃんちにいる義弘っつーんだよ」
「そっか。じゃあ、会ったことないよね。初めまして」
「初めまして……え? にーちゃんの彼女?」
「違う」
年末にかけて何度となく言ったことを、まさか年明けにも言う羽目になるとは。
瞳を細めてきっぱり返すと、ヨシがおかしそうに笑った。
しかし、なんとなく気になるのは――葉月。
これだけ多く否定されると、気分も悪いんじゃなかろうか。
だが、ヨシを見てにっこりと笑ったのを横目で見ると、たいして気にしている様子もなくて少し救われる。
「葉月は、従妹だよ。従妹」
「へぇー。そうなんだ」
「……ふぅん」
「わっ!?」
「何を赤くなってんだ、お前」
「あ、赤く!? な、なってないよ! そんな!!」
「いっちょまえに、色づきやがって。やらしー」
「っ! ににににーちゃん!!」
頬杖をついてニタニタ笑ってやると、慌てて手を振りながら一層顔を赤くした。
ウブな青少年を弄ぶのは、結構楽しい。
……あ、わかった。
きっと、恭介さんもこのクチだったんだろう。
俺も散々言われたもんな。
…………ま、ヨシほどウブな反応じゃなかったが。
「もう。たーくん、意地悪しないであげて?」
「そうよ? 孝之。ヨシ君はあんたと違うんだから。ね?」
「あはは」
「……なんだよ」
軽い冗談だっつーのに、目の前のふたりに思い切り非難された。
何もそこまで言わなくてもいいだろ? ちくしょう。
しかも、当の本人はまんざらでもない顔をしてすっかり葉月とも打ち解けてるし。
なんなんだ? お前らは。
……ったく。
「でも、どうしたんだよ。珍しいな」
「あ、うん。お父さんたちがちょっと出かけるって言うから、付いて来たんだ」
「ほー。……んで? どうして叔母さんたちは一緒じゃないんだ?」
「なんかねー、伯父さんとごはん食べに行ったよ?」
「……ウチの?」
「うん」
満面の笑みで言われて、ようやくわかった。
……どうりで、親父が一向に姿を見せないワケだ。
どうせ、近所の飲み屋に引っ張られてったんだろう。
親父も正月早々から大変だな。
俺とは違って、ほとんど酒を飲めない。
ヘタしたら、酔い潰れて帰って来れないかも。
「あら、すごい」
「ホント……! これ、義弘君が描いたの?」
「え? あ、う、うんっ」
「上手ね」
「ありがとうございます」
なんの話かと思いきや、どうやら3人でヨシの年賀状を見ているようだった。
……つーか、ちょっと待て。
なんなんだ? この葉月とヨシの妙な雰囲気は。
だいたい、ヨシ坊! お前、葉月にイチイチ顔赤くしてんじゃねぇよ!
「ヨシ」
「え? 何?」
「お前、葉月みたいのがタイプか」
「ッ!! な、ななっ……な!?」
頬杖をついたままニヤっと笑うと、見る見るうちに顔を赤くした。
うわー、おもしれぇなコイツ。
こうなると、本当に弄り甲斐があるってモンだ。
「ほー。なんだ、図星か? お前――ってぇな!!」
ぽこっという小さな音で弾かれるようにそっちを見ると、やっぱりお袋が眉を寄せていた。
相変わらず人の頭をぽこぽこ叩きやがって……!
今度は、どうやら新しく貰ったカレンダーらしい。
……ま、叩かれたところで痛くも痒くもねーけど。
「あんたねぇ。久しぶりに会ったヨシ君に何言うの? 馬鹿なことばっかり言ってないで、少しはヨシ君を見習いなさい!」
「はァ?」
「どうして口も性格も悪いのかしら。ヨシ君を見なさいよ、アンタよりずっと年下なのに、こんなにしっかりしてるじゃないの」
「うるせーな。俺は俺だろ? つーか、引き合いに出す必要――」
「口答えしない!」
「なっ……!」
お……面白くねーー!
つーか、何もそこまで本気で怒ることないだろ!
俺はただ冗談で……って、だから。
「…………ち」
……もういい。何も言わねーよ。
ヨシが取り出したスケッチブックを覗き込みながら、あれこれと楽しそうに笑う葉月とお袋。
お袋にとってはかわいい甥っ子だから、コイツが楽しんでいるのはわかる。
……だけど、だな。
どうして葉月まで、楽しそうにその輪に交ざってるんだ?
俺には見せないような柔らかい笑みを惜しげなく見せているのを見ていたら、自然と視線が落ちた。
「義弘君、絵を描くのが好きなの?」
「え? あ……う、うん」
「そうなんだ。……あ。もしかして、これって――」
「わわ!? ち、ちがっ……! これは、だから、あのっ……!」
「あらぁ。好きな子? ひょっとして。かわいいわねぇ」
「お、伯母さんまで!?」
俺が喋らなくても、滞りなく進んでいく会話。
あーあー、わーったよ。
どーせ、俺は邪魔者だよ。
缶に残っていたビールを呷って飲み切り、立ち上がって自室へと向かう。
「……ち」
ドアを開けたところで声がかかるかとも少し期待していたんだが、まったくそんな気配すら見られなかった。
なんなんだよ、葉月まで。
やってらんねー。
小さく毒づいてからドアを閉め、階段を上がる。
せっかくの正月だってのに、なんとも気分悪い感じがいなめない。
みんな揃ってヨシにかかりっきりかよ。
いい年して情けないだのなんだの言われるかもしれないが、それでもこれが正直な気持ちだった。
嫉妬?
……は。馬鹿にすんな。
俺はどっかの教師みてぇにンな情けねーことしねぇよ。
しかも、たかが中学生の従弟に。
……そう。
ヤツは、たかが中学生。
そう思っていたのに――……自室に戻ってしばらくしたとき、思いも寄らない事態が起こるなどとは、このときの俺もさすがに予想できなかった。
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