ふわふわと漂いながら、仰ぐ空。
 それは、なんともいえない色をしていて……だけど、正直言ってあんまりきれいだとは思えない。
 白? 青? それとも、灰色?
 そのどれも当てはまらないような、それでいてはっきりしない色。
 ヘンなの。
 気持ち悪いんだけど、でも、ずっと見ていたくもなる。
 そう思った途端に、ころころとその色が変わった。
 ううん、色だけじゃない。
 ぐるぐると渦巻いたかと思えば、波打つように。
 いきなり、空自体が意思を持った生き物みたいに動き出したのだ。
 …………だけど。
 それは長く続かなくて。
 妙だなぁと思った途端、また、静かになった。
 ……ヘンなの。
 これって、いったいどこの空なんだろう。
 移り変わりが激しくて、だけど……ちょっぴり心地イイ。
 ……………。
 でも。

 ぐぅ

 ずーっとそれを見ていたら、今度は――……お腹が鳴った。
 それでようやく、『あぁ、私はお腹が空いてたのか』ってわかる。
 ……起きなきゃ。
 起きて、ごはん作らなきゃ。
 だって私が起きなきゃ、綜は――……そう。
 彼のごはん、誰が作るの?
 …………綜。
 今、目を開けた先にいる彼は、いったいどっちの彼だろう。
 いつもみたいに……ううん。
 私が妙な暗示をかける前の、彼?
 それとも――……。
「…………」
 うっすら瞳を開くと、ぼんやりとした天井が見えた。
 こちらも、はっきりしない色。
 白なのか、灰色なのか。
 はたまた……もしかしたら、ほかに言い方がある色なのか。
 これまでの間親しんできた天井ながらも、なんだか改めて見るとヘンな感じだ。
「……起きなきゃ」
 いったい、今が何時なのかわからない。
 でも、まだ室内が見て取れる明るさにあるんだから、少なくとも夜じゃないはず。
 ……ただ、お昼ごはんの時間はとっくに過ぎてるんだろうな。
 そう思ったら、少しだけ申し訳なさが先に立つ。
「気付いたか?」
「…………あ……」
 寝室の戸を開けて、リビングに入ろうとしたとき。
 ソファにもたれてテレビを見ていた綜と、目が合った。
「……あの……。……ごめんなさい、私……」
 両手を重ね合わせ、もじもじと指を弄りながらそちらへと歩いて行く。
 テーブルの上には、大きめのマグカップだけが乗っていた。
 もしかしたら、綜はまだお昼を食べてないのかもしれない。
「大事に至らなくてよかったな。一応、彩に見てもらったから安心しろ」
「彩ちゃんに?」
「ああ。極度の緊張による一時的なものだそうだ。……いったい、何をそんなに気を張っていたんだ?」
「…………緊張……」
 気になる言葉を見つけて、勝手に口がそれを拾う。
 ……緊張、してた理由なんて……ひとつしかない。
 それはすべて――……。
「……どうした?」
「綜。……ねぇ、どうしてそんなに優しいの?」
 自分のしたことを棚に上げて、何言ってるんだってのはわかってる。
 だけど、もしも……違ったら?
 もしも、何か、私の知らない理由がそこにあったとしたら?
 そう思うと、やっぱり手放しで喜ぶことはできなかった。
「……俺のせいなのか?」
「っ……! ちがっ……! そうじゃないよ!!」
 きゅ、と彼にしがみつくようにした途端、彼が寂しげに眉を寄せた。
 こんな顔、普段の彼ならするはずない。
 ……ああ。
 やっぱり彼がこうなったのは、間違いなく――……私のヘンな催眠のせいなんだ。
 そう思ったら、途端に申し訳なくなってきた。
「違うの。……違うよ? ……綜は、何も悪くない……」
「じゃあ、どうして優菜はそんなに寂しそうな顔をしてるんだ?」
「え……?」
「……まるで、今にも泣きそうだ」
 ひたり、と頬に彼の大きな手のひらが当たる。
 大きくて、温かくて……そして、優しい。
 ……でも、違う。
 違うよ。
 だって――……。
「……泣きそうな顔してるの、綜のほうじゃない……」
 緩く首を振って、両手で彼の頬を包む。
 温かい、肌。
 間違いなく、血の通っている彼。
 ……なのに。
「綜……」
 どうしてそんなに、悲しそうな顔をするんだろう。
 見てるこっちのほうが、切なくてたまらなくなる。
 ……まるで、小さい子が怒られたときに見せる……寂しそうな、泣きそうな。
 なんだか、彼だけが昔の小さかったころに戻ってしまったみたいだ。
「…………ありがと、綜」
「……優菜」
「心配かけて……ごめんね」
 ゆっくりと腕を首に回し、身体を預けるように抱きしめる。
 途端に、背中に回された確かな腕。
 服越しに伝わる、感触。
 気遣ってくれるように囁かれた言葉は、やっぱり不思議な感じがした。
 別に、こんな言葉をかけてもらったことがないわけじゃない。
 そうじゃないんだけれど……少しだけ、くすぐったかった。
「……ね、綜」
「どうした?」
「キス、しても……いい?」
 身体を離さないまま、彼の耳元に囁く。
 ほんの少しだけ空く、間。
 ……何って答えてくれるんだろう。
 こんなふうにわざわざ口にしたことなんてなかったから、なんだかすごくどきどきする。
 でも、それだけじゃなくて、むしろ……期待、してるんだよね。
 どう言ってくれるんだろう、って。
 いったい、どんなふうに感じてるんだろう、って。
 いつもできないことができるっていうのは、確かにまぁ……悪くないかな。
「……何を言い出すかと思えば……」
「え?」

「優菜がしたいと思ったことを、俺が拒むわけないだろう?」

「……っ……」
「しようか」
「え……っ」
 わずかに身体を離されて、まっすぐに目を見つめられた。
 その途端、顔だけじゃなくて身体全体がすごくすごく熱くなったのは――……言うまでもない。


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