「……さっきのたーくん、ちょっとだけ私に似てたの」
「何?」
 手を繋いだまま、改めて車道を渡る。
 通りに並ぶ、雑貨屋さんに服屋さん。そして、カフェ。
 友達と過ごした日々がふいに蘇って、彼を見上げたまま笑みが浮かぶ。
「嫌がらせじゃないんだけど……物を隠されることがあってね。そのとき、誰がしているかわかったから、直接話をしたことがあるの」
「……お前強いな」
「だって、気持ち悪いでしょう? どうしてこんなことするのかわからなかったし、私に非があるなら教えてもらいたい気持ちもあったから」
 3年ほど前の、夏。
 ちょうど今と同じくらいの時期に、初めて同じ授業を取ることになった女の子が、あからさまに私へ敵意にも似た感情をぶつけてきたことがあった。
 くせのないブロンドに、青い瞳。
 私よりずっと背が高くて、スポーツも勉強もできるとても目立つ人だった。
 いつも誰かと一緒にいて、男女問わず大きな声で話していることも多くて。
 それまでまったく関わりがなかったのに、どうして私なんだろうと不思議な気持ちでもあった。
「目立つからだ、って言われたの」
「……お前が?」
「全然そんなことはなかったし、私は友達と違う授業を選んでいたから、ひとりで行動することも多かったの。だから……どうしてだろうって不思議でたまらなかった」
 今思い返してみても、理由に納得はできない。
 同じクラスに何人か仲のいい子はいたけれど、朝の出席や先生からの連絡が終わったあとは、授業が違えばすれ違う程度。
 お昼は一緒に食べたけれど、時間があわないときはそのまま次の日まで会わないこともたまにあった。
「いろいろと英語でまくしたてられた上に、その子とっても早口なの。聞いていたら疲れてきちゃって……途中からつい、日本語で反論しちゃった」
「……お前がやるとか想像つかねぇな」
「ふふ。何度も言ったでしょう? 私、そんなにいい子じゃないの」
 日本語の授業を取っている子が周りにはいたから、意味は伝わってしまったかもしれない。
 でも、笑顔で意見したぶん、彼女は不思議そうなというよりもどこか居心地悪そうに眉を寄せていた。
 表情って大切なんだよね。
 言葉の意味よりも、そちらが優先されるんだから。
「いやがらせをしても私は喜ばないし、きっと負けたりしないから、伝えたいことがあるなら正々堂々真正面から都度言ってくれる? って……日本語でお説教したの」
「恭介さん、知ってるか?」
「まさか。そんなことしたって知られたら、叱られちゃうよ」
「そーか? よくやったくらい言いそうだけどな」
「もう。お父さんそんなふうに言わないったら」
 からからと笑われ、少しだけの居心地の悪さから眉が寄る。
 内緒なの。お父さんには。
 心配させるのは極力避けたいし、自分でどうにかなることは自己責任という形でなんとかしたかった。
「だから……さっきのたーくん、私に似てるなって……なんだか懐かしくなっちゃった」
 守ってくれたのが、嬉しかった。
 と同時に、何に遠慮することなく堂々と意見を述べる姿は、さすがだとも思った。
 ……本当に、かっこいい人なんだから。
 繋いだまま指先をそっと絡めるように握りなおすと、気づいた彼が少しだけくすぐったそうに笑った。
「えっと……ちょっと、反対側に渡るね」
「あ? ああ」
 ちょうど、トラムの停留所が見えたこともあって、あちら側へ渡るべく手を引く。
 これまで過ごした学校に、よく行くスーパーと本屋さん。
 こまごました場所を見ながらきたこともあって、もうお昼をだいぶ過ぎている。
 アイスは食べたけれど、ごはん食べないとね。
 ふと、シェリーの顔が思い浮かんで、小さく苦笑が漏れた。
「Luna!?」
「え? ……あ!」
 道を半分ほど渡ったところで、向こうから声がかかった。
 見ると、日傘も差さずに過ごしている男女のグループのうち、サングラスを外した子が私へ向かって手を振っていた。
「わわっ」
「Luna! When did you come back?」
「Why did you call me? I've been waiting for you!!」
「あー……Sorry,but I've been meaning to call(ごめんね、でもずっと電話しようとは思ってたの)」
 まさに、満面の笑みのまま腕を引かれ、豊かな胸に抱き寄せられる。
 ……苦しい。
 今日の彼女はいつもと違って長い髪をまとめているけれど、後れ毛が頬に当たって十分くすぐったかった。
「So,Will you introduce him?(で? 紹介してくれないの?)」
「あ……えっと」
 外したサングラスを胸元へかけた彼女が、とても興味ありそうな顔でたーくんを見つめた。
 もう。ちゃんと伝えるから。
 ちらりとたーくんを見てみると、さほど背の変わらない彼女を見ながら、少しだけ居心地悪そうな顔をしていた。
 ヒールが高いから、背が変わらないのね。
 私よりはずっと高いけれど、学校で会っているときはこんなに身長差は開かない。
 どう伝えたらいいかな。
 いろいろな形はあるけれど、でも……伝えてもいい?
 迷いはしたけれど、たーくんは許してくれるかな。
 まじまじ彼を見ると、目が合ってすぐ肩をすくめた。

