「はいっ、コレ葉月ちゃんの分ね」
「ありがとう」
機械を変えて2枚ほどプリクラを撮ったあと、カウンターではさみを借りて3つに分けたうちのひとつを、絵里ちゃんがくれた。
撮り終えたあとにするらしい落書き作業は、まるでパソコンで画像編集をするみたいに、手軽にできるところが面白い。
細かい字やかわいいデコレーションが散りばめられていて、見ていて素直に楽しかった。
「っはー……しかしコレ、ホントやばいわ。稀に見るレアプリだわ。投稿したら、間違いなく本誌掲載ね」
「葉月、すごいかわいいよね」
「そうそう!」
「もう。そんなことないったら」
まじまじとプリクラを見つめながら『ほぅ』とため息をつかれ、慌てて手を振る。
こんなに褒めてもらったのは、きっと人生で初めて。
だからこそ、恥ずかしくて困ってしまう。
「……よし。それじゃあ次は今日の最終段階に移るわよ」
「最終段階?」
「そう!」
プリクラをしまった彼女が、こほん、と意味ありげに咳払いをした。
思わず、そんな姿を見て羽織と顔を見合わせる。
……何が始まるのか。
彼女の口から何が出るのか、見当つかなくて少しだけどきりとした。
「姫、とりあえずたっきゅんに会ってきなさい」
びし、と私を指差した絵里ちゃんを見て、思わず目が丸くなる。
……たーくんに。会う。
この、髪型で。
この……格好で?
「え!?」
「絵里!?」
まさかそんなことを言われるなんて、想像もしていなかった。
確かに、こんな格好をしたもともとの理由が、そういえばたーくんの存在からだったような気もするけれど……まさかそんなことを言われるなんてこれっぽっちも考えなくて。
でも、絵里ちゃんにとっては私たちの反応のほうがよっぽど心外だったらしく、唇を尖らせて眉を寄せた。
「なんでよ。いいじゃない! っていうか、それくらいしないでどうするのよ! そもそもね、今日こうして葉月ちゃんを弄り倒したのは、たっきゅんに『かわいいかわいい』って頭ぐりぐりさせるためだったんだから!」
「えぇ!? ……あ、でもそうかも」
「っ……そうなの?」
羽織も一瞬声はあげたけれど、『そういえばそうだった』と納得され、ひとり驚くばかり。
確かに、違うとは……言い切れない部分もある。
たーくんには普段、かわいいと言われないと伝えた私の発言が最初にあったような気もするから。
でも、だけど。
そんな……いくらなんでも、こんな服で彼に会いに行くなんて、さすがの私でも戸惑う。
だって、あの場所はまさに公的な場所で。
しかも彼の仕事先は、ある意味閉鎖的な空間でもある図書館。
たくさんの学生もそうなら、野上さんを始めとした彼の同僚の人ももちろんいるところ。
そんな、“オン”そのものの場所へ制服を着た私がひとりで行ったりしたら、たーくんはどんな顔をするだろう。
果たして、どんな言葉を口にするだろう。
「っ……」
一瞬想像してしまい、ふるふると首を横に振るしかなかった。
絶対、怒られるに決まってる。
彼ならば、間違いなく。
『どうかな?』なんて言える雰囲気などないまま、引きずるようにして強制退場されるに違いない。
「絵里ちゃん、あのね? さすがにそれは、ちょっと……」
「えー。そぉ? むー。絶対喜ぶと思うんだけど」
ううん。絶対、怒られると思うよ?
ぶう、と眉を寄せた彼女に心の中だけでささやく。
たーくんには今、基本的にひとりで出歩くなと言われている。
それはあのことがあったからだろうけれど、でも、それ以上にこの格好で会いに行くのは、たとえ羽織と一緒でもかなり厳しいだろう。
……ふたりで行ったら、確実に叱られるだろうな。
あからさまに嫌そうな顔をして、問答無用で車へ乗せられるに違いない。
「まぁしょうがない。それじゃ、計画変更よ」
「変更?」
「そ。変えていいわ」
ため息をついた彼女が、両手を腰に当てた。
計画変更。
それはいったい、どんな方向への転換なんだろう。
どうやら同じことを羽織も思ったらしく、眉を寄せるとどこか不安そうに絵里ちゃんを見つめた。
「その制服、お持ち帰りしていいから」
「え?」
にっこり笑って告げられた言葉は、ある意味予想外だった。
お持ち帰り……ということは、このまま着て帰っていいということ、だよね?
