――……神様。
 これって、ホントのホントなんですよね?
 ……ってことは……アレですか。
 貴方の存在を信じちゃってもいいってことですか。
 そんでもって、そんでもってついでに……私の“チカラ”っていうのも、信じちゃっていいんですか?
「…………ふふふ……」
 思わず、洗面所の鏡に我が姿を写しながら、にたりと怪しいくらい満面の笑みが浮かんだ。
「びば・ハレの日……!!」
 ぐっとガッツポーズを作り、今日という日が訪れたことを改めて喜ぶ。
 ……ふふ。
 ふふふふふふ。
 夢じゃない、まさにホンモノ。
 その確かな時間を、今、私は生きている。
「あぁもうっ……! 幸せ……!!」
 ぎゅうっと自身を抱きしめるように掻き抱くと、同時にくねくね身体が動いた。
 実は私、今の今までごはん食べてたのよ。
 ……しかも、驚くことなかれ。
 なんと、ぬぁんと、綜手作りのぶれっくふぁーすとだったんですよ、ちょっとーー!!
 どうよ、コレ!
 ありえないでしょ?
 ……でも、あったんだなぁ、コレが。
 自分でも本気で驚いたんだから、ほかの人が驚かないはずがない。
 『果たして、コレは夢かはたまた現実か』なんて、寝起きの頭と相談していた最中。
 おもむろにキッチンへ向かった綜は、そのまま白いお皿を手に戻って来た。
 ……で、ひとこと。

「朝メシ、食べるだろ?」

 きゃーきゃーきゃーー!!!
 ……カッコよすぎる。
「くっ……!」
 思わず、綜の仕草と声真似を自分でしてみつつ、また、ぞくぞくっと言いようのない感じが身体に広がった。
 ああもう、本当に幸せ。
 っていうか、まさに今のこの状態を『極楽浄土』と言うんじゃないだろうか。
 じわじわとこみ上げてくる、どうしようもないくらい幸せだと告げている感情に、頬の筋肉も当然緩みっぱなしだった。
「優菜」
「っ!!」
 そんなとき。
 怪しく独りで浸っていた最中にもかかわらず、いきなり、背後から当人の声が聞こえた。
「あ、え、そ……綜……!? な、何……かな?」
 どっきんどっきん、ばっくんばっくん。
 洗面台に両手をついて姿勢を正してから、少しひきつった顔のままにっこりと微笑む。
 見た目は、昨日までと何ひとつ変わっていない。
 だけど、まるで中身だけすっぽりと『解毒』されてしまったかのように、キレイなのよね。
 ……すごい。
 やっぱり、神様の力って偉大だと思う。
 なんせ、この彼をここまで素晴らしい人に仕上げてくれちゃったんだから。
 …………きっと、そう。
 きっと今から綜が言おうとしている言葉も、私がおったまげちゃうようなものに違いない。
「なぁに?」
 そう確信していた私は、相変わらず静かにならないままの鼓動で、首をわずかにかしげる。
 ドアに手を当てることもなく、まっすぐに立ってこちらを見ている綜。
 その眼差しは、いつもと同じではあったけれど――……どこか、いつも以上に優しいような感じがした。
「どこか、行きたい場所はあるか?」
「え?」
 静かに切り出された言葉は、正直、これまで聞いたこともないようなものだった。
 ……どこか……行きたい、場所。
 それは、えっと、あの……アレ……よね?
 これは、あの、私に対して聞いてくれてるのよね?
「……えっと……」
 ほかに誰もいないことなんて百も承知なのに、ちらちらと周りを見まわす。
 当然、ここにいるのは私と綜だけ。
 ふと鏡が目に入ったときに綜の姿も見えて、一瞬だけ、どきりとした。

「せっかくの休みだからな。……どこか行きたい場所があったら、出かけないか?」

「……っえ……!」
「お前の行きたい場所でいい。……行くか」
 どきゅーん。
 ふ、っと。
 本当に、い、い、今、一瞬……一瞬、だったけどね!?
 だけど今……!
 今、今今今今今……!
 確かに、綜が私に向かって微笑んでくれたのだ。
 『ふっ』ていうか、『な……?』っていうか!
 んもうとにかく、今の今まで生きて来た中で、初めてと言ってもいいくらいの『神の嘲笑』でございましたのよ!!
 ……いや、あの、そりゃあね?
 そりゃあ、『嘲笑』って言葉はよくないかもしれないけれど、でも、そんな感じだったのよー!
 にっこり、じゃないけれど、でも、『フン』って感じじゃなくて。
 ……こ……これは、なんか……悩殺って感じかしら。
 間違いなく、真正面から受けて一瞬意識が吹き飛んだから、そうだと思う。
 ……ヤバい。
 これは……うん。
 ホントに、惚れちゃう。
「……優菜?」
「…………はぅぅ……っ」
 改めて名前を呼ばれつつもなかなか反応できず、それどころか、顔から火が出そうな勢いの熱さ。
 ……すごい。
 なんか今、一瞬遠くでお花畑が見えた気がした……。
 っていうか、まるで幽体離脱でもしちゃったみたいに、ほどよい恍惚に包まれた怪しい私がハッキリとこの目に見える。
 そんでもって、そんな私を少しだけ不思議そうに見つめる、綜の姿も。
 …………あぁ、神様。
 本当に、私、生きててよかったと思います。
 っていうか、人としてこの世に生まれてこれて、本当に本当に幸せに思います。
 ありがとう……!
 ありがとう、神様、仏様、芹沢綜様……!!!
「……乾杯……っ」
 瞳の端に溜まった涙を拭うように指先で触れると、心底から、今が幸せなんだと思えた。


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