「ちょっ、待ッ……!!」
 デカい声で瞳が開いた。
 と同時に、大きくベッドがきしむ。
 ばくばくという大きな鼓動が聞こえるのに………周りは、痛いくらいの静けさ。
 そのギャップからか、キーンという耳鳴りのような物も聞こえた。
 ……これは……。
「………………」
 ここは、ベッド。
 無論、俺の、あのベッドだ。
 ……あ……れ?
 静けさの中で聞こえてくる、鳥の鳴き声。
 それで、今が朝だというのはわかる。
 ……だけど……さっきまでの、あれは?
 というか、今は?
 ……え、夢……?
 それとも、これが夢か……?
「……なんだ……?」
 勢いで起こした上半身をそのままに、額へ手を当てる。
 迷い。
 疑念。
 不安。
 そんな物が、今の自分の身体を駆け巡る。
「…………っだ!?」
 ゆっくり隣を見て、思わず妙な声が漏れた。
 な……何……!?
 自分のすぐ隣に寝ていたのだ。
 まぎれもなく夢と同じ……だと思う、彼女が。
 今は眠っているらしく瞳はきっちりと閉じられている。
 いや、まぁ、待て。
 ……だけど、だな。
 さっきまでも……当然、『彼女』で。
 これだって、ひょっとしたら演技かもしれない。
 実はもうとっくに起きていて、俺の反応を伺ってるとか……そうだ。
 きっと、俺が何かやろうとしたら、『だから、反省しろって言ったでしょ』とか怒るに決まってる。
「…………」
 じぃーっと眉を寄せて、彼女を見てみる。
 見てみる。
 ……観察。
 うん。
 ありえる。
 彼女ならば、やりかねない。
 ……よし。
 ここはひとつ、手を出すか。
 ――……というわけで、早速反応をたしかめることにした。
「……ぅ」
 まずは、やけに気持ちよさそうに寝ている彼女の頬をつついてみる。
 すると、眉を寄せて小さく声を漏らした。
 ……ホンモノっぽい。
 あ。
 いやいや、だから待てって。
 ホンモノはホンモノなんだよ。確かに。
 ……でも、演技かもしれないだろ?
 彼女ならば、やりかねない。
 したたかで、世の中を計算し尽くしてるからな。
「…………」
 次に、すーすーと規則正しく聞こえる寝息をそのままに、そっと髪を耳にかけてやりながら観察してみる。
 ……って、反応なしかよ。
 これじゃ、観察のしようがないじゃないか。
 だが、その動作で香った髪の匂いは、紛れもなく自分と同じものだった。
 それが……なんとも言えない気分になる。
 ……夢……?
 って、だとしたらどっちが?
 先ほどまでの、俺にあれこれ本音をぶつけてきた彼女がそうなのか、はたまた……今目の前ですやすやと寝こけている彼女がそうなのか。
 …………わからない。
 そもそも、本当に夢なのか?
 ただ、俺が寝ぼけてるだけなんじゃ……。
「…………」
 どちらの彼女も、あまりにもリアルすぎて。
 たまらず、ため息が漏れた。
「…………」
 ――……だけど。
 今、目の前で安らかに眠っている彼女は、本当に『素』そのままの彼女で。
 ……どっちもホンモノだもんな。
「…………」
 などと考えてから彼女の頬を撫でると、それはそれは幸せそうな顔を見せた。
 ……かわいい顔しやがって。
 あ。
 もしかして、アレか?
 今は本当に眠っていて、本当に本当の反応……とか。
 再び彼女の頬を撫でながらそんなことを思うんだ……が……。
 ……あーもー。
 なんだか頭が混乱して落ち着かない。
 考えれば考えるほど、深みにハマっていきそうで。
 ……それにしても。

 『どっちが本当の彼女か』

 なんて、ほかの人間が聞いたら絶対に笑う。
 ……いや。
 笑うなんてモンじゃ済まないはず。
 ……そうは思うけれど、俺だって悩んでるんだ。
 確かに、長い長い夢を見ていたような気もする。
 だけど、今もまだ抜け出せてないような気もする。
 目の前の素直な彼女の反応を見ても、『俺のことを試してるんじゃないか』と思ってしまって。
 ……それはものすごく悲しいことだってのも……わかってるんだけどな。
「……はぁ」
 彼女を見ながら、ため息が漏れた。
 ――……だけど。
「…………」
 彼女に向き直り、腕を回すようにしてから身体の下へ収める。
 ……安らかに息をして、それはそれは……素直なままの彼女。
 …………。
 ……こんな顔を見ていられるなら、どちらでもいいか。
 結局、彼女は俺の前で――……変わらぬ顔を見せてくれる……そんな気がするし。
「…………ん……」
 軽く身をよじって小さく声を漏らした彼女の頬を撫でると、自然に笑みが漏れた。
 たとえ、素直じゃなくてもいい。
 ……面と向かって言ってくれなくてもいい。
 彼女自身が、『特別』をこれからも感じてくれて、幸せそうな顔を見せてくれるのであれば。
 髪を撫で付けるようにしてから、軽く頬へ口づける。
「………………」
 そのとき見せてくれた穏やかな笑みは、きっと、間違いなく確かなものだから。
 ……考えるのはやめよう。
 そう思いながら、俺ももう1度瞳を閉じた。

 ……たとえ、これが夢の続きでも……俺はきっと後悔しない。
 彼女を思う気持ちに変わりない自分がよくわかったから。
 …………だけど……。
 なあ。
 どっちが、本当の『今』なんだ?
 まどろみながら浮かんだその言葉に対する答えは――……じきにわかることだと信じたい。


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