「いいの?」
「もっちろん」
先ほどの提案をした彼女にしては、とっても大人しめだと思うのは私だけだろうか。
「たーだーしー」
――なんて思ったら、ちちち、と人差し指を横に振りながら、いたずらっぽい瞳を私に向けた。
まっすぐ。
決してぶれない、強さのようなものを秘めて。
「今日は寝るまでその格好でいること。いいわね?」
「っ……」
にやりと笑った彼女に対して、思わず目が丸くなった。
寝るまでって……でも、いいのかな。
だって、皺になっちゃうでしょう?
「でも絵里ちゃん、せっかくの制服が汚れちゃわない?」
「いーのいーの。それ、洗濯機でガラガラ洗えるやつだから、気にしないで。くれぐれも、クリーニングなんかに出さないでね。おーけー?」
「ふふ。ありがとう」
「どういたまして。てか、こっちこそよ! 葉月ちゃんと冬女プレイできるなんて夢みたいだもん。すっごい楽しかった!」
「……プレイ?」
「や、気にしないで。なんでもないから」
にっこり笑った彼女は手を振り、あちらを見て声を上げた。
向かった先は、UFOキャッチャー。
“群”と言ってもいいほどいろいろなプライズがあって、絵里ちゃんは羽織を引っ張ると羊のぬいぐるみがあるところへ向かった。
クレイアニメで有名だよね、そのキャラクター。
『アンタは横から見て教えて』と羽織に指示を出していて、その一生懸命さがなんだかとてもかわいかった。
「…………」
ゲームセンター内は少し薄暗く、もう間もなく春休みだからか子どもの姿は多い。
私たちと同じように制服を着ている子も大勢いて、その中に紛れている自分がどこか嬉しい気持ちもある。
所属できることは、安心感に繋がるんだろうな。きっと。
プリクラコーナーのすぐそこにある姿身に映る自分は、どこからどう見ても女子高校生。
羽織と絵里ちゃんが卒業したあの高校の生徒に見えることが、恥ずかしいような……でも嬉しいかな。
こんなふうに、女子高生ができるなんて思わなかった。
紺のハイソックスに茶色のローファー。そして、秋色のブレザー。
向こうで着ていたスカートよりもずっと丈が短くて、こんな格好を見たらお父さんには叱られるだろうなと思う。
……ううん。
もしかしたら、たーくんにも何か言われるかもしれない。
「ふふ」
そういえば、まさにこの姿だったんだよね。
つい先日見た“たーくんと幼馴染”の夢の中で自分が着ていたのは、まさにこの制服だった。
ありえないことなのに、こんな機会に恵まれるなんて、本当に友達の力って偉大ね。
普段とはまるで違うくるりとウェーブを描く髪を耳へかけると、自然に笑みが浮かんだ。
「……あれ?」
鏡の端。
そこに、見慣れた人が映った気がして、振り返る。
UFOキャッチャーではなく、カードゲームの機械のところ。
そこには小学生が数人と……背の高い男の人がひとり、彼らへ何か話しているところだった。
見たことがある、どころじゃない。
知り合ったのはつい最近だけど、とても人当たりがよくて……ううん。きっと、面倒見もいいんだろうな。
今も、子どもたちへ眉を寄せて何か話してはいたけれど、最終的に笑顔を浮かべて手を振るのが見えた。
「こんにちは」
「え?」
「……鷹塚先生?」
「あー……と?」
背中越しに声をかけると、振り返ってすぐどこか不思議そうな顔をした。
ちらりとつま先から見上げられるも、顎に手を当てたまま……わずかに首をかしげる。
……もしかして、気づかれてない、のかな。
確かにこれまでとまったく違う髪形だし、何よりもこの制服。
彼と会うときはいつも私服だったし、そういえばたーくんとも一緒だった。
「えっと……わた――」
「……葉月ちゃん?」
「ふふ。こんにちは」
手のひらを差し出して目を閉じた彼は、ぱちんと指を鳴らすとにっこり笑った。
思い出してもらえたことが嬉しくて、どこかほっとする。
だけど、『へえ』と口角を上げた彼の笑みは、たーくんにも少しだけ重なるように見えた。
「すっげぇ。まさか葉月ちゃんとはね。全然わかんなかった」
「そうですか?」
「うん。俺の初代教え子が、ちょうど今年高3なんだよ。だから、誰かなって考えたけど……まぁいるわけねーよな。こんなかわいい女子高生、一度見たら記憶に残る」
「ありがとうございます」
