葉月を見ていてわかったのは、人に媚びない女だなということだった。
 あるとき……そうだな。
 それこそ、先月のあるとき。
 のんびりこたつに入ってたのを見て、後ろから肩に顎を乗せる形でくっついてみたことがあった。
 どうせ、『もう、たーくんっ』とかなんとか言って顔を赤くするのかと思ったものの、べったりくっついてみても『ん?』なんて不思議そうな顔をするだけで。
 俺の勝手なイメージと真逆の反応をされ、へぇ、とおもしろく感じた。
 これまでの、どの女とも違う。
 それこそ、当たり前が通用しない。
 やけに大人びてて、いつだって背筋伸ばしてて。
 男にどころか、人に媚びることをしない。
 むしろ、こっちがへつらわなきゃ何もできないようなオーラを醸し出している。
 ……なのに、たまにどんくさい。
 『あぃた』とキッチンで立ち上がった瞬間取っ手に頭をぶつけていたり、何もないようなところで転びそうになってたり。
 いったいどっちが本当のお前なんだ、と問い詰めたくなること多数。
 だが、結局そんなことをしたところで、答えらしい答えが出るはずないから1度もやったことはない。
「…………」
 高校卒業したての、羽織と同い年。
 葉月を見てると決してその年齢とイコールにならないから、わかっちゃいるんだが改めて考えて初めて実感することもあって。
 犯罪か、と悩んだときもあった。
 それでも、身体は正直で。
 いざとなったらそんな考えにフタして、勝手に身体が動いていた。
 未成年と成人との間って、見えねぇけど当然デカい差はあるよな。
 つってもま、恭介さんどころか美月さんにもがっつりバレてて、ある意味公認されてるみてぇなもんだから今さらだろうけど。
「はー……」
 なんか……長かったな。今週はマジで。
 何があったわけじゃないんだが……まぁいろいろとな。ありまくったなとは思ってる。
 先週葉月が帰ってきてからというもの、いてくれることが嬉しくもあり……だが少しずつ悩みのタネであることにも気づいた。
 アイツは従妹ではなく、すでに俺にとってはただの“女”で。
 あっちの家でイかせた相手だからこそ、中途半端をクリアすべくつい身体が反応しそうになる。
 ……手を出したどころか、もうすでにがっつりヤることヤった手前レベル。
 だからこそ…………あー……今週まじキツかった。
 葉月は俺がこんなふうに思っていることは微塵も知らないだろうが、機嫌が悪いのかな程度には把握してただろう。
 手を伸ばせばすぐそこにアイツがいて。
 別にキス程度なら、いくらでも。
 だがしかし、当然身体は反応する。
 回数を重ねるごとに反応がよくなっていて、恐らくは無意識だろうが声が変わった。
 ……えろいんだよアイツ。なんだアレ。
 葉月はよく俺の目が違うだの顔がどうのだの言うが、俺に言わせてもらえばよっぽどアイツのほうがタチが悪い。
 あんな顔するヤツじゃなかった。
 まぁ当然だけどな。全部教えこんでンだから。
 ひとつひとつの反応がよくて、声が違って、感じてるそのものの声が少し高くて。
 息を含んだ声が聞こえるたび、勝手に身体が反応する。
 もっと、と手が動き、余計自身を煽る。
 だから……途中から手が出せなくなった。
 そりゃ、俺がひとり暮らしで存分にヤることヤれるならいいけどな。
 親だけでなく妹まで一緒にいて、しかもアイツは試験間近とあって夜どころか朝方まで起きてもいる。
 ってことは……デキねぇんだよ。クソが。
 悶々としすぎたせいか、葉月が近づくとそれだけで身体が反応しそうになり、途中から遠ざけるようになった。
 アイツは勘違いしただろうし、傷つきもしただろうが、ああでもしなければ理性が危うくて。
 はー……ヌくのと全然違うんだよな。なんかマジなんなんだよ。
 キスした日には、間違いなくタガが外れる。
 そのまま、どこだろうと抱きそうになる。
 ……獣かなんかか、俺は。
 四六時中一緒にいられることが、こんなにも自身を追い立てられることになるとは知らなかったしわからなかった。
「たーくん?」
「っ……」
 ようやく今日は、今週最後の勤務。
 本当は代休をもらう予定だったが、それは来週へずらすことにした。
 ……あー……。
 羽織がいなければ、休んでたよ。当然な。
 日中だったら、誰に何を気にするでもなく、どこだろうとアイツを押し倒せるのに。
「今日も早いんだね」
「あー……まぁちょっとな」
 家にいる時間をなるべく少なくすべく、今週はまぁ殊勝なくらい仕事をしていた。
 残業手当もつくし、仕事がガンガン減っていくから気楽といえばそれ。
 だが、結局は原動力そのものが解決されてないからこそ、これが続いたら死ぬかもしれないとは少し察知している。
「……ふふ。糸がついてるよ?」
「は? っ……」
 くすくす笑った葉月が、すぐここで笑った。
 手を伸ばし、髪に触れられ……た瞬間、ぞわりと身体が反応する。
「え……?」
「…………悪い。なんでもない」
 勢いそのままに手首をつかむと、華奢で柔らかな感触に喉が鳴った。
 ……朝から勘弁してくれ。
 つか、今ンなこと考えたら、マジでどうにかなりそうだ。
「……はー」
「たーくん……?」
 甘い香りも、笑い方も、声も、何もかも。
 俺にとっては媚薬以上の、ある意味では毒。
「いってくる」
「……大丈夫?」
「全然」
「え?」
「ンでもねーって。平気だ」
 ぼそりとつぶやいたのがマズかったらしく、葉月は眉を寄せると心配そうな顔をした。
 そうすると、一歩近づくのを知っているから、あえて手のひらで制する。
 ……俺、なんかかわいそうじゃねーか。
 ああ、こういうとき恭介さんに『もう一度あの部屋貸してほしい』つったらいいのか。
 ま、あンときと違って俺がなんのために言ってるか推測するだろうから、100%貸してくれねぇだろうけどな。
 玄関のドアを開けると、まさに曇天。
 夕方並みの暗い外を見て、おかげで少しだけテンションが下がった。

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