「瀬那さん!」
「なんだ」
「ちょっと聞きたいことあるんすけど!」
「ノーコメント」
「えぇ!? なんでですかぁ!」
「じゃあ、業務範囲内なら答えてやるから30秒でまとめろ」
 パソコンからカウンターへ90度椅子ごと向いたら、いつも以上にデカい音がした。
 もうすでに14時手前。
 ついさっき昼飯を食べて戻ってきたところだが、あいにく機嫌は悪い。
 なんでかってそりゃ……朝から続いてる、パパラッチどものせいで仕事がはかどらないからでしかない。

「今度は、モデルにキレたって本当ですか?」
「……はァ?」
 今朝は俺が鍵当番だったこともあり、いつもより30分以上前に着いた。
 が、なぜかまだ開館40分前にもかかわらず学生が数人待ち受けており、先日のアレを口々に報告してくる始末。
 あのときは確かに、職員じゃないヤツらのほうが多かった。
 スマフォを片手に持ってるやつも数人見えた。
 一個人の俺の情報をつかんだところでおもしろみなんでゼロだろうとは思うが、どうやらそうでもない連中が何人かいるらしく、俺へ見せてきたスマフォの写真はいずれも角度の違うものだった。
「金曜の夕方、なんかヤりあったって聞きましたよ」
「相手をぼこぼこにしたんですよね?」
「カタギじゃない連中だって聞きましたけど!」
 きらきらした顔して話しかけてくる連中をよそに、鍵を開けて……ってお前らは入れねぇだろ。
 うちの図書館は9時開館。
 俺が鍵を開けたからって、お前らが入っていいわけじゃねぇっつの。
 ドアへ手を置いたまま盛大にため息をつくも、連中は気にしない様子でスマフォをそれぞれ俺へ向けた。
「ほらこれ! 写真回ってきましたけど!」
「出所はどこだ」
「へ……?」
「肖像権の侵害だつってんだろ。知らねーのか? 自由権ってのは公共の福祉に反しない限り有効なんだぜ?」
「いやっ、あっ、お、俺じゃないんですけどっ!」
「誰からもらった。あ? つきとめて訴えてやるから教えろ」
 にこりともせず対応すると、少しずつ学生連中が言葉を控えめにし始めた。
 中には、そろそろと去っていくヤツらと、同じように何かしら聞きたかったようだが察して引き返す奴らも遠目に見え、そのチカラは社会に出てから少しは生きるぞと内心で褒めてやる。
 どこからかかぎつけたヤツらが来るだろうと予想はしていたが、案の定昼休みには多くの人間が押し寄せた。
 つか、すげぇ邪魔。
 あんだけの人間が来たくせに、誰ひとりとして本を借りないってところが嘆かわしいけどな。ぶっちゃけ。
 せっかく来たなら、返すとか借りるとかしろっつの。
 あーだーこーだまくしたてる連中をスルーし、カウンターへ座ったまま黙々と修繕作業をしながらため息は漏れたが、一向に噂の尻尾をつかみたいヤツらが減らないことも腹は立った。
 詳細を知りもしねーのに『よくやった』とか『すっきりした』とかって声も出ていて、俺にはさっぱりワケがわからない。
 つーか、写真は消せよ。まじで。
 SNS上にあげられてはないだろうが、あったとしたら厄介だ。
 俺じゃない。葉月が写ってるなら、なおのこと。
 ……そのへんも、曹介さんへ伝えておいたほうがいいかもな。
 仕事増やす感じで申し訳ない気持ちもあるが、まあ、仕事してもらうか。かわいい甥と姪のためにも。
「えーとえーと……金曜の夕方に瀬那さんの彼女へ絡んでたヤバい男を撃退したって噂たってますけど、ガチすか?」
「半分強はな」
「まじすか! すげ、え、ちょ、教えてくださいよ!」
「業務範囲外なのに答えてやったろ? これ以上は守秘義務」
「うわ、すげぇ気になる!」
 カウンターを乗り越えるんじゃないかという勢いの学生を放置し、パソコンへ椅子ごと向き直る。
 あー、めんどくせ。
 エクセルの関数修正もそうなら、まさに余計な仕事でしかない学生対応が。
 つか、野上さんがヘンなことすんからぐちゃぐちゃになってんじゃん。
 なんでわかんねぇのに、上書き保存のショートカットキーだけ覚えてんだろ。
 『うっかり押しちゃいました』と言っていたが、勘弁してほしい。
 今度からは、デスクトップ上じゃなくて俺の個人USBへバックアップ取っとこ。
「やー、でもアレっすよ。なんか、増えたらしいっすよ。瀬那さんのファン」
「は? なんで」
「いや、そりゃかっこよかったからでしょ。男らしいっつーか。あ。ちなみに、増えたのは女の子ばっかりじゃないっすからね」
「何?」
「いわゆる、大人しメンズにも『理想像』として植えつけられたとかって……」
「はぁ?」
 ぴ、と人差し指を立てながら言われたとんでもないことに、思い切り顔が歪んだ。
 つーか、なんだその『大人しメンズ』って!
