「でしょー!? さすがは羽織ちゃんだよねー。わかってくれてる!」
 それから、早2時間。
 あのあとどうなったかというと、祐恭さんがソファでひとり、おもしろくなさそうな顔をしている時間へと戻る。
「………………」
 リビングのテーブルには飲みかけのアイスティーが入ったグラスと、彼女らが買ってきてくれたお菓子が並んでいる。
 一緒に、おいしいプリンも買ってきてくれたんだよね。
 お店の名前をしっかり聞いたので、今度、葉月にも食べさせてあげたいと素直に思った。
 ふたりは今までずっと大学に居たらしく、学食でレポートを書いていたそうだ。
 その帰りに、『そういえば今日なら居るかも』と私のことを思い出してくれて、立ち寄った……ということみたい。
 彼女らはいつも、大学で私を見かけて声をかけてくれたり、何かと気にかけてくれるんだよね。
 とっても優しくて、頼りになる心強い存在。
 祐恭さんもそれはわかっているようで、普段私が彼女らのことを口にすると、やっぱりちょっと嬉しそうな顔をする。
 ……仲がいいなぁってわかるから、私も嬉しい。
「あー。でもこの部屋あったかーい。いいよね、床暖房。ちょー、ぬくぬく」
「寝るな」
「いいじゃん、けちー。だって、今までずっと勉強してたんだよ?」
「それは学生の本分だろ。当然なんだから、仕方ない」
「ぶー。お兄ちゃんのけち」
「……お前はさっきからそればっかりだな」
 ごろんっと横になった紗那さんにクッションを渡すと、『もー、ありがとー!』なんてとってもかわいい顔で微笑まれ、自然と笑みが浮かぶ。
 私よりひとつ年上の彼女。
 でも、私なんかとは全然違って、とっても大人っぽい女性なんだよね。
 ……果たして、私は来年彼女のように“大人”らしくなれるだろうか……と考えると、やっぱりちょっと落ち込む。
 彼女と私とは、根本的に違う何かがあるのはわかってるから。
「そもそも、お前たちはなんだ。うちへ暇つぶしに来たのか?」
「え? 別にそういうわけじゃないけど」
 ふかふかで気持ちいいーなんて言いながらクッションで遊び始めた彼女が、スカパーのリモコンを手にあちこちチャンネルを切り替える。
 そして、始まったばかりの映画のチャンネルを見つけると、祐恭さんではなく、テレビを向いたまま返事をした。
「……帰れ」
「やだ」
「なんでだよ」
「なんで?」
 逆に問われ、祐恭さんが眉をしかめた。
 ……似てる。
 ううん、もしかしたら彼女はそれを理解したうえでの行動かもしれない。
「……っ」
 思わず笑ってしまったのが彼に見つかり、慌てて視線を逸らして立ち上がってから、空いたグラスを持ってキッチンへ。
 すると、彼も同じように立ち上がって私のあとをついてきた。
「なんで笑った? 今」
「え? ええと……笑ってません」
「ふぅん。そういう嘘つくんだ」
「ち、ちがっ……え、と……別に、何か意味があるわけじゃ……」
「じゃあ何」
「……うぅ。祐恭さん!」
 アイスティーをポットから注ごうとした手をつかまれ、身動きが取れなくなる。
 だけど、それはもちろん彼があえてそうしているわけで、まっすぐ目を見つめたまま、彼はさらに瞳を細めた。
「っ……」
「俺とアイツら、どっちが大事なんだよ」
「えぇ……っ!? そ、そんなの決められませんよ!」
「…………」
 ぼそり、と囁かれた言葉に思わず眉を寄せると、しばらく見つめられたあとで、掴んでいた手首を、ぱっと離した。
「……え……。あ、祐恭、さん?」
「…………」
 かと思いきやそのままきびすを返し、リビングから廊下へと出て行く。
 そして、普段書斎として使っている部屋のドア――……ではなく、その先の普段使っていない洋間のドアを開けると、振り返らずに後ろ手でドアを閉めてしまった。
「…………」
 彼に伸ばしていた手を下ろし、少しだけ握りしめる。
 ……どうしよう。
 もしかして私、間違ったことを言ったのかな。
 それとも、彼の欲しかった答えを言えなかった?
 …………でも、嘘は言えない。
 『仕事と私、どっちが大事?』なんてセリフをドラマなんかでは耳にするけれど、比べる対象じゃないものを挙げられても、返事はできないんだよね。
 今のも、そう。
 彼はとっても大切だけど、彼の弟妹であるふたりもとっても大切。
“誰か”を“誰か”と比べることなんで、できない。
 たとえばそれが、“私と誰か”だったら、簡単に答えは出せるけれど。
「羽織ちゃん、大変じゃない?」
「え?」
 いつの間にそこに居たのか、紗那さんがにこにこ笑ってカウンター越しに立っていた。
 つい、しゅんとした顔のまま見てしまい、慌てて笑みを作る。
「……え?」
 だけど、そんな私を見た彼女は、逆に申し訳なさそうな顔をしてしまった。
 そんな顔に驚き、慌てて両手を振る。
「ち、違うんです。あの、別に……!」
「いいのいいの。急に押しかけた私たちがいけないんだから」
 ぺろっと舌先を見せた彼女が、両手を顔の前に合わせてから『ごめんね』と呟いた。
 でも、そんなことない。
 謝る必要もなければ、彼女たちが罪悪感を覚えることだってないんだもん。
 これは、私と彼との問題。
 せっかく遊びにきてくれたふたりが嫌な気持ちで帰るのなんて、絶対あってはならないことだと思うから。
「お兄ちゃん、いっつもそうなの」
「え?」
「小さいころからね、ずーっとそうなんだよ」
 苦笑を浮かべた彼女が、小さく囁いた言葉。
 その意味と背景をこのとき初めて知ることになった私に、彼女たちは沢山教えてくれた。
 ――……私の知らない、彼の話を。



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