「俺の女になるか?」
「っ……」
「……らしくねぇのは承知だ。ンなセリフ吐くとか思わなかった。でも……俺でいいなら、誰かに聞かれたらそう答えていい。付き合ってるって、な。別に俺は困らないし、お前も……困らないんだろ?」
従妹、じゃない相手。
年末に立ち位置が変わった葉月は、俺の中でずっと“従妹”には戻らなかった。
仕草すべてが目につき、表情や動作でいちいち反応する。
そして……離れて過ごしたあと、久しぶりに会ったあの日。
過ごす時間が心地よくて、改めて俺以外のヤツがこいつへ当たり前に手を出すことが、想像の範疇でもおもしろくないと判断した。
「まあ、散々陰口は叩かれるかもな。あんな軽いヤツのどこがいいんだ、って。もっとマトモな人間選べ――」
「さっきも言ったでしょう? 私にとって、たーくんは特別な人なの。……そんなふうに言わないで」
「……おま……」
「大切な人なんだから」
たーくん自身がそう言うのを聞くことも、私は悲しいんだよ。
両手で俺の手を握った葉月が、『ね』と念を押すようにささやく。
さっきよりも近い距離で言われ、我がことながらうっかり謝りそうになる程度には考える。
が。
葉月はすぐここで嬉しそうに笑うと、まるで祈るときのように両手を合わせて包んだ。
「I'm all about you」
「……なんで肝心なトコで英語なんだよ」
「だって……」
意味はわかるが、なんとなく釈然としない。
俺の解釈で合ってるのかどうか、ってとこもいまいちわかんねーし。
コイツの使い方と、俺が知ってる意味とが100%合致してるとは思えないってとこがあるからだろうけど。
……まぁいい。
コイツは俺へ、想いをストレートにぶつけてきた。
なら、あとは俺が応えりゃいいんだろ。
今、どう思ってるかってことを。
「え?」
小さくため息をつき、握られていた手を解く。
そのまま頬へ……というよりは耳元へ当てて引き寄せると、ぱちぱちまばたきを見せた。
「Be mine」
「っ……ん!」
ガラにもないセリフが出たせいでか、少しだけ声が掠れた。
どんなことを言ってやればいいか悩んだし、単純に伝えればいいんだろうとは思ったが、躊躇したのもある。
だから、敢えて選んだのはコイツと同じやり方。
ただ、今回ばかりはさっきのように疑問形ではなく、敢えて命令形を選んだところは考慮してもらいたいとこだな。
「ん、ん……っ」
耳に届く、濡れた音。
短く息を吸って再度口づけると、同じようにまた葉月が声を漏らした。
あの夜以降も、確かめるように触ってはきたが、キスをするのはこれが2度目。
それでも……違うだろうよ。そりゃあな。
ガラじゃないが、俺なりに言葉で気持ちは伝えたんだから。
「は……ぁ、……っ」
角度を変え、さらに口づける。
戸惑うように応えるだけの舌先をとらえ、絡めとるように深く。
鼻にかかるような声も、濡れた音も……短く息を吸う音も。
こんなふうに反応されることで、もっと、と思うモンなんだなと改めてわかった。
ただのキス、とは違う。
らしくもないが、単純にその先ではなくあえて“したい”キスだった。
「は……ぁ」
「あんまかわいい反応すんな。止まんねぇぞ」
「……かわいいって……思ってくれるの?」
「は?」
「そんなふうにたーくんが言ってくれるなんて、思わなかった」
「……あのな」
身体を支えるのがやっと、みたいな葉月へ腕を回し、もたれさせたとき。
ささやくように笑われて、さすがに眉が寄った。
「つか、久しぶりに会ったとき言わなかったか? お前かわいくなったな、って」
「え?」
「ほら。11月に帰国したとき、駅まで迎えに行ったろ? あんとき、素で口にしなかったか?」
どれが葉月だかさっぱりわからないまま、改札でひとり待ちぼうけを食っていたあのとき。
目の前へ立たれた女を見て、かわいい顔してんな、と思った。
まさか葉月だとは思わなかったが、ただまぁあの時点で納得できてはいた。
恭介さんは、きっと葉月を自分好みの方向へ育てたんだろうな、って。
恭介さんの好みは――美月さんがそのものなんだろう。
……あーあ、さすがは叔父貴殿。
どうやら、好きなタイプまで俺は似たらしい。
「羽織と違って、しばらく見ねぇ間にかわいくなったよ。どっちかっつーと、きれいって言ったほうがいいかもしんねーけど」