「He is my de fact partner」

「……は? な――ッ!」
 手のひらでたーくんを示した瞬間、周りの子たちが大きな声をあげて彼の手を掴んだ。
 きらきらした眼差しで口々に質問を繰り返し、ダンスを踊るかのようにたーくんの手を引く。
 ……まさか、こんな反応されるなんて思わなかった。
 でも、そうだよね。
 だって、彼女たちにとってはそれこそ私なんて一番縁遠い存在だっただろうから。
「おい、葉――っうわ!?」
「わっ!」
 ようやく解放されたかと思いきや、今度は違う子がたーくんの腕を取った。
 バランスを崩したみたいで、巻き込むように私の肩へ腕を乗せる。
「っう……Wait a bit!」
「Do you live together with Luna!? Really!?」
「は……ァ?」
 もう。どうして、そういう質問を私じゃなく彼にするんだろう。
 きらきらした眼差しでたーくんに“本当なの?”とか“普段のルナはどんな感じ?”などと繰り返されているのを聞きながら、苦笑が浮かぶ。
 たーくん、ごめんね。
 困惑というよりは、どこか疲れたような顔をしているのを見て、小さく謝罪を口にしていた。
「わっ!?」
「Why didn't you tell me earlier?(どうしてもっと早く伝えてくれなかったの?)」
「That's very funny! I feel so fine!」
 両手で私を掴んだ彼女は、鼻先がつくような距離で笑うとまた抱きしめた。
 力強くて少し苦しい……けれど、これが気持ちなんだろうな。
 ……もっと早く伝えられればよかったけれど、でも、いつこちらへ戻れるかは決まってなかったから。
 でも、少しだけ申し訳ない気持ちは確かにあった。
「……そのセリフ、こないだ聞いたな」
「え?」
「まあ、あンときとは全然意味違いそうだけど」
 少しだけ疲れた顔をしたたーくんが、もみくちゃにされた服を直して腕を組んだ。
 ちょうどそのとき、トラムが近づいてきたのが見え、慌てて説明すると、そちらを見てから彼女がウィンクをした。
「Tell me more! Okey?(ちゃんと聞かせなさいよ?)」
「Yah,sure」
 彼女たちはまだここで過ごすみたいで、何人かが手を振った。
 また、今度。
 ……今度。
 というかこれはもう、直接じゃなくメッセージでやりとりするようになるかな。
 少なくとも、私だけでなくメンバーの何人かはもう新しい環境での生活を始めているんだから。
「Bye,Luna's dear」
「は? あー……はいはい」
 ぶんぶんと手を振る彼女たちを見送り、たーくんの手を引いて改めてトラムへ向かう。
 すると、運転手さんが私を見て、親指を立ててくれたから……待ってくれるらしい。
「Thank you」
「It's nothing」
 小走りでトラムに乗り込むと、運転手さんは肩をすくめて笑った。
 手すりにつかまりながら見るのは、どこか疲れた顔をしているたーくん。
 目が合うと、小さくため息をつく。
「……なんだったんだ、ありゃ」
「ごめんね、シニアの友達なの」
 つい先月まで、あの場所で過ごした仲間たち。
 だけでなく――私を抱き寄せたあの子は、やっぱり特別な思いもある。
「さっき話した、私が目立つから嫌いだって言った子なんだよ」
「……は? さっきのデカいねーちゃんが?」
「もう。そんなふうに言わないで」
「いや、そうじゃん。つか……え? 何? 仲良くなったのか?」
 意外そうな顔をされ、思わず苦笑が漏れる。
 そうだよね。きっと、そんなふうに言われると思ったの。
 でも、彼女はストレートな物言いはするけれど、そういうところは私と似てるなとも感じたから、当時も嫌な気持ちはしなかった。
「私よりずっと目立つのにね。あんなふうに声も表現方法も大きいから、一緒にいるようになってから、かえって目立つようになったんじゃないかな」
 どんなに遠くにいても、彼女は必ず私を見つけると手を振って名前を呼んでくれた。
 私にはそれができなくて、でも……駆け寄るようにしたんだよね。
 3年間一緒に過ごして、改めてわかった。
 彼女が私を気にしていたのは、目立つからじゃなく、似ているからだったんだと。
「え?」
「いや、なんか……お前はちゃんと、いろんなヤツに大事にされてンだな」
 頭を撫でられ、心地よさから表情が緩む。
 でも、それ以上に……ね。
 そんなに柔らかく見られたら、困る。
 ここが公共の場だとわかっていても、すり寄ってしまいそうになるでしょう?
「……ん。幸せだね、私」
 トラムに揺られながら、それこそ見覚えのある通りへと視線を移す。
 さっきまでの場所とは違い、まさに閑静な住宅街。
 昔に比べて小さな子たちが少なくなったこともあってか、より一層自分も育ったんだなと思った。

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