 そりゃ、意味はなんとなくわかるがマジか。
 ……うわ、最悪。全然嬉しくねぇ。
「で?」
「なんだよ」
「その、瀬那さんがキレて殴ったのって、噂の彼女が手ぇ出されたからなんスか?」
「そんでもって、1本背負いしたって本当すか?」
「え! 俺、車で引きずりまわしたって聞いたけど」
「あれ? 木刀で殴りつけたんじゃないの?」
「……はぁああ……」
 どいつもこいつもから出てきた、とんでもない噂。
 俺はなんだ。犯罪者か?
 とんだチンピラみてーな言われようで、思わず額に手を当てる。
 曖昧なのは承知の上だが、まさかここまでだったとは。
 恐らく、ここで今聞いたのはほんの一部。
 連中、結構面白がってあーだこーだ付け足してんだろうな。……くそ。
 好き放題言いやがって。
「…………」
 それでも、今回はまだ入学前とあって葉月のことが噂になっていないのが、ある意味では救いか。
 噂の中心は、すべて俺。
 俺がどうやってヤツをぶちのめしたかっていうそこだけに絞られているから、まだイイと言えばイイのかもしれない。
「ほら、散れ散れ。仕事の邪魔だ」
「ちぇー。じゃあまた来ます」
「来るな」
 学生らが群がっては来るものの、どいつもが引き際はあっさりしていた。
 それもすべては、俺の恋愛話じゃないから、か。
 ……ホント、どいつもこいつもあっち系の話となると目の色変えるよな。
 このスキモノ連中が。
「あっ、データの修正終わりました?」
「……来たな」
「え? 何がです?」
「いや、こっちの話」
 つつつ、と口元に手を当ててやってきた野上さんを察知してか、瞳が細まる。
 大抵、学生どもを追い払ったあとで来るんだよな。
 まるで、『おこぼれないかしら?』的なおばちゃん目線で。
「瀬那さんが守ったのって、やっぱり従妹ちゃんですよね?」
「ノーコメント」
「えぇええぇえ!? なんでですか! ひどいですよ!」
「なんでだよ!」
「だって! 聞きたいんですもん! 私! んもーー、すっごい楽しみにしてたのに!」
「……あのな。噂好きなおばちゃんじゃねーんだから勘弁して」
「そう言われても、今回は我慢します! だから教えてください!」
「いや、だから。今回『は』、じゃなくて『も』だろ!」
 バンッとカウンターに両手をついて大声をあげる彼女に、思い切り否定してやる。
 あーもー。
 この人、ホントいつになっても変わらないよな。
 噂の真相を確かめるべくリポーターになりかわるのも、そう。
 ……ったく。
 本職が何か、忘れてんじゃねーのか。
「とにかく! もう何も情報は出さない。特に、野上さんには」
「ええぇぇぇえ!? どぉしてですかぁ! なんで、私にだけ教えてくれないんですか!?」
「別に、野上さんだけって言ってないじゃん。基本的に、全員だよ全員!」
「ひどぉぉおい! いーじゃないですか! 教えてくれたって! けち!」
「つか、なんでそんな俺のこと知りたがるわけ? もっとおもしろいこと、よっぽど外に転がってるっつの」
 両手を顎の下で揺らす彼女を払うように手を振り、背中を向けてパソコンへ向き直る。
 今にも泣きそうな顔は、演技。間違いない。
 それこそ、100パーだと言ってもいい自信がある。
「ぶー。つまんなぁーい!」
「何が」
「ふーんだ。もー、いーです。こーなったら、従妹ちゃんに直接聞きますから!」
「な……!」
「ふっふふーんだ。いーもーんだ。あ、今日来てます? 従妹ちゃん」
「いない」
「えーなんでですかぁ! 連れてきてくださいよ! 私、この間せっかくノーナンバーのカード先にお作りしたんですから!」
「……は?」
 ころりと変わった態度に振り返ると、にやにやしながら性格の悪そうな顔で『ふっふふん』と小躍りをしていた。
「ノーナンバーのカード? 作ったの? アイツに」
「アイツですって! やだもーきゃ!」
 これまで、葉月が図書館へ来ていたときは俺のカードで貸し出しを行っていた。
 学生じゃないとはいえ作ることはできるが、どうせ間もなく学生証が手に入るわけで、だったらあえて作らなくてもいいかと考えただけ。
 だがしかし、まさかアイツがすでに自分用のカードを持っていたとは知らなかった。
 ……つか、言えよ。俺にも。
 別になんてことはないだろう些細なことながらも、なんとなく少しだけもやっとする。
 俺のテリトリーなんて言うわけじゃないが、少し……ほんの少しだけな。
 なんで言わねぇんだ、と思った。
 そう、ただそれだけ。
「……はー」
「従妹ちゃん、明日なら来ます? あ、むしろぜひ連れてきてください!」
「断る」
「なんでですか! 私がめちゃんこ待ってるって伝えてください!」
「なおさら拒否」
「ちょっとぉぉ瀬那さん!!」
 ……あーーーもー。
 どいつもこいつも……つーか、この人は!
 いったいいつになったら、素直に引き下がることを覚えるのか。
「はー……。……ムリか」
 ふと考えてみるものの、あまりにも気が遠くなりそうな遥か彼方の未来でもありそうにないだけに、思わず大きなため息が漏れた。
 
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