「…………」
「……なんだよ」
「だって……もう。どうしたの? 急に、そんなに褒められたら……どきどきするでしょう?」
「へぇ」
腕の中で困ったように頬を染めた葉月は、唇を噛むと視線を外した。
かわいい、ね。
そういやこの前口にしたときも、お前困ったような顔してたな。
「っ……ねぇ、そんな顔されたら困るよ」
「そんな顔って、どんなだ」
顎をつかんで目を合わせると、珍しく葉月が眉尻を下げた。
泣きそうなものとは違い、明らかに困っている顔。
ああ、久しぶりだな。
いつだって割と余裕めいていてどんなセリフを受けようと、たじろいだりしない女。
が、目を合わせたまま明らかに戸惑っている様は、なかなか興味深くもある。
「困っていいぞ」
「な……」
「お前、普段あんま困んねーだろ? たまには困ってみ。そういう反応も悪くねぇな」
「っ……ん!」
鼻先がつく距離で笑い、改めて口づける。
「……ふ……ぁ、んっ」
「は……」
ついばむのとは違い、もっと先まで。
歯列をなぞり舌先をとらえると、濡れた音に混じって小さく声が漏れた。
「ッ……!」
ガチャン、となんの前触れもなく玄関の鍵が開いた。
どちらともなく離れ、た瞬間テーブルの上にあった新聞を弾き飛ばしたらしく、音を立ててあたりに広告ごと散らばる。
うわ。
うっわ。
なんだよ……! つか、誰だこんな時間に!
反射的に時計を見るとまだ15時すぎで、だからこそ頭が回んなかった。
「あれ、お兄ちゃん今日休みなの?」
「悪かったな!」
「……え、なんでそんな機嫌悪いの?」
「っち……! 別に」
なんでもねーし。
あーもーお前か。
リビングのドアから顔をのぞかせた羽織は、怪訝そうに眉を寄せると葉月へ顔を向けた。
「葉月、大丈夫? 手伝うよ」
「ううん、あの……大丈夫。散らかしちゃって、慌てただけだから」
顔は赤い。
が、葉月は笑ったまま手を振り、改めて俺が床へぶちまけた広告を1枚ずつ丁寧に拾っていた。
「…………」
「……え?」
「別に」
「ッ……たーくん」
広がった新聞を揃え、テーブルへまとめたとき。
まじまじと葉月を見つめてからぼそりと囁くと、耳を赤くして眉を寄せた。
コイツが俺とのことを羽織へ言う可能性は……正直なところ、わからない。
が、律儀で真面目だからな。
コトの詳細まで伝えなくとも、一定レベルの情報開示はしそうだ。
どんなふうに言うのか多少興味はあるが、ま、そのへんは追々聞けばいいだろ。
「……もう。困るよ」
「それなら、さっきも言ったろ」
不思議そうな顔で階段へ向かった羽織を見送り、葉月が眉を寄せた。
頬は赤い。
ンな顔で責められたところで、なんも感じない……つーか、改めて手出してくださいつってんのと同義じゃねーか?
「そういう顔も悪くねぇ、って」
頬杖をつき、改めて葉月へ片手を伸ばすと、小さく『もう』と不服そうにつぶやきはしたが、いつものように穏やかに笑った。
「……え?」
「壬生忠見」
「えっと……なぁに?」
「検索しろ」
するりと耳元を撫でたところで手を離し、代わりにリモコンへ伸ばす。
さすがに、目を見て言ってやれるほどデキちゃいない。
間違いなく、祐恭だったら真正面から笑ってぶつけそうだけどな。
っとに、アイツ変わったぜ。
学生時代のアイツ見たら、羽織は驚く以上の反応するだろうな。
「っ……なんだよ」
ぎゅ、と腕をつかまれ、さすがに慌てた。
誰か、なんてンなのひとりしかいない。
テーブルの上には葉月のスマフォが置かれていて、嫌でも検索結果そのものの短歌が目に入った。
「……私も、あのときとはちょっと違うかな」
「何が」
「忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は――っ……!」
おもしろくなかったわけじゃない。
ただ単純に、最後まで言われたあとの自分の表情が浮かばなかっただけ。
遮るように口づけ、目の前で笑う。
「存分に問われろ」
「……もう」
くく、と小さく笑いが漏れたが、葉月は困った顔ではなく、つい先日『いけない人』と俺を見て笑ったときのような顔をしていた。
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