風呂からあがり、先ほどの彼女の着替えと一緒に洗濯機を回す。
 こういうとき、ボタンひとつで乾燥までしてくれるというのは、非常に便利だ。
 ……というか、ものすごくありがたい。
「…………」
 がしがしと髪を拭きながら寝室を覗くと、やはり眠っている彼女の姿があった。
 ……あ、そうそう。
 冷却シート、そろそろ換えないとな。
 ふと思い出したことで寝室に踏み入り、シートを剥がす。
 …………待てよ。
 さっき、これで起こしたからな……。
 また起きちゃうかも。
 いや、でもこれだけよく寝てるし……。
「……ん……」
「…………あ」
 ひとりであれこれ躊躇していると、貼る前に彼女が起きてしまった。
「っ……ごめん」
 眉を寄せて告げるが……返事がない。
 いや、瞳は開いてるんだぞ?
 しっかり、目が合ってるし。
「……? どうし――」
 言い終わる前に、ぎゅうっと抱きつかれた。
 熱い吐息が、首筋にかかる。
 ……ちょ、ちょっと待て。
 いや、だいぶ待ってくれ。
 これは……マズいだろ。ものすごく。
 ひとりで焦りながら彼女をベッドに戻し、冷却シートを張る。
 だが、彼女の手は相変わらず服の裾を離そうとしなかった。
「……せんせぇ……」
「どうした……? 何か飲む?」
 だが、彼女は何も言わず首を振るだけ。
「じゃあ、ほかに欲しい物があるとか? あ、そうだ。桃缶買ってきたんだぞ? 冷蔵庫に――」
「……いらない……から。だから……」
 潤んだ瞳でじっと見つめられ、思わず喉が鳴る。
 正直、先ほど彼女を着替えさせたことが結構大きく残っていた。
 だから、今彼女にくっつかれるのは……マズいわけで。
 みっともないし、ものすごく罪悪感がある。
 だが、妙な色気には……どうしたって、勝てない。
「じゃあ、アレか。何か――」
「……せんせ……」
「っ……」
 ふいっと視線を外してわざと違う提案をするも、さっくりと阻止された。
 あえて、ほかに注意を向けようとしたのに……こう呼ばれると、どうしようもない。
「……どうした?」
 小さくため息をついて彼女に向き直ると、かったるそうに身体を横にずらしてから両手を伸ばしてきた。
「……羽織ちゃん?」
「きて……」
「……え……?」
 瞳が丸くなるのがわかる。
 そんな言葉が彼女から出るとは思ってもいなかっただけに、余計に……マズい。
「……ひとりじゃ……寝れないの。先生……そばに、いて……」
「っ……」
 ぽつりぽつりと呟かれる言葉すべてが、身体にものすごく大きく響く。
 確かに、安心させるためにはそばにいてやるのがベストだとは思う。
 思う、んだが……。
「……お願い……」
「…………わかった」
 懇願。
 濡れた瞳で、甘い声で。
 ベッドに入る前に理性と相談したいところだが、今にも泣きそうな彼女を見ていたら身体が自然に動いた。
 隣へ横になり、そっと髪を撫でてから布団をかけてやる。
 すると、心底ほっとしたように両腕を身体に絡めてきた。
 同時に感じる、熱い吐息と……体温。
 そして、柔らかな身体。
 ……マズい。
 非常に、マズいぞ。
 この状況は……。
「…………」
 なるべくなら、あまりくっついてほしくないというのが正直なところ。
 別に彼女を拒絶するワケじゃないが、今ばかりは……正直、いろいろな自信がないんだ。
 視覚的にも、聴覚的にも……そして、感覚的にも。
 すべてがいつもより研ぎ澄まされたかのように、彼女を感じてしまう。
 そして、身体の奥底では――……こんなときでさえも彼女を欲しがっている自分がいる。
 ……ダメだ、俺。
 相当鬼畜かもしれない。
「ん……せんせ……」
 自己嫌悪にさいなまれつつ彼女を抱きしめていたら、心底ほっとしたように柔らかく笑った。
 ……彼女は、こんなにも純粋に俺を必要としてくれてるのに……。
 ああもう、ダメ。
 俺、最悪だ……やっぱり。
「先生……?」
 ひたっと頬に当てられた熱い手のひらで瞳を開けると、先ほどとは違ってとても心配そうな彼女の顔があった。
「どうしたの……? 先生、具合悪い……?」
「……俺? いや、大丈夫」
「……でも……なんか……元気ないですよ?」
 …………相変わらず鋭いな。
 こういうときくらい……そんな鋭さはいらないんだが。
「大丈夫。俺のことは心配しないで、ちゃんと休んで」
 髪を撫でて笑みを見せてやるものの、一向に不安の色を変えない。
 だが次の瞬間、思いもしなかった言葉が彼女から漏れた。
「……私のせい?」
「な……っ。それは違う。羽織ちゃんのせいじゃないって」
「……けど……っけど……」
「大丈夫だよ。別に、なんでもないから」
 抱きしめてやる腕に力を込めると、すんなりともたれてくれる。
 ……だがこれこそが諸刃の剣。
 彼女のことは安心させてやりたい。
 だが、より一層彼女を感じることになるわけで。
「……先生……」
「っ……」
 いつもよりずっと熱い吐息が首筋にかかり、たまらず姿勢を変える。
 だが、そのたびに彼女はワザとやっているんじゃないかと思うくらいに、こちらの動きに合わせてきた。
 ……いや、この体勢が1番マズいだろ。
 そうは思うが、あれほど懇願されると離れるに離れられないわけで……参ったな。マジで。
「せんせ……」
「……どうした……?」
 顔を覗かれる格好になったので、瞳を合わせる。
 すると、うっすらと潤みを帯びた瞳に捕まった。
「……なんか……寝れない……」
「ああ……俺がヘンなときに起こしたからな……。ごめん、それで――」
「ううん……違うの……」
「っ……」
 ぎゅっとしがみつかれ、思わず喉が鳴る。
 胸元に感じる、彼女の吐息。
 ……ヤバい。
「寝かせて……ほしくて……」
「……寝かせるって……俺が? えーと……何か歌えってこと?」
「違う……の、そうじゃなくって……」
 自分でも焦っているのがよくわかる。
 それは何よりも、彼女の雰囲気がいつもと違うからだ。
 どこか悦を帯びているような仕草の彼女を見ていると、そのまま無理を承知で組み敷いてしまいそうだった。
「……せんせぇ……」
「っ……」
 甘い声でそんなふうに俺を呼ぶのは、ずるいだろ。
 だが、恐らく無意識だからこそ余計にどうすることもできないし。
 思わず漏れた大きなため息で彼女が顔をあげたので、頬に手のひらを寄せる。
 ……もうだめだ。
 こうなったら、正直に話そう。
 無論、わかってもらえるかどうかはわからないが、それでも、このままべったりと生殺し状態を味わうよりはよっぽどいい案だと思った。


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