そこまで言ってもらえるとは思わず、苦笑が漏れた。
初代教え子ということは、今から……7年前。
彼が教えた子たちはどうやら、私と同い年の子たちらしい。
「ちょっとさー、写真撮っていい?」
「え? 私ですか?」
「うん。一緒に。だめ?」
「いえ……私でよければ」
『あ』と口にした彼はポケットからスマフォを取り出し、私の隣へ立った。
手を伸ばして構え、撮影モードを切り替える。
小さな画面に映るのは、どこか楽しそうな顔をした鷹塚先生。
それこそ、たーくんといるときにも似た表情で、つい頬が緩む。
「はー……激かわ。すっげぇいい写真。ありがとう」
「こちらこそ。……鷹塚先生、今日はお休みですか?」
「いや、これも勤務の一環なんだよね。今週は給食がなくてさー。子どもたちが午後野放し状態なんだよ。それぞれ伝えてンだけど、ああやって子どもだけでゲーセン来ちゃう子がいるから、それの見回り」
苦笑しながら、彼はワイシャツのポケットにしまっていたネックストラップを取り出した。
そこには彼の所属する学校と、写真つきのフルネームが記載されている。
「にしても、まさか葉月ちゃんが冬女生だったとはね。若いとは思ってたけど、すげぇ存外」
「あ、いえ。私は違うんです。これは、友達に借りて……」
「へーぇ? じゃあ、アイツ知らない?」
「はい」
彼の言葉に首を振ると、一瞬目を丸くしたもののスマフォを取り出した。
ひとしきり操作し、ポケットへしまう。
だけど、腕を組んだまま笑うと『いや、すげぇ似合う』とどこか感心したように笑った。
「葉月ちゃんてさ、今何歳?」
「18です」
「18!? うっわマジか! ……へぇ、なるほど。どうりでアイツが口割らないワケだ」
「え……? たーくん、言わなかったんですか?」
「何回聞いてもはぐらかすんだよ。なんでかなって思ったけど、そういうことね。俺じゃなくて自分のほうがよっぽど犯罪者って自覚あったんだろうな」
「えっ」
「あー、平気平気。卒業してンだし、何も問題ないから」
ただ俺がアイツの弱み握っただけで。
けらけら笑った彼を見ながら、でも少しだけ眉が寄る。
どうしよう。もしかして、いけなかったのかな。
たーくんが、どうして内緒にしていたのかはわからないけれど、彼なりに理由があるはず。
結果的に私が答えたことで伝わってしまったけれど、もしかしたらよくなかったのかもしれない。
「鷹塚先生、あの……たーくんにはこのこと……」
「あー、ごめん。内緒にしときたいとこなんだけど、レア写真送っちゃったんだよね」
「え!?」
「つってもま、半分だけね。フルサイズ送ったら気づかれそうだから、トリミングしといた」
たーくんにも見せるつもりではあったけれど、さすがに今すぐとは考えていなかった。
だって……こんな格好で出かけてるなんて知られたら、叱られるような気がするんだもん。
それも、私だけじゃなく、羽織や絵里ちゃんまで。
……そういうわけにはいかないの。
私はとても楽しかったけれど、それは結果として彼女たちが付き合ってくれたから。
叱られるのは私だけで十分。羽織たちには言わないでもらうよう、伝えないといけないなと思う。
「とりあえず、葉月ちゃんが困るようなことはしないから。アイツを弄って遊ぶ程度で」
「でも……」
「あー、言い方が悪かったな。別にアイツ責めたり脅したりしないから安心して。ごめん。不安にさせたなら謝るよ」
私を見てすぐ、鷹塚先生は表情を変えた。
『アイツに何もしないから平気』と笑い、もう一度謝罪を口にする。
でも……その姿を見たら、緊張はもちろん緩んで。
私が勝手に心配する必要なかったんだな、とわかった。
「なんで言いたくなかったのかなって考えたんだけど……多分、俺がそういう目で葉月ちゃんを見たら嫌だったんじゃないかなって」
「え?」
「未成年だから、守りたかったんじゃない? アイツ。馬鹿真面目だから」
守りたかった。
その言葉は、まさに彼らしいような気がする。
……そうかもしれない。
彼が動いてくれるとしたら、自分自身のためではなく、誰かのため……だもんね。
肩をすくめた彼に笑うと、それを見てかどこか安心したように柔らかく笑った。
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