「…………ぅ……」
急に、身体から鈍い悲鳴。
ずきんっと奥深くまで根ざしているそれを感じて、眉が寄った。
「……ぃたぁ……」
ずきずきというより、じんじん。
そんな足の痛みと、背中と……あとは肩と腰。
年と言うには少し寂しすぎる年齢なので、あえてそれは言わない。
……だって、少なくとも年のせいだなんて思えないんだもん。
むしろ、どっちかっていうとこの痛みの原因は、やっぱり――……。
「…………はっ!」
もぞもぞといろんな考えを巡らせていたけれど、途中で目がばちっと開いた。
理由はひとつ。
今、自分とそして自分を取り巻く環境が――……どう変化したか、気になったから。
ううん、それよりも『気付いた』ってほうが正しいかもしれない。
「……うわっ」
時計を見ると、案の定朝の時刻。
背中に当たっていた温かい光からしてもそうだろうとは思ってたけれど……間違いない。
今は、朝。
あれこれと奮起しつつがんばっていたのが深夜なんだから、つまりは……新しい日の始まり、ってこと。
「……ごくり」
果たして、本当にそうなっているのか。
それが確かならば、本当の意味での『新しい日』ってことになるんだけれど。
「…………」
ゆっくりと立ち上がってから向かうのは、もちろんリビング。
ベッドの上にはすでに綜の姿がないし、テレビの音が小さく聞こえて来るから、綜がいるのはリビングだと思って間違いない。
……やだ、どうしよ。
なんか、急に緊張してきたぞ。
薄っすらと開いているドアから奥を伺うように顔を近づけると、ばくばく破裂しちゃうんじゃないかってくらい鼓動が内から激しく打ちつけていた。
「っ……わ!?」
――……その途端。
どんがらがっしゃんと音を立てて、ドアがばたーんと大きく開いた。
「…………」
「…………」
……ね……願ってもない、御開帳。
床にべちっと両手を着いて俯いたままの格好から起きれずに突っ伏していると、恥ずかしさから、みるみるうちに頬が熱くなった。
……うう。
何も、こんなリスタートを切らなくてもいいのに。
いつものように、そこにあるソファに座ったままチクチクと容赦ない視線を向けられている気がして、いてもたってもいられなくなる。
あぁもう……っ!
穴があったら、入りたいっ。
……っていうか、穴がなければ掘ってまで入るのみよ!
じんじんと今になって痺れて来た両手のひらが、ほんの少し熱を帯びる。
「……え……?」
そんなとき、だ。
目の前に、黒い靴下を履いたふたつの足が現れたのは。
「……っ……そぉ……」
「…………何をしてる」
「ぅ。いや、あのその……」
「……ったく。もっと気をつけろ」
「ごっ……ごめん……」
見上げると、当然のように眉を寄せて心底呆れた顔をしている綜がいた。
……うーん。
だけど、残念ながらこれと言って何か劇的な変化を遂げたような様子は見うけられない。
ただ、ひとつだけ。
いつもと違うところを挙げるとすれば、さりげなく手を差し伸べてくれているところかしら。
…………とほほ。
どうやら、やっぱり素人が聞きかじっただけの付け焼刃じゃ効果覿面とはいかないらしい。
「怪我でもしたらどうするんだ」
「……え……?」
一瞬。
ほんの一瞬の内に聞こえた言葉で思わず、声を失うと同時に……しばらくの間、丸くなった瞳は元に戻らなかった。
「……なんだ?」
「綜……。……え、今なんて……」
彼に手を引いてもらいながら立ち上がり、震える瞳のまま確かに彼をまっすぐ見つめる。
すると、そんな私に少しだけため息を見せながらも、彼は再び口を開いた。
「優菜……どこか打ったのか?」
また、だ。
また私の瞳は、丸くなる。
……ううん。
だけど、そうじゃない。
それだけじゃなくて――……今度は、鼓動も確かに大きく鳴った。
優菜。
それは紛れもなく、私の名前。
だけど、そうであって……そうじゃない。
…………え……?
っていうか、ねぇ、ちょっと待って。
今日、起きてから私……いつもみたいに綜に、『お前』って言われた……?
「……嘘」
どくんっと大きく響いた鼓動が、今を現実だと告げている。
……でも。
でも、待って。
嘘でしょ……?
……え……本当、なの……?
ごくりと喉を鳴らせてから再び綜を見てみる。
だけど彼は、ワケがわからなそうな顔で、ただただ私を訝しげに見ているだけだった。
でもね。
彼が私を名前だけで呼ぶのなんて、それこそ稀と言ってもいいほど。
いつもは、『お前』って単語が名前代わりなのに。
……それなのに。
「………………」
どきどきどきどき。
……こ……ここここれって、もしかして……もしか、しちゃう!?
思わずもう1度喉を鳴らしてから綜を見ると、徐々に徐々に実感がふつふつ湧き始めた。
もしも。
もしも彼が……ううん。
今、この目の前にある現実がホンモノだとしたら――……。
「……大丈夫か? 具合でも悪いんじゃないだろうな」
ひたり。
少しだけ心配そうな表情とともに頬へ当てられた手のひらの温もりは、まさに、ホンモノ。
「……優菜?」
格別。極上。
そんな言葉が浮かぶと同時に、情けないくらいはにゃんと頬が緩む瞬間というのを、身をもって体験